DESPERATION
明かりを落とした室内の中で、テレビの大画面だけが青白い光を放っている。
青白い光に照らされた部屋は、まるで深海のようだ。
テレビは喧しい雑音を放ち続けているはずなのに、何故か不気味なほど静かだと感じる。
その、静けさは、虚ろが生み出していた。
虚ろの源は、芹沢だ。
今の芹沢には、いつもの輝きがない。
ローソファーに投げ出した長身は、なまじ整っているだけに、精巧に出来た人形のようにしか見えない。
これほどまでに虚ろな芹沢など、誰も見たことがないに違いない。
―――――――芹沢自身でさえ。
芹沢は、青白い光の中に自分の手をかざす。
何も持たぬ手を。
口元が、苦笑に歪む。
何かを失うことを、恐れたことなどなかった。
それは、何も手に入れようとは思わなかったからだ。
手に入れようと思わずとも、最初から芹沢は全てを持っていた。
何かに執着すると言うことを、知らなかったし、知ろうともしなかった。
その頃は、気がついていなかったのだ。
芹沢の目には、何もかもが薄暮の中で輪郭さえおぼろげにしか見えていなかったことに。
だが、サッカーと言う、けして譲れぬたった一つを見つけて、芹沢の世界は変わった。
そして。
けして失えぬ唯一人の人を見つけて。
なりふりかまわず伸ばした手を受け入れてくれたあの時の、言葉では言い尽くせぬ喜びを忘れることはないだろう。
でも、今、その人は、ここにはいない。
明日にならねば帰って来ない。
その時、傍らに置いていた携帯が鳴った。
画面には『斉木』の文字。
テレビは、深夜のサッカーニュースにいつの間にか切り替わっていた。
「もしもし、斉木さん?」
受話器を通して、低くてよく通る声が芹沢の耳を打つ。
「ええ、そりゃ勿論、勝ちましたよ。斉木さんこそ…ああ、ちょうど始まりましたね」
焦点が定まらないように見えた芹沢の視線が動く。
テレビの大画面が、フリーキックに挑む斉木の横顔を映している。
直接狙ったフリーキックは見事ゴール右上隅をゲットする。
「お見事」
そう呟いた刹那、芹沢の気配が一変する。
その視線の中に、殺気と言っていいほどの気配が混じる。
画面の中では、斉木と内海がハイタッチを交わしていた。
電話の向こうの斉木は、芹沢の異変に気づいている様子はない。
きっと、そんなことは考えてもいないのだろう、と、芹沢は思う。
「ええ、明日…待ってますよ」
他愛のないやり取りを一言二言交わして、通話を終了する。
小さな液晶のディスプレイの光が消えた後も、尚、芹沢は画面を見つめ続けていた。
その脳裏に、先ほどの斉木と内海の姿が焼きついて、離れない。
今は斉木とチームメイトになった内海は、芹沢などとは比べ物にならないほど斉木との付き合いは長い。
ただ長いだけでなく、芹沢とは違う、芹沢では築きえぬ種類の信頼関係が斉木との間に結ばれている。
だから、芹沢は内海にまで嫉妬するのだ。
仮にも先輩後輩の間柄であり、そしても斉木と内海の間の信頼関係と言うのが、今更色恋に発展するようなものではないと分かっていても――。
「そんなこと、斉木さんは気づきはしないんだろうけどね」
それが、斉木誠と言う人だから。
人のことばかりに一生懸命で、一度懐に入れた者を疑えない、果てしなく優しい人。
そういう人であるからこそ、傍にいて欲しいと望んだのだから。
それでも、芹沢の心の中には嫉妬の蛇がとぐろを巻く。
今は隠し続けているけれど、いつか芹沢の理性を食い破ることもあるのかもしれない。
その時、斉木は――?
芹沢は呟く。
「…あんたはいつか、とんでもないのを引っかけたって、後悔するのかも知れないね」
でも。
絶対、絶対、離してなんかやらない。
「あんたはもう、俺のものなんだから」
呟いて。
芹沢はリモコンでテレビの電源を落とす。
唯一の光源を失った室内が闇に沈む。
その暗闇の中で、芹沢は眠りに落ちる。
明日、かけがえのない人を腕に抱くその時を思いながら。
こんな暗くて訳ワカメですみません。
もしかしたら今まで書いた芹斉の中で、一番暗くて破滅的な話かと思います。
こういう狂気じみた部分を持っているのは、芹沢の方だと思うんですよね。
斉木さんは、感情的な部分は良くも悪くも普通の人だと思うので。
芹沢は、そういう斉木さんの傍にいて、中和されてるんじゃないかな、と。
そんなことを考えたのは随分前だったんですが、形にするまでの時間が取れなくて訳ワカメで申し訳なく。
こんな暗い芹斉はこれで最後だと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
夕日(2004.07.23)
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