正しいボーリング






 ――いわゆる静岡三巨頭が、初めてボーリングに行った時のことである。
 何故、ボーリングなんぞやることになったのか、本人達もよく分からなかったが、その辺りは持ち前のアバウトさでクリアする。確か、誰かがグチ大会を暗いと言ったのが始まりだったとは思うのだが、要はストレスが解消されればよかったのである。
 サッカーが三度の飯より好きなのは確かだが、たまには違うこともしてみたい。
「じゃ、とりあえず斉木からな」
 コンピュータに名前を入れ終えた内海が言う。彼はボーリングのスコアがつけられるため、便利なコンピュータに文句を言う罰当たりであるが、機械係を誰かに任せようともしなかった。
「おう」
 と、斉木が第一投を放る。
 しかし、
「ああー」
 投げた途端、斉木は情けない声を出した。内海が、まっすぐに真正面へ転がったボールを指を指して笑う。
「お前らしい詰めの甘さ!」
 結果は予想通りのスプリットだった。
「何を言うか、これからが俺様の本領発揮だ」
 と、指をさされて笑われたせいか、やや憤然として斉木はレーンへと向かう。
「見てろよ」
 斉木は慎重に立ち位置まで決めて、第二投目に入った。
 狙い定めたボールは急なカーブを描き、7番ピンに薄く当たる。
 そして、7番ピンは引き寄せられるように横へ滑って10番ピンを倒した。
「どうだ!」
 と、斉木はガッツポーズをして見せるが、内海は鼻先であしらった。
「んな小技が出来るぐらいなら、最初からストライクとりゃあいいんだよ」
 そう言った内海は、よく知らない人間にしてみれば、思いも寄らぬ力強い投球を見せる。
 乾いた快音を響かせて、電光掲示板がストライクを示す。
「ナイス」
「ったり前」
 椅子に座った斉木とハイタッチを交わしてから、内海はまだボール置き場にいる加納へ声をかけた。
「加納ー、お前の番!」
 すると、加納は抱えていたボールを持って、彼らのレーンに戻ってくる。
「何、大分選らんでんじゃん」
「そんなこだわり派だっけ、お前」
「いや…、なるたけ穴が大きくないと、指がひっかかるんだ」
 と、加納は抱えていたボールを見せる。16ポンドの、このボーリング場にあるボールの中では一番重いボールだ。
「なるほど」
 加納はガタイがいい分、手もデカイ。納得する二人の前で、加納はレーンに進む。
 加納は胸の前でボールを構えた。
 そして。
 後ろに腕を振らずに前へ回した。
 
 自他共に認めるナイロンザイル並みの神経の持ち主である――静岡三巨頭の二つ名は伊達ではない――内海と斉木であったが、目の前の光景に、目を丸くした。
 
 
 
 加納が見せた投球は、ソフトボールのピッチャーが見せる、ウィンドミル投法と言うヤツだった。
 腕をぐるりと回して下手で投げるアレ、だ。
 
 
 
 しかし、投げたボールは直径10センチほどのソフトボールではなく、16ポンドもあるボーリングのボールである。
 滑っているのか、浮いているのか分からないボールは、とんでもない速さでレーンをまっすぐ進む。
 ガコーンと、聞こえた音は、快音を通り越えて、破壊音である。
「か、加納…っ」
「今のは折れた、絶対折れたぞ!?」
 開いた口をようやく閉じたものの、さすがに座席で待つ二人の口から漏れたのは、悲鳴のような言葉である。
 電光掲示板は、ストライクの表示を出した。
 それを見届け、いつもと変わらない様子で戻って来た加納に、斉木が何とか言葉を絞り出す。
「加納…、今の、あれは…」
「ん?」
 言われた加納は、全く何のことか分からない表情で首を傾げ、言葉を促す。
「今の投げ方…冗談か?」
「ああ、あれはいつもだぞ」
 絶句してしまった斉木に変わって、内海が言葉を重ねると、加納はいつもの鉄面皮で何事でもないかのように答えた。
「いつも!?」
 斉木は鸚鵡返しに声を上げて、再び絶句。
「いつもって、お前…」
「あの投げ方だと、まずストライクだな」
 そりゃそうだろう、あれでは当たらなくてもピンは折れてしまう。
 通り過ぎた後には、草木一本残るまい。
「さすがに、10回あの投げ方は、辛いんだがな」
「だったらやめろ!」
「もう二度とすんな!!」
 ほぼ同時に二人から怒鳴られて、加納は二人には鳩が豆鉄砲食ったような顔をして見せた。
 もちろん、斉木と内海だから分かる微かな変化であって、赤の他人が見たら、加納は全く動じていないようにしか見えないであろうが。
「どうした、二人とも…」
「どうしたもこうしたもねえよっ」
「いいか、俺達と一緒にいる時は、二度とあの投げ方すんじゃねえぞ! いいな!?」
 二人の怒りの理由が分からない加納は素直に尋ねたが、斉木と内海に胸倉を掴まれん勢いで怒鳴りつけられて、思わずうなずいた。
「わ、分かったから、落ち着け」
「誰のせいだ、誰の!」
 言ったはいいが、ハモられて、加納はただでさえ数少ない言葉を飲みこんだ。そうなると加納には真実を知る術は残されていなかった。
 
 もっとも、加納以外の人間には、その理由は明らかであったのだが。
 
 内海と斉木は、背中にボーリング場の係員の、突き刺さる冷たい視線をひしひしと感じ取っていた。
 もう一度ウィンドミル投法などやったら、つまみ出されること間違いない。
 
「二度と加納とボーリングなんかするもんかっ」
 小声で言い交わされた誓いは、当の加納に届くことはなかったのである――。





夕日(2005.08.27再)






よろしかったら押してやって下さい。



■ lion-index ■

■ site map ■