あいかわらずなボクら 〜SIDE:SAIKI〜 「俺を欲しがってよ……」 こんな真摯な訴えこそ、俺は知らない。 俺を純粋だとか真摯だとか言うくせに、その自分こそが誰よりも穢れのない心を持っている。 そのことを教えてやればいいのかも知れないが、 さすがにそこまで俺は大人じゃない。 全てを預ける勇気も、自信もまだないのだから。 お前のほうが大人だと、 そんな事は、男の尊厳に掛けて教えてやらない。 これは、俺の最後の抵抗。 俺は、男だから女みたいにあれこれと問い詰めるつもりはない。 伊達でも酔狂でもないと言った、芹沢の言葉を信じているからこそ、それ以上を求める気もなかったし、まさか、求められているとも思っていなかった。 こればかりは、誤算だった。 男、斉木誠を抱こうなどという、そんな考えを持っている事を、全く意識していなかったと言えば嘘になるだろう。 自分自身、この1年程の芹沢との日々を楽しんでいたし、何より苦しんでいた神谷への想いが、芹沢と居ると不思議に薄れていたような気がする。 思えば神谷とは、いつもどこか痛みに似た想いを連れての関係だったように思う。 どうあろうとも、必ずついてまわる人間が居たのだからそれは仕方のない事でもある。 振り切っても振り切っても、故人ほどその存在を増すものはない。 そういう考えに、疲れ切っていたのだろう。 そんな時に、タイミングよく芹沢が現われた。 もちろん奴とてはなから俺を意識していたわけではなく、俺を通して見る「神谷」をこそ、奴は欲しがっていた。 あるいは、芹沢は自分が神谷と、たった一度にせよ身体を繋いだ事を知っていたのかも知れない。 あれは、『そういうもの』ではなかった。 少なくとも、セックスと呼べるものではない。ただ、子供のように泣いている神谷に、自分の積年に及ぶ乱暴な感情を無理矢理押し付けたに過ぎない。 このままでは報われないと、身勝手な想いを自分のいいように解釈して。 ……神谷は、なにも言わなかった。 だから、斉木も二度とそのことには触れてはいない。 それが、斉木の限界だった。 ……芹沢とこうなって初めて気付いたのは、神谷も、あの一夜を望んでいたのではないか、という疑問だった。 あのとき、ふたり抱き合わなければ。 堪え切れないそれぞれの想いが、昇華することはなかったのではないか。 ――――あれは、セックスではなく、儀式だったのだろう。 こんな風に思い出せるようになったのも、そのお陰なのではないだろうか。 そんな事情を、露ほども知らない芹沢はさぞかし歯痒い思いをしたに違いない。 斉木が逡巡していた時期に、「俺はあんたのライバルだ」と宣言しにやって来た男。 芹沢という男は何でも手に入ると言うのに。 今や押しも押されぬ日本のエースとしてその地位を確立し、その容姿、その才能、いずれを取っても、もはや故人に劣る所はないくせに。それに気付きもせず、斉木をライバル視するのだからこれはもう笑うしかない。ようやく落ち着いてきた気持ちを、煽るような真似をすることはあるまいに。 「……おまえは、馬鹿野郎だ。」 あれは正直な自分の気持ちだった。 何時の間にか、自分の中に入り込んで来た馬鹿な男。 大人ぶって斉木を挑発してみたり、子供のような我侭を通してみたり。 斉木が芹沢以外の人間と関わることを極端に嫌うようになったのは、奴が試合で大怪我を負った頃だったろうか。 以前、神谷の試合を観に行った時に偶然芹沢もスタンドで観戦していた。 神谷を抱いて以来、初めて「生」でその姿を確認出来た日だったと記憶にある。 芹沢は、先の試合の接触プレーで膝をしたたかに痛め、確かその後も2ヶ月程試合には戻れなかった筈だった。だから、余計に苛々していたのだと思っていたのだが。 神谷に最高の笑顔をプレゼントされ、いささか舞い上がっていたのだろう。そんな自分を見る芹沢の変化など、気付きもしなかった。 最も、それに呼応するように自分が変化して行ったなど、自覚してはいなかったのだが。 「あんたは、俺以外の人間には優しいんですよね。」 などとほざいた台詞を、可愛いと思ってしまっていた辺りから自分ももう、後戻りが出来なくなっていたのだろう。芹沢を非難出来る立場ではなくなる程に。 何がターニングポイントになったかなど、解りはしない。 非常に恥ずかしいことだが、それが「恋」ってえもんだろう。 今まで好きな事もしたし たまに我慢もしてきた 「………何考えてんですか?」 ようやく首筋から顔を上げて、芹沢が言う。 僅かに眉間に皺を寄せ、長髪を掻き上げる仕草は、奴が照れている証拠だった。 俺はと言えば、この広い胸板に抱きしめられている間にすっかり平常心を取り戻してしまっている。いや、別の意味で興奮しているには違いない。 「一体何時から、この馬鹿に捉まったのかって考えてた。」 どうやっても溢れて来る笑みを抑えられないまま答えると、芹沢は困ったような、痒い所でもあるような表情をして頭を掻いた。 「…ほんと、あんたは自覚無しにそんな無防備なカオするんですか。」 「……?悪いのか?」 「悪いに決まってます!!」 がばっと押し倒され、慌てた斉木が押し戻すと、今度は逆に自分が仰向いて斉木を上にする。 そして、奴の顔の両脇に立てた2本の腕に細心の注意を払ってゆっくりと自分の指先を這わす。 「言っときますけど、そんな表情、俺意外の人間には見せたらダメですからね。」 「どんなカオだって言いたいんだ?」 苦笑しながら、俺も奴の額にキスをする。 「だから、そんなカオ。……もう、都合悪くなると積極的になるんだから。」 芹沢の抗議も外れてはいないけれど、解ってないのは奴の方なんだから放っておいて頬に、額に、鼻の頭に。舞い落ちる雪のようなキスを送る。 「いっつも年上ぶって。子供扱いして俺の言う事なんて聞いちゃいないんだ。」 「聞いてるさ、言葉以上の所も、ちゃんと。」 だだっ子を宥めるのも、年上の役目だ。むくれる芹沢と、その息子にもやんわり愛撫をくれてやる。 「……!…ずるいですよ、斉木さん。」 文句のはずが、徐々に笑いを含んで甘い睦言に変わって。 笑った口唇で、奴のそれを塞ぐ。 「………・ん……」 奴の口から漏れる溜息が、いつもとは違う欲望を掻きたてる。 おまえは本当に解っているか? 「……俺、もうあんたなしじゃ、いられないかも。」 長い両手を、斉木の逞しい背に廻しながら濡れた目で芹沢が訴えた。 解ってないな、やっぱり。 苦笑を浮かべて、斉木は額と額を合わせ、睫が触れ合う距離まで迫る。 「俺を手放すつもりなのか?」 「まさか!!そんなこと許さないし、許しませんよ!」 「分からないだろう?そんな先のこと。」 「いいえ!俺は解ります。っていうか、知ってるんですけどね。」 いきなり自分のペースを取り戻した芹沢が、俄然強気になって、斉木の頭を掻き抱く。 「じゃあ、教えてくれよ。その自信がどこから来るのか。」 「勿論!!あんたからです!!!」 鼻息も荒く、芹沢は言い放つ。 一瞬ぽかんとしてしまったが、これが笑わずにいられようか。 「〜〜〜〜〜(むかー。)ナニがそんなに可笑しいんですか!」 「だ……、だっておまえ………」 そんな無責任な物言いがあるか。斉木は笑いが止まらない。 「そうじゃないですか!!あんたが俺を信じてくれる限り、そんな日は来やしません!」 ふむ、成る程そういう理論も成り立つか。 斉木はぴたりと笑い止む。 「…じゃあ、俺が心変わりしたら?」 さらに芹沢は胸を張り、 「それはありません。俺がそんな隙を与えるわけない!」 と、のたまった。 ……まあ、確かに間違った理論ではないが、かえすがえすもこいつは…… 「……馬鹿だな、おまえ。」 「なあああああんですってええええ!!もう一度言えるもんなら言ってみなさいよ、ええおい!!」 怒り狂う芹沢のヘッドロックを受けつつも、幸せを感じてしまうのだから俺も救われない。 行きつく所、俺も芹沢も馬鹿野郎だって事だろうか。 くんずほぐれつのプロレスが、何時の間にやら違うものに変わっていく頃。 俺は、今日一日をベットで過ごす事を覚悟した。 元気なうちに やりたいこと 見つけ出したいよ 草食獣だって、食われる時は必死に抵抗を試みるもんだ。 だが、草食獣の方が食われる事を望んでみたら、肉食獣を捕まえられた。 これはタナボタというべきだろうか? 「また何か下らないこと考えてたでしょう?」 「……(どき。)そんな事は……」 「自分で仕掛けといて、これだから狡いって言うんですよ。もう。」 「…じゃあ、責任を取るべきだな。」 するりと芹沢の下から逃げ出し、奴の下半身に取り付く。 躊躇いは以外にない。まあ、前科もある身ではある。 「ちょっ……!まって……あッ!!」 堪らず俺の髪を鷲掴むあたり、可愛いもんじゃないか。 息子も素直に斉木の舌に反応を返してくる。 「……それが、ずるいって……あ、もう!!」 もう、イクのか抗議なのか判らない声を上げる芹沢を、果敢に攻めつつも斉木は微笑う。 本当に解ってない。 俺がこんな真似を、他の誰とすると言うのだろう。この馬鹿は。 これだけ表現してやっているのに。 誰に許す? こんなに心も身体も、貪っておいて。 今更、骨と筋だらけになった哀れな姿を、誰が欲しがると思ってるんだ。 半ば腹立ち紛れに、息子を虐めてやる。 全く、馬鹿な親父を持って、立派な息子も気の毒だ。 「だめだって………ッ!!!!!!」 震える息子が涙を流したので、これくらいで許してやろうか。 ごくりと「涙」を嚥下して、ぺろりと口唇を舐める。 「……俺、襲われてんの………?」 情けない芹沢の台詞に、 斉木は草食獣の皮を被ることにした。 いつでも正しい人なんているのかな これでいいんじゃない? それこそ、獣の如く襲いかかり、背後から攻める芹沢の荒い息を聞きながら斉木は思う。 「正しい人間」なんていやしない。 だったら、とりあえずこの本能のままに生きてみよう。 「……ぅあッ!!」 「…気、散らしてるとイカせませんよ。」 仕返しとばかりに、斉木の息子の首を締めて芹沢が不敵に笑う。 情欲に潤んだ瞳に、斉木が映っている。 ……これほど、そそられる光景はない。 「もっと欲しがれよ。俺を……」 猛然と張り切り出した芹沢の腰使いに、つまらない物思いもどこかへ消し飛んでしまう。 求められる。 この悦びは、何にも勝る。 行こうよ行こうよ あいかわらずなボクら…… あいかわらずなボクら 了 はーははははっははははっはは。 …………・さらば!!(←逃げるしかない。) ああ、でも歌はね…愛してやまない、B'Z様の名曲……・ 「イこうよイこうよ あいかわらずなボクら……・」 はーははっははははっははっははははははっは。 若いっていいねえ!!(………・墓穴すらねえぞ!!) |