忘れ得ぬ郷土の味 其の二






「そんナ…ヨシハルガ、モウ死んでイタなんテ…」
 掛川からの帰り道、ヴィリーは端から見るのも哀れなほど落ち込んでいた。それはそうだろう。ヴィリーは久保嘉晴と闘うためだけに、かのブンデスリーグも放り出して極東のサッカー後進国などに留学してきたと言うのに、当の久保が鬼籍の人だったのだ。落ち込むのもムリはない。
「運命ハ…あまりニモ、残酷ダ…」
「ヴィリー…」
 身も世もなく落ち込むヴィリーを、東は痛ましげに見つめている。
「ヨシハルハ、本当にすごイ男ダッタ…。このワタシガ、かなわないト思ウほどニ。あんなすごイ男ガ、病気なんかデこんなニ早ク死んデしまうなんテ…」
 ヴィリーは遠い目をして誰に聞かせるともなく、語り続ける。今のヴィリーの目には、目の前の東も、隣に座る嶋も映っていないのかもしれない。
 東は小さくため息をついて、嶋と目を合わせる。嶋も仕方ないとばかりに肩をすくめた。
 だが、おかげで前工全体の雰囲気が暗く沈んでいるのも事実。まだこだまの中なのだ。地元までこの雰囲気だとすると、あまりに辛い。少しでいいから何とかヴィリーの気持ちを浮上させたいと言うのは、前工サッカー部全員の望みだった。
 東と嶋は腕組みをして考え込む。

 何かよい手はないものか。

 と、突然、嶋が細い目を見開いた。何か思いついたようだ。
 バタバタと立ち上がり、網棚から自分のバッグを引きずり降ろす。
「ヴィリー」
「ン?」
 バックを漁りながらの嶋の声に、頭を抱えていたヴィリーが顔を上げる。
 その目の前に、嶋はある袋を差し出した。
「食うか?」
「これハ?」
「『蒟○畑』だ。結構、イケるぞ」
 こんにゃくは群馬県の特産品であり、一世を風靡したこんにゃくゼリーの元祖である『蒟○畑』も、群馬県のある企業が売り出したものだった。
 そしてそれは、遠征にまで持ち歩くほどの嶋のフェイバリットなおやつだった。
 当然、新作が出ればすぐに試す『蒟○畑マスター』の嶋であったが、今日のメニューはスタンダードな『梅味』である。
「もらおうカ…」
 ヴィリーは、嶋の差し出した『蒟○畑』の袋から、一つポーションを取り出した。
「これハどうやっテ、食べるンダ?」
 初めて見る物体に、ヴィリーは首を傾げる。暗い雰囲気が少し和らいでいる。嶋の作戦は当たったのだ。
「まずフィルムをはがしてだな…」
 東も嶋も一つずつ手にしている。嶋は説明しながら手馴れた仕草でフィルムをはがす。
「でっぱっりを摘む」
「こうカ」
 少々不安な手つきではあったが、ゼリーがケースから少し飛び出す。
 それを見て、嶋が言った。
「一気に吸い込……」
 ヴィリーは言われた通りに『蒟○畑』を吸い込んだ。
 ………。
「ゲ、ゲホッ、ゲホゲホゲホッ」
「ヴィ、ヴィリー、お茶…」
 思いきりむせ返ったヴィリーへ、東が笑いをこらえながらペットボトルを差し出す。嶋は遠慮なく笑っているが、本気で喉に詰まっているヴィリーは、それを責める余裕もない。
 顔を真っ赤にして、胸をドンドンと叩くヴィリーの姿は哀れながらも滑稽である。
 お茶を飲んでもなかなか止まらない様子に、とうとう東が背中をさすってやるが、笑いをこらえたままである。
 …しばらくして、ようやく喉のつかえが取れたヴィリーが呟く。
「死ぬカト思っタ…」
「そ、そりゃあ、なあ。『一気に吸い込むと喉に詰まるから気をつけろ』って言おうとしたのに、その前に吸い込んでんだもん」
 目に涙さえ浮かべて、文字通り腹がよじれるほど笑う嶋に、ヴィリーは涙目のまま、怒鳴った。
「ウ、嘘ダッ、最初カラ、ひっかけルつもりダッタ!」
 が。
「まあまあ、ヴィリー、ここは電車の中だべ? そんなに怒鳴ったら、他の人に迷惑だんべ」
 と、東に口をふさがれ、ヴィリーは再び呼吸困難に陥った。
 じたばたと暴れるヴィリーを見て、東はようやく手を離した。
 だが、その目は確かに、面白そうに笑っている。
「大丈夫か、ヴィリー?」
「…大丈夫じゃ、ナイッ」
 ヴィリーもさすがに学習し始めたようだが、まだまだ嶋は上手である。
 しかも、ここに来て東の動きも不気味だ。
 逆襲の日は、まだ遠い…。






夕日(2005.11.27再)






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