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 その日の訪問者は、文句なしの珍客であった。
 何しろ、夢にも見なかった――見ようもなかった人物のおとないである。
 斉木でなくても驚こうと言うものだ。
 しかし当の本人は、斉木本人はもちろん、周囲から降り注ぐ驚きの視線も気にかけた風もなく、輝かんばかりの笑顔を浮かべて、言った。
「やあ、久しぶり」
 そうでなくても整った顔に、キレイな白い歯が眩しい。
 何しろ、肌が『焼けた』なんてものじゃなく黒いから、その対比が実に鮮やかである。
「いや、ホント、ユース代表経験者ってのは違うねえ」
 嫌味ではなく、感嘆の言葉が背後でさざめく。
「俺のせいじゃねーよ」
 斉木は、誰にも聞こえないように呟いた。
 ――目の前の、深い記憶をくすぐられる容姿をした、彼にさえ。
「どしたの? 斉木、元気ないじゃん?」
「別に…」
「うっそだぁ。斉木はいっつも大声で動き回ってんじゃん」
「誰が、人の足を止めさせてんだよっ」
 斉木は、相手の望み通りに大声を出した。
「光岡!」
すると、怒鳴られたブラジルのデルソールこと、現在、Jリーガーとして日本で大活躍中の光岡ジョージは、にこりと笑って斉木の肩を叩いた。
 余談ではあるが、彼がブラジルと縁の深いJリーグのチームと契約した時には、「『太陽』が日本に来る!」と、大騒ぎになったことは記憶に新しい。
 もっとも本人に、それだけの大物であると言う自覚があるかどうかは、端から見る限りにおいては実に疑わしく思えるほど、フレンドリーな雰囲気を漂わせている。
 「そうそう、斉木はそうじゃないと」
「こんなとこまで何しに来やがった!?Jリーガーは、そんな暇なのか!?」
 そんなサッカー界の大物に気後れすることなく斉木が怒鳴りつけると、光岡は、得意の叱られた犬のような表情になった。
「せっかく近くまで来たから寄ったのに。何もそこまで言わなくたって…」
 確かに、近くに来ていたのは嘘ではない。ジョージのチームは今日はアウェイで遠征中だ。
 ちなみに、今日は芹沢のチームと対戦したはずだった。
 ――――――要するに、それが問題で。
 今日は、芹沢が迎えに来る日なのだ。
 何の用だか知らないが――いや、分かっているが考えたくないだけだ――、芹沢と鉢合わせする前に、とっとと帰って欲しい。
 それが斉木の切なる願いである。
 この間、芹沢の迎えをすっぽかした後、そりゃもうひどい目に合っているのだ、斉木は。
 ちょっとでも練習から上がるのが遅れようものなら、すごい形相でクラブハウスにだって、グラウンドにだってやって来る。
 そしてそのまま埒監禁状態だ。
 とにかくばれないように、なんていう斉木の心遣いは、踏みにじられ、蹴散らされて木っ端微塵である。
 そこまで芹沢が露骨な態度に出ながら、チームメイトには二人の関係がばれていないらしいのが、斉木としては救いと言うか、呆れていると言うか。
 思い込みと言うのは恐ろしいものである。
 もっとも、決定的な言葉を芹沢が口走るのだけは、斉木が必死の思いで止めているのが、かなり大きいのだろうが。
 そんな訳で、妙な来訪者に邪魔されて、練習を遅らせる訳にはいかないのだ、斉木は。
 眉間に立皺を寄せて、怖い顔でまくし立てる。
「悪いんだが、今日は忙しいんだ。何の用だか知らんが、また別の日にしてくれ」
 先に連絡をくれるとありがたい――と、言い捨てて、斉木はグラウンドに戻ろうとした。
 はっきり言って、ありありと不機嫌な斉木は、怖かった。並みの神経の持ち主なら、絶対に逆らおうなんて思わない迫力があった。
 しかし。
 相手は、並みの神経ではなかった。
 サッカー大国、ブラジルで『太陽』などと言うご大層なあだ名を戴いてしまうほどのつわものだ。
「待ってよ」
 がっちりと肩を掴まれて、斉木が勢いよく振り向くと、そこにはどっか神経が切れてるんじゃないかと思えるほどの、満面の笑顔があった。
 斉木はつばを飲み込んだ。
 その笑顔は、どう考えても何か企んでいたから。
「俺はい…」
「まあ、まあ、まあ」
 斉木が一歩後ずさるより先に、光岡の腕が斉木の首に絡みついて動きを封じる。
「久しぶりに会ったのにさ、何か冷たいよ、斉木」
「離せ!」
 動物に例えるなら犬以外の何物でもない光岡は、じゃれているだけだと斉木には分かっているけれど、こんなところを芹沢に見られようもんなら、ただでは済まされない。
 振り払おうと必死で暴れるが、光岡はそれを許さなかった。
 笑顔のまま、と言うのが、何とも怖い。
「と言う訳で、ちょっと借りてくね」
「どんな訳だ!」
 斉木は最後まで抵抗したが。
 結局のところ、呆気に取られるチームメイトの前で、光岡に連行されてしまったのである。
「やっぱ、斉木の知り合いって、何かヘンだよな」
 誰ともなく呟かれた言葉に、取り残されたチームメイト達全員が、大きく頷いた。





 「で、何の用だよ」
 無理矢理連れこまれた大学近くのファミレスで、斉木は、絵に描いたような仏頂面で吐き捨てた。
「やだなあ、斉木、コワイよ?」
「ったり前だ!」
 ヘラヘラ笑っている光岡の前で斉木は拳をテーブルに叩きつけるが、光岡は恐れ入る様子もない。
 その、豆腐に釘を打つような感覚に、斉木の怒りも萎えた。
 大体、用件は分かっているのだ。
「だってさあ、あんまり人がいるとこで聞くのも何だかなと思ったし」
 100パーセントオレンジジュースをすすりながら、光岡は捨てられた子犬のような上目使いで斉木を見ながら言った。
 その、言葉に。
 斉木は、頭を抱える。
 やはり、予想通りだった。
 問題は、どうして光岡がそれを知っているかだ。
 ――アイツは、ユースの代表合宿の時、光岡と言葉を交わすことすら、少なかったはずだが。
「斉木は、あんまそーゆーこと、人に知られるの好きじゃなさそうって、思ったからさ。ま、俺なんかは何でもあけすけに言っちゃうタチだけど」
「それが分かってんなら、何でこんなとこに来たんだよ」
 何でこんな日に、と言う言葉は飲みこんだ。
 こうなってしまったからには、とっとと話を終わらせるしかない。
「いやー、頼まれたんだよ」
「誰に」
「岩上」
 光岡は、現在のチームメイトの名を言った。
 それで斉木も、全て納得がいった。
「そういう流れか…」
「何かね、内海から聞いたらしいんだけどさ、岩上は」
「お前は、岩上から聞いた訳?」
「そう」
 斉木は思わずテーブルになついた。
 ――その先にある、事実が見えてしまったから。
 一体、どこまで話は広がっているものやら。
 光岡は、ストローをもてあそびながら言葉をつぐ。
「俺はさ、あんまりそういうの気になんないからさ、へー、ぐらいだったんだけどさ。何か、すごく岩上は気にしてて」
「で、何でお前がここに?」
「だから、頼まれたんだよ、岩上に」
「何を」
「ホントなのか、確かめてきて欲しいって。余計なお世話なんじゃないかなー、とは、俺も思ったんだけどね」
「全くだ…」
「芹沢が気になって試合に集中できない、なんて、言われちゃねー。 また次もそうじゃ、困るから」
「そこまで言うなら、何で本人は来ないんだ」
「いざ本人を目の前にしたら、とてもじゃないけど聞けないからって。俺は図太いから平気だろ、なんて、ヒドイよねー」
 その言葉に。
 斉木は切れた。
「んなの聞きたきゃ、直接来るなり、電話なりしろって、言っとけ」
 と、そう、喚くと。
「止めといた方がいいと思うけど」
 光岡は、音を立てて最後のオレンジジュースをすすり上げ、空になったコップを名残惜しそうに見ながら、言った。
「もし本当なら、止めるように説得するとか何とか言ってたから、多分、直接話すと、面倒だと思うよ」
「それこそ余計なお世話だっ」
「だろ?」
 と、光岡はいたずらっ子の表情で笑った。
「だから、何て言うの、藪を突ついて蛇を出すだっけ。余計な刺激はしない方がいいと思うよ。岩上の説教、うるさいし」
「まだやってんのか」
 岩上は、昔から体育会的説教魔だった。
「もー、うるさいのなんのって。あれは一生直んないよ。いいじゃん、寝癖ついてたって。どうせ俺、癖毛なんだからさー」
 光岡はニコニコ笑いながら、するりと斉木の中に入り込んできた。
「斉木、幸せ?」
「ああ、………って、何言わすっ」
「いいじゃん、幸せなんだったらさー。斉木も結構うるさいよねー。そりゃ、岩上ほどじゃないけど」
 また、光岡は捨てられた子犬のような目をする。
 斉木は、思わず罵詈雑言を飲み込んだ。実は、そういう目にとことん弱い。
 頼られたら嫌と言えない体育会気質が、今の事態を呼び寄せたことを分かっているだけに、複雑な心境になる。
「…んで、わざわざこんなとこまで来て、それだけ聞き出して、お前自身は何か言いたいこと、ないのか?」
 精一杯の憎まれ口を叩くと、光岡はにやりと笑って言った。
「んー、別に。だって元々、あんまり人のそーゆーの気にならないし。俺、ラテンだからさあ。それに、気にしたってしょーがないじゃん。幸せならなおさらねえ。俺、馬に蹴られたくないし」
「…難しい言い回し、知ってんな」
「岩上がうるさいから覚えちゃったよ」
「あー、アイツ、そういう硬い言葉、好きだからな」
「そうそう。しょうがないじゃん、俺がそういうことわざ知らなくても。なのにさー、『半分は日本人だろうが』とか、ムチャクチャ言うんだよー」
 ヒドイよねー、と、光岡は穏やかに笑う。
 そんな、軽い話でささくれ立った心を和ませようとする光岡の心遣いに、斉木は言葉に出さず感謝した――。





 「ま、俺から元気そうだったって言っとくよ」
 しばらくくだらない世間話をしてから、光岡が、伝票を持って席を立った。
「――来年は、ライバルになるかな」
 光岡の何気ない言葉に、斉木は不敵に笑って応じる。
「さあな」
実際、斉木はまだ進路を決めていない。
 敵に回るか、はたまた味方になるか――それは、斉木自身にも見えない未来だ。


 そのまま、穏やかに別れようとした、その時。
 空を切り裂く聞き慣れた爆音が、外から聞こえた。
 思わず斉木が窓の外を見ると、赤いスポーツカーから芹沢が外に出てくるところだった。
 斉木の顔面が蒼白になる。
 額に青筋立てた芹沢は、下手をすればこの間以上に怒っていた。
「何、どしたの? 斉木」
 事情が分かっていない光岡が間抜けに尋ねるのと、外の芹沢が二人に気がついて指さしたのが、ほぼ同時。
 思わず斉木はその場から逃げ出したくなったが、入り口から突進してくる芹沢から、逃げ隠れする場所はどこにもなかった。
「斉木さん! あんた、こんなとこでこんなヤツと、何してんですか!?」
 俺が来るって分かってるはずでしょ、と、ヒステリー寸前で怒鳴り散らす芹沢を、斉木は必死でなだめるようと努力する。
「芹沢、落ち着け、コレはだな…」
「落ち着いてなんかいられますかっっ」
 すでに理性の箍が飛んでいる芹沢はそもそも聞く耳を持ってくれない。
 そして矛先は、あっという間に光岡に変わる。
「光岡さん!」
「やあ、芹沢、久しぶりー、って言うか、さっき会ったばっかりだっけ」
 と、ついさっき対戦した相手に、光岡はのんきな挨拶をする。
 が、芹沢は笑いもせずに、光岡へ詰め寄る。
「アンタ、何のつもりだ! 斉木さんを、こんなところに連れ出して!」
「別に、何かする気はないんだけど」
 光岡の言葉に、芹沢のなけなしの理性は完全に消し飛んだ。
「アンタ…、斉木さんは俺のなんだ! 俺の、俺の斉木さんに手を出すな!!」
 爆弾発言、である。
 しかも芹沢は、頭を抱えた斉木を胸に抱きこんだ。
 ここは、大学近くのファミレスだ。
 斉木は隙を見せてしまったことを激しく後悔しながら、懸命に暴れ、芹沢の手を振り解こうとする。
 どこに目や耳があるか分かったものではないのだ。
「芹沢、とりあえず離せ!」
「何してたんです、アンタは…こんなとこ、ノコノコついて来てっ」
「好きでついて来た訳じゃねーよっ、こらっ、離せっっ」
「嫌です! 俺のなのに…、斉木さんは誰にも渡さない!」
 しかし、斉木が暴れれば暴れるほど、芹沢の腕に力がこもる。


 はっきり言って、修羅場である。


 が、その修羅場の前で、感心したような顔をして光岡が短く口笛を吹いた。
 そして言った言葉は。
「ラブラブじゃーん」


 緊張感もへったくれもない光岡の言葉に、斉木と芹沢が脱力したのは――言うまでも、ない。











2222自爆につきリク権プレゼントに応募された綾様のリク、「せりさい暴露話Part2」でした。
非常に、予定通りに進みまして、いつも通りのオチがついて、すっきりしました(笑)。
やっぱり私はお笑いの人です(爆)。
暴露話第二弾、と言うことで、誰を出すか苦心いたしました。一生懸命考えて、多分、光岡はきっと誰も考えていないだろうと思って、光岡登場と相成りました。今回は、狙ってカーブ投げたんですけど、どうでしょう? 綾さん(笑)。一応、まだ海外勢がJの招聘選手として活躍中、と言う設定は、見てないんですが…私が知らないだけか。
まあ、せりさいはいつもの通りなんですけど。
ここで光岡は、岩上がチームメイトで、ブラジルに縁深いJのチームでプレーしていることになっております。バレバレですね…鹿軍団です…ごめん、好きなんだな、アントラ○ズ。
きっと、「デルソールが日本に来る!?」とか、言われたんだろうな、「貴公子が来る!?」って、レオナ○ドの時騒がれたみたいに――なんて考えてました。
よし、この設定なら、ドイツ勢でもスペイン勢でも、出し放題だ(爆笑)。
まあ、この時点でその他、誰に暴露されているかは、まだ考えていないんですけど…もう結構、知れ渡っているような気がしますね。大学ではバレていないようですけれども(ホントか)。
さて、次は何の話になるか分かりませんが…さちさんバージョンを心待ちにしているアナタ、管理人までお知らせ下さい。責任持って届けますので…って、私が実は一番心待ちにしてるんでしょう、きっと(笑)。
さちさん、よろしく〜、見捨てないでね〜(T_T)。
それでは、また。

夕日