「遅い…」
 芹沢は、ハンドルを神経質に指先で叩きながら、呟いた。
 目と鼻の先に東翔大の正門がある。
 にらみつけるようなまなざしで門を見つめていても、待ち人は現れる気配もなく。
 本日がめでたく解禁日なだけに、芹沢の一ヶ月分のイライラは最高潮に達しようとしていた。















――愛と修羅――











 もちろん、芹沢の待ち人と言えば、斉木である。
 ここまで芹沢をイライラさせているのも、当然斉木である。
 何故、こんなに芹沢がイライラしているかと言えば。





 ――ここ一ヶ月ほど、芹沢は斉木と添い寝しかしていないのである。





 ことの起こりは一ヶ月前。
 風呂から上がってきた斉木がベッドに入って来たので、芹沢はさも当然のごとく、抱き寄せて、着たばかりであろうパジャマを脱がせようとしたのだが――斉木に手を止められた。
「何?」
 それでもキスをしようとして、斉木の硬い意志を秘めた視線とぶつかった。
「…?」
「悪いんだけど」
 言いながら斉木は、芹沢の体を押し返す。
「しばらく、勘弁してくれないか?」
「何を」
 芹沢は押し返す斉木の手を取って、指先を口に含む。
 かすかに、石鹸の匂いがした。
「…体調が悪かったとかで、悔いを残したくないんだ。本当に最後の大学リーグだから、さ」
 斉木の言葉は、充分に意図を伝えているが、芹沢の問いへの答えにはなっていない。
 斉木は、いまだ生々しい言葉を口にしたがらない。
 最初に芹沢が斉木を手に入れてから、一年以上が経つと言うのに。
 いい年をして、処女でもあるまいし。
 言っちゃあ何だが、幼少の頃よりあまたの恋愛経験を積んでいる芹沢には、ちょっと理解しがたい部分である。
 芹沢にしてみれば、下手に隠す方が恥ずかしいのではないかと思うのだが。





 しかし、芹沢はそういう斉木をかわいいと思っていたりするので、つける薬はお互いにこの世のどこにもないだろう。
 ついでに、やたら恥じらう斉木を見ていると、芹沢は更にいじめたくなるので、全くもって終わっている。
「ふうん」
 芹沢は何事でもなさそうに呟いた。
 だが、実はよくある展開なので、斉木は眉をしかめ、警戒する。
 もっとも、芹沢は警戒ぐらいではものともしないのだが。
「わっ」
 芹沢はつかんでいた斉木の腕を引き、背後から抱き締めて耳元で囁く。
「で、何を勘弁して欲しいって?」
 笑いを含んだ芹沢の声に、斉木の耳が赤くなる。
 芹沢は調子に乗って、赤くなった耳を甘噛みしながら、追いつめる。
「ねえ?」
 ところが。
「調子に乗るなっ」
 まだ自由が利いた足で脛を蹴りつけられ、腕が緩んだ隙に、ベッドから蹴り落とされる。
「イテッ」
「そこで寝ろ」
「斉木さん、ヒドい」
「絶対、絶対、リーグ終わるまで手なんか出させないからなっ」
 そう言い捨てて、斉木は布団に包まってしまった。
 困ったことに、斉木は一度こうと決めたら非常に頑固である。
 何とかかんとか宥めすかして添い寝までは許してもらった――と言うか、添い寝以上のあんなこともこんなこともしたし、してもらったのだが、最後の一線だけは突破できなかった。
 さすがに男なだけに、本気で抵抗されたら、百戦錬磨をもって鳴る芹沢でも無理強いは出来なかった。




















 そんな訳で、芹沢は溜まっている訳だ。
 非常に嫌な言い方であるが、事実だから仕方がない。
 芹沢直茂――信じられないかもしれないが、実は誕生日が来ていないのでまだたったの19才、シたいヤりたい盛りのお年頃である。





 そうして先日、斉木にとって最後の大学リーグが終了し、芹沢は解禁日だと心に決めて、斉木を待ち構えていると言う訳だ。
 その芹沢の視線の先に、斉木が門からふらりと現れた。
 見慣れた大きなドラムバッグを肩からかけ、いつもと変わらぬ様子である。
 芹沢は手元も見ずにエンジンをかけた。
 斉木を捕らえた視線を、芹沢は外さない。
 斉木は気づいているのかいないのか、猛獣に爪と牙を研がせる時間を与えたようなものである。
 その未来は、想像するだに恐ろしいものであるが、斉木は、迷わず助手席に乗り込んできた。
「悪い、待たせ…ぅわっ」
 詫びの言葉も聞かずに愛車を急発進させた芹沢に、斉木はシートベルトを締めながら、尋ねる。
「…何か、あったのか?」
 その言い草はないだろうと芹沢は思うのだが、恐らくいつまで経ってもどこかとっぽい部分も、斉木の魅力の一つであることは間違いない。
 だがやはり、一言ぐらいは言っておきたい。
 と言うか、言わせろ。
「分からないならいいんですけどね」
「…いい、って顔じゃないぞ、お前」
 斉木のツッコミには応じず、芹沢はある看板を見つけて、大きくハンドルを切った。
「ぎゃあああ!」
 名だたるスポーツカーがケツを振るほどの急カーブに、ふいを突かれた斉木が叫んだ。
 だが。
 すぐに斉木は悲鳴を上げるのが少し早かったことを知る。
「とっとと降りなさいよ」
 ある駐車場に車を止めた芹沢は、不機嫌そうな声で言い捨てて先に車を降りる。
「お、降りろって、ちょっと待て、芹沢!」
 斉木は裏返った声で芹沢を呼んだが、答えはない。





 急カーブの直後に芹沢が車を止めたのは。





 大学に程近い安っぽいラブホテルだった。
 そのラブホテルは、ロケーション的にはもちろん、結構古いため値段もお手頃で、東翔大の学生の御用達として地元では有名だ。
 知り合いに会う確立も非常に高いと言うことで。
 斉木自身、過去に何度かお世話になったことがある。
 もちろん連れは、女性だったが。
 斉木は顔面蒼白だ。
「せ、せせせ、芹沢、な、何するつもりだ!?」
「あんたね」
 芹沢は眉をくい、と、吊り上げた。
「ラブホですることなんか一つでしょう」
 芹沢はさも当然のように言い切ったが、さすがに斉木は受け入れられない。
「って、男同士で来るとこじゃないだろっ!!」
 普通、ラブホテルは男同士でのチェックインは認められない。
 だが。
「だから見つかる前に入るんですよ、さっさとしてください」
 芹沢は恐れ入ることなく、言い切る。
 更に、
「何もたもたしてんですか、そんなに誰かに見つかりたいんですか」
 と、脅しなんだか何だか分からないことを言う。
「い、嫌だ!」
 対する斉木は、全身で拒否をした。
「別にそんなの、部屋に帰ってからすればいいじゃないか!」
「部屋まで我慢できないって言ってんですよっ」
「はぁ?」
 だが、天下の芹沢サマはそれぐらいではびくともしない。
「しょうがないでしょ、溜まってんですよ、俺はっっ」
 暗い駐車場に芹沢の怒鳴り声が響く。
 斉木の顔から血の気が引いた。
「な…おま、何てことを…」 
 斉木の口からこぼれる言葉は意味をなさず。
 芹沢は5ミリぐらいしかなくなっていた堪忍袋の緒を切らせた。
「もういいっ! 担いで行く!!」
 芹沢が宣言し、斉木を車から引きずり出す。 
「うわーっ、待て待て!」
「待てないって言ってるでしょ!」
 と、暴れる斉木を芹沢は押え込み、エレベーターに連れ込んだ。
 常識も良識も、自分の行く手を遮るなら蹴り飛ばして前に進むのが、芹沢の真骨頂である。




















 「うわっ」
 斉木がやっと自由になったのは、悪趣味な内装の部屋のとにかく大きさだけは立派なベッドの上だった。
 芹沢にベッドの上に投げ出されても、斉木はまだ諦めてはいなかった。
「嫌だ、嫌だ、絶対嫌だ!」
 投げ出された瞬間、手にぶつかった枕を芹沢に投げつける。
 しかし、それは悪あがきと言うものだった。
 顔面を狙って飛んできた枕を少し首を曲げただけで避け、芹沢はさっさと上着を脱ぎ捨てて斉木を襲う。
「嫌だって言ってるだろ!」
「一体どれだけ俺が我慢してたと思ってんですか!」
 めちゃめちゃに暴れる斉木を芹沢は押え込もうとする。
 その争いに艶めいた気配は一切なく、端から見たらプロレス以外のナニモノでもない。
 ところが、芹沢は真面目な顔して言う。
「ここならいろいろ小道具もあるし、一ヶ月分のツケ、全部払ってもらいますから」
 その言葉に。
「絶対嫌だーーっっ!!」
 斉木は青ざめた顔で絶叫した。小道具って、何だそれは。ろくな目に遭わないことだけは確実だ。
 しかし。
 芹沢は、微かに眉を顰めて、言った。
「いいんですか、そんなにギャンギャン騒いで」
「何を…」
「あんた元々声デカいのに、それだけ騒いだらこんな安普請のラブホ、このフロア中聞こえてんじゃないの」
 芹沢は冷ややかに告げる。
「知り合いなんかいたら、もう気がつかれてるかもな」
 鋭すぎるツッコミに思わず、斉木は手で口をふさいだ。
 その隙に、芹沢が乗じる。
 すばやくシャツをたくし上げ、手を滑り込ませる。
 最初から計算通りだった。
 ミエミエな手に引っかかる斉木の学習能力は、もしかしたらないのかもしれない。
「や、やめっ」
 慌てて斉木が芹沢を引き剥がそうとするが。
「本当に往生際が悪いな」
「い…ひっ」
 その時はすでに、斉木の中心は芹沢の手に落ちていた。
「覚悟してろよ」
 熱い声を耳に吹き込まれ――。
「ぃや………あぁっ」
 斉木の全身から力が抜ける。










 芹沢の暴挙の前には、斉木はバカ負けするしかなかったのだ――。






























 その、深夜。
 意識を失ったまま眠りについた斉木を、芹沢が見下ろしていた。
 つい先ほどまで、散々にいたぶられ、貪られていた斉木の頬には涙の跡が残っている。
 芹沢がその跡をなぞっても全く反応しないほど、斉木は深い眠りの中にあるようだ。





 何度か頬の上を長い指先がさ迷い、ふいに離す。





 涙の味を確かめるように、赤い舌で指先を舐める。
 そのまま、薄い唇が笑みを形作る。



「まだまだ、ね」
 芹沢は、猫科の猛獣の笑みを浮かべ、呟いた。
「こっちは一ヶ月も我慢したんだから、一週間ぐらいは覚悟してもらわないと」
 その呟きを斉木が聞いていたら震え上がっていたに違いのないのだが。
 幸か不幸か斉木の耳には届かず――。
 だが、斉木の未来はがっちりと決められてしまったのである。




















 その後の斉木の運命は、神のみぞ知る――。




















自分で書いておいてなんですが、いいんでしょうか、こんなものを書いてしまって(爆)。
お願いですから、学校や会社で見て、せめてPCには履歴を残さないで下さい…(涙)。

ええと、これは『CRAZY PARADISE』の綾様からいただいたキリリク、
『御馬鹿な芹』に対するリク小説です。
キリバンゲットは、『みんなライオンのせいだ』の方だったんですが、
ネタが芹斉なんでアップはこっちにしました。
これからも『みんなライオンのせいだ』のキリリクでも、芹斉ネタは受け付けますが、アップは全てこちらになりますんで、よろしく。

今回のネタそのものは、『You're My Only Shini'n Star』を考えていた時に同時になーんとなく頭にあったものです。
が、書く羽目になるとは思ってませんでした。
でも、もうちょっと押さえ気味だったはずなんですが、どうも『OUR LOVE』の反動でリミッターが飛んでしまったようです(涙)。
これ以上、馬鹿な芹はしばらく書けまい…。
いや、頭の中では更に鬼畜なことも考えていたんですが、それはあんまりにも斉木がかわいそうなのでやめときます。
今でも、十分にかわいそうなので(笑)。

まあ、何か思うところがありましたら、BBS、メール等で聞かせてやってください。
ダメならダメでいいので。
皆様からの反応次第で、更新速度は決定されますので。
よろしく。

夕日







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