アイコンタクト
高校サッカー界で群を抜く実力の持ち主で、体格のよさを生かしたパワープレーで『帝王』とまで呼ばれる加納のその迫力を増す要因として、無口であることも挙げられるだろう。
口数が少ない故に、一つ一つの言葉が重みを持ち、また、近寄り難さを醸し出す。
それだけに、『帝王』の幻想はより大きく膨らんで行く。
しかし、付き合いの長い者達にしてみれば、加納の無口はどうしようもない面倒くさがりな気性から発生している単なるしゃべり下手だとしか思えない。
事実、加納はサッカー以外のことに関しては、どちらかと言えば縦のものを横にもしないタイプである。
まあ、わずかな言葉と表情を合わせてみれば、大体言いたいことは分かるからいいんじゃねえの、と言うのが、悪友達の下した結論である。
不精、と言うのも、全員が口を揃える評価であるが。
そういう友人達の好意に甘えて、極限まで言葉数をケチっている節もある加納だから、その評価は致し方のないこととも言えよう。
そして加納の等身大の姿を知っていればこそ、そんな暢気なことも言えるが、あまりよく知らない者にして見れば、そのいかつい外見とあいまって相当に怖い。
本人にその気があるなしに関わらず、当たり構わず威嚇して歩いているのと変わらないのだから困ったものだ。
本人に自覚がないだけに尚更。
そして、そういう困った人間が、少なからずいると言う事実が、何よりも困った話なのである。
ユース候補合宿初日からいきなり紅白戦を組まれ、部活を引退していた3年生達は多かれ少なかれ体力不足に泣かされた訳だが、ただ一人、加納だけは違っていた。
早々にJリーグ入りが決まっていた加納は、高校が自由登校になると同時にクラブに合流しており、ずば抜けた体力を維持している。
誰もが思いも寄らなかった紅白戦が終わり、ひいひい言いながら3年のほぼ全員が合宿所に引き上げて行く中、加納は黙って周囲を見回した。
グローブを外しながら歩いていた三橋と目が合う。
と、加納は三橋の目を見つめたまま、ついさっきまで紅白戦が行われていたフィールドの方へ顎でしゃくった。
三橋は、黙ってうなずく。
二人が、引き上げる列とはまるで逆方向に歩き出したその時に、二人の前に影が差した。
超高校級の体格を誇る二人からすると、随分小柄なその影は、恩田だ。
恩田はまず加納と三橋の目を恐れ気もなく直視して、軽く目礼し、それから背後のフィールドに視線を流してすぐに戻す。
すると、加納がうなずき、遅れて三橋もうなずく。
そして、今度は三人並んで歩き出そうとすると、加納の肩を後ろから掴む者があった。
振り向けば、呆れ返った顔の斉木が立っている。
「あのな、お前ら日本語しゃべれ。口ついてんだから」
斉木が言うと、
「すまん、楽なもんだから、つい」
と、照れてはいるのだが、思わずだまくらかされそうなほど渋い口調で言われ、
「だからな、この合宿に来てるのはお前らだけじゃないんだぞ? 誰もがお前らみたいにアイコンタクトだけで会話できる訳じゃないって言うか、お前らの方が珍しいって分かってるか?」
斉木はこめかみを押さえて言う。
その、言葉に。
三人が顔を見合わせ、数瞬視線を交わした後に、加納と三橋が同時に恩田を見た。
そして、
「ご忠告ありがとうございます。これから気をつけます」
と、恩田が代表して深々と頭を下げる。
それを見て、
「……お前らその内本気で日本語忘れるぞ?」
と、斉木は盛大に溜め息をついたのであった。
夕日(2011.11.06再)