「お邪魔するよ」
 いつもと変わらぬ声をかけて、梅月は弥勒の工房を訪れた。
 手に何か風呂敷包みを持っているのはいつもと変わらないが、この日は珍しく洋装だった。
「開いている」
 一方、返る声はいつもと変わらず、引き戸を開けてみると、やはり一日千秋の如き姿がある。
 だが、梅月は弥勒の姿を見て莞爾と笑った。
「よかった、仕事中ではないのだね」
 それは、放置されずに済むと言うことであり、梅月としてはありがたいことだ。
 弥勒にしてみれば、厄介事が増えるだけかもしれないが。
 しかし、弥勒の表情が特に変わることもなく、ただ、
「君か」
 とだけ言って、腰を上げた。
 そのまま、土間の方へ歩いて来る弥勒に尋ねる。
「上がってもいいのかい?」
「駄目だと言えば帰るのか」
 とんでもなく不躾な言い草ではあるが、梅月にとっては今更あげつらうようなことでもない。
「まさか」
 爽やかに笑い飛ばして、梅月は弥勒の工房に上がり込んだ。





 弥勒が茶の用意をして戻って来た時には、梅月は風呂敷包みを開いていた。
 中から出てきたのは、使い古した卓袱台には不似合いなほど金色に輝く小さな箱だ。
 蓋を開けると、中に茶色の小さな塊が行儀よく並んでいた。
 その甘い香りは、餡の甘い香りとは全く違う種類のものだ。
 だが、弥勒は特に興味を覚えた素振りもなく、淡々と番茶を煎れている。
「・・・何か、聞くことはないのかい?」
「ないな」
 にべもなく言い捨てて、弥勒は湯呑みを梅月の前に置いた。
 梅月は露骨に残念な素振りを見せたが、弥勒が動じる訳がない。
 何事もなかったかのように――事実、弥勒にとっては何もなかったのだが――番茶を啜る。
「これは舶来の菓子で『ちょこれいと』と言うものだそうだよ。なかなか美味だったから、是非君にと思ってね」
 と、梅月は小箱を弥勒の方へ押しやった。
 ようやく箱の中身をちらと一瞥して、弥勒が言う。
「随分と甘そうだ」
「最中ほどではないと、僕は思ったけれどね」
 梅月が言い終わるか終わらないかの内に、弥勒は一欠け口に入れている。
 説明し甲斐がないとはこのことだ。
 しかし梅月は慣れているため、あまり気にしていない。
 それよりも、弥勒に『ちょこれいと』を食べさせる方がよほど重要だ。
「どうだい」
「甘いのに、苦いな」
「そういうものなんだそうだよ」
 弥勒は答えなかったが、箱を押し返してこないと言うことは、気に入らなかった訳ではないらしい。
 実際、四方山話をしている内に――基本的に梅月が喋っているばかりなのだが――『ちょこれいと』はきれいに片付いてしまった。
 その、空になった箱を見て、梅月は何かの期待に満ちた目で弥勒を見つめる。
 だが、弥勒はいつもと変わらぬ無表情で茶を注ごうとするが、鉄瓶も空になっていることに気づいてお湯を沸かそうと立ち上がろうとする。
 その手を、梅月が掴む。
 うっそりと視線を巡らした弥勒に、梅月は尋ねた。
「何か、変化はないかい?」
「何が言いたいのか分からんな」
 と、すげなく梅月の手を払い、弥勒は土間へ降りていく。
 その背中を見送って、梅月は小さく溜め息をついて呟いた。
「『ちょこれいと』は精力剤だと聞いたのだけれど・・・さすがに弥勒には効かないか」

どっとはらい。










そういう話です。
下らなくってすみません(汗)。
お粗末様でした。



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