夜明け前3






 嫌い、嫌い、大嫌い――





 「俺はね、あんたなんか嫌いなんですよ」
 芹沢はまるで明日の天気でも話すような口調でさらりと言った。
 しかしその内容はさらりと流せるようなものではなく、むしろそんな口調であればこそ内容の毒々しさが際立つ。
 当然のことながら、向かいに座る男の手が止まった。
「お前ね」
 斉木は手にしていたナイフとフォークを下ろして言った。
 こう見えてすこぶるお育ちのよい男は、けしてナイフを振り回したりはしないのだ。
「人のこと誘っておいてその言い草は何だ。そんなこと言うなら俺を誘うなよ」
 と、男らしい眉を盛大にしかめて、大仰に溜め息など吐いて。
 だが芹沢は、馬耳東風と聞き流し、切り返す。
「だったらあんたこそ、俺の誘いなんか断ればいいじゃないですか」
 にっこりと営業用ではない笑顔まで見せる。
 それがどれだけの威力を持っているのかは、勿論計算済みだ。
 実際、斉木はよく回る口を閉じた。
 間を取り繕うように、少し乱雑な仕草で本日のメインディッシュであるステーキを再び口に運び始める。
 舌でとろける国産最高級品であったが、芹沢自身にはどうでもいいことだった。
 ただ、斉木を喜ばせたい一心の選択だからだ。
 斉木が喜んでくれるならそれで良かった。
 それなのに、口に出しては嫌いだと言うのだ。
 しかしその一方で、へそを曲げる斉木をかわいいなんぞと思っているのだ。
 芹沢は己の本気を疑う。
 いや、正気を疑っているのだ。
 同性を好きになったことぐらいなら、芹沢にとっては取るに足らないことだ。
 己の行状が、今更世間一般の常識だとか良識だとかを振りかざせるようなものではないことは充分に自覚している。
 そうでなければ漁色家などと言われて平然とはしていられないだろう。
 男も好きだった。
 それだけなら、それがどうしたと言ってのけられる。
 おおっぴらに言えないにしても、周囲も仕方がない、で済ませるだろう。
 だから、その対象が問題なのだ。
 強いてようやく後輩と呼べるかどうかという相手の誘いにほいほい乗るような、誰にでもいい顔をしたがる八方美人、かかわったら碌なことにならない。
 そう、分かっているのに。
 何かと理由を捻り出しては斉木へ誘いをかけているのだから、芹沢でなくとも正気を疑いたくもなるだろう。



 嫌い、嫌い、大嫌い。



 それは真実である。
 芹沢は、芹沢を彼たらしめていた自由を、斉木のせいで失ってしまった。
 必死で表面を取り繕っているけれど、もはや芹沢はかつての芹沢ではない。
 こんな、誰かの表情一つで一喜一憂するような人間ではなかったはずだ。



 嫌い、嫌い、大嫌い。



 言い続けたら、斉木に嫌ってもらえるだろうか。
 自分から誘いを断るようになってくれるだろうか。
 芹沢が自分で断ち切れる時期はとうに過ぎてしまったのだから。
 それとも。



 嫌い、嫌い、大嫌い。



 言い続けても尚、自分を気にかけ続けてくれるだろうか。
 わがままだな、と、少し困った笑顔を浮かべて、芹沢へ手を差し伸べてくれるだろうか。
 そうあって欲しいと、心の奥底で願い続けている。



 鋭く対立する感情に意識が引き裂かれる。
 だから芹沢は口にするのだ。
 嫌い、嫌い、大嫌い――
 手遅れだと言う誰かの呟きに耳を塞いで。










 揺れる乙女心。
 その割に隙あらばどうこうする気ダダ漏れで嫌過ぎ(笑)。
 これで気づかない斉木も相当鈍いと。
 そもそも乙女心って言ってもやってるのはあの巨体ですからねぇ。
 夢に見そうですが、管理人は乙女攻めが好きなんで勘弁して下さい。
 本当は本編の始まる前の話として考えていたんですが、自分でも微妙な感じになっていると思うので、一応別の話ってことにしておいて下さい。
 このまま話が進んだら、結局同じようなことになりそうだとは思うのですが。
 
 何はともあれ三連作、これで終了です。
 お楽しみいただけたら幸いです。



夕日(2005.04.16)

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