なるみ探偵の事件簿:1

〜赤いスポーツカーの男(パクリではない。)〜




アタシはなるみ。
姓でも、名でもない、なるみ。
アタシは桜井成美という名で、某大学に通っている。
そこでは、アタシは美人で、良く気がついて、誰にでも好かれる模範的生徒として通っているが、それは仮の姿であって、アタシの真の目的は、『奇跡の世代』と呼ばれるサッカー選手達の中でも、リーダー的役割を果たしている「斉木誠」の身辺調査なのだ。
誰からの依頼とは言えない。これはプライバシーの問題だからだ。
詳しい事情はお話し出来ないが、これからアタシが伝える出来事は、
全て真実である。






授業開始の時間になっても、現れない。
どうやらサボリだと判断して、成美は目的の人物を探すため、友人の静止も聞かずに部屋を出た。恐らくこの時間だと学食が混み始めるだろうからそれを避けて、部室に居るはずだ。
目的を持った彼女の足取りは、軍隊並みの、規律正しくも誰にも止められないものなのである。
「あ、成美ちゃん、今夜のコンパさあ……」
ろくな面子も集められないくせに、美人ばかりを狙って誘う学生の声など気にも止めないし、聞いてやる義理もない。見送るしかないバカ面を横目で見送り、勿論、その歩みも止めるはずもなく通り過ぎる。よく見ると外は鬱陶しげな雨足で、ようやく成美は今日の学生たちの数が少ないことに納得がいった。傍から見ると、これから人を殺しにでもいくかのような勢いでずんずんと進み、校舎を出て渡り廊下を半ば駈け抜け、ようやくサッカー部部室へと辿り着いた。その間、時間にして2分40秒。いつもよりいいペースであった。ちなみに普通の学生が、普通に先程の教室からここに到達するまでにはゆうに5分以上は掛かる。余談ではあるが。
「あ、いたいたあ〜」
誰もが可愛いと表する、甘えた声で、それでもいきなり部室の扉を開ける。このへんに成美という女の真実の姿が見え隠れする。
「おどかすなよ、桜井ぃ!」
どうやらターゲットは考え事の最中だったらしい。この雨がただでさえ勤勉を萎えさせている上に、どうやら彼はそれどころではない憂鬱を抱えているように見えた。それも事件の匂いのする、何かだ。
「あはは、だって斉木くんの行き場って大体決まってるし。期待通りに居るもんだから。」
舌を出しておどけて見せて、斉木の気を緩ませる。そんなことくらい朝飯前だ。
だが、斉木の反応は鈍く、どうやらこれは想像以上にディープな問題に直面しているに違いなく見える。サッカーの事であれば彼は、直接関係はないが知識に置いてはそこらの部員以上に持つ成美に愚痴半分漏らすだろう。この場合はそれではなさそうであるし、成美の顔を見て鬱陶しげに眉を顰めた辺りをみると、恐らく一番触れて欲しくはない所、つまり成美が斉木に出会って挨拶を交わし、お互いをよく知りもしないうちに言った、あの発言の辺りに類するのだろう。
斉木誠という男は、陽気で、おおらかで、それこそ誰にでも好かれる兄貴分の人間だった。
周囲の人間に常に目を配り、反面自分自身を省みることはしない、今時珍しいほどの熱血漢で、その分溜まっているストレスは見る人間が見れば計り知れないもののようだった。成美は言うつもりではなかった台詞を思わず掛けてしまい、しかしお陰で彼の中に『特別』なポジションを得る事が出来たのではある。
『そうやって誰にでも愛想良くするの、疲れない?』
相手を気遣うということは、それと同じだけ自分にもストレスを課す。そんな簡単なしくみにも気付かずに、斉木は人当たりのいい笑顔を浮かべては人様の鬱屈した部分を引き受けていたから、成美としては歯痒いばかりで、腹立ち紛れに口にしてしまっていたのだった。それでも斉木は尚成美にまで微笑み掛け、だがその笑顔が余りにも哀し過ぎたので、こうして成美は任務以上の部分で彼を思いやってしまうのである。
そんな斉木であるにも係らず、他人との接触を嫌うとなると、やはりアレしかあるまい。
「ははあ、誰か好きな人でも出来た?」
さして整っているわけでもないのに『かっこいい』と女どもに言わしめる顔を露骨に顰めて、無言で白状していた。
そのとおりです、と。


斉木誠の想い人と云うのは、またこれが只者ではない。
高校時代からその勇名を馳せた、サッカー界の至宝たる神谷篤司、勿論男である。
これについては、いささか調査不足が否めないのだが、そこは女の直感たる部分で補って足りるかと思われる。
中学時代には、神谷篤司を同じサッカー部から追い出していながら、高校に入ってからは何かと彼を気に掛けては助けてやっている。少し前の出来事になるが、神谷篤司の為に彼はこの大学のチームメイト(雑誌にも掲載されるような有名選手があまた在籍している)を引き連れて高校生相手のゲームすらお膳立てしたことがあった。何故そうまでするほどに、何が彼を変えてしまったのかは本人にしか理解できないことではあるが、久保嘉晴なる、故人となった神谷篤司のチームメイトが切っ掛けになっていることは明白だろう。出身高である掛川北に幾度となく久保嘉晴を誘った事実は有名であり、彼が2年の夏に突然死亡するまでそれは続いていたが、その後は何かにつけ、久保の相棒であり副主将である神谷篤司のほうを援助していた。いや、おかしな意味ではなく、だが。

久保嘉晴は、サッカー選手としてその将来を嘱望され、幼少の頃から海外で培ったその才能はいづれ世界へと羽ばたき、日本を代表するプロサッカー選手となる筈であったという。その頃はサッカーのルールなどラグビー(個人的に好きなのだ。特にサントリーの永友のファンである)とさして変わらないだろうと思っていた成美でさえ、その名は至るところで聞くことがあった、それ程の選手だったということなのだろう。実際、残された数少ないVTRで彼のプレーを見る事が出来たが、素人目にも久保嘉たるや現在プロリーグに所属するどんなプレイヤーでも及ばない、全く異質の才能を感じずにはいられなかった。その活躍ぶりが、だけではない。もっと別の、そう、例えばアメリカにとってのマイケル・ジョーダンや、タイガー・ウッズ、日本におけるイチローや松阪のような圧倒的な存在感。俗な云い方をすれば、『カリスマ』というか『スター性』とでも表現できるだろうか。一世紀に一度お目に掛かれるか掛かれないか、共に同じ時代を生きていたことさえ誇りにしたくなるような、そんな存在。
それが成美の認識する久保嘉晴という故人だった。
ろくな事情を知りもしない成美でさえ、そこまでの感慨を抱かせる人物を、身近で、しかもまるで何も知らされないまま、フィールドに沈んで二度と自らの力で起き上がる事のないまま失ってしまった、そんな神谷篤司という人間を、同じピッチで、同じ目線でボールを追ったことさえある斉木が、気に掛けるのは当然と言えば当然かも知れない。だが、それだけでは足りない、いわゆる度を越した神谷への愛情は、女だからと云わず見る者が見ればすぐに解るものだったろう。ただ、誰もそれを言わなかっただけのことだ。
『神谷篤司を好きなんでしょう』と。


斉木の驚きぶりも、大したものだった。
それだけ見え見えのくせして、どうして周囲の人間にバレないと思えるのか、そのことの方が不思議なくらいだった。今までは見せたこともない表情をして、どうして解るんだなどとほざかれては、成美の失笑を誘っても仕方あるまい。斉木という男は、恐ろしく鈍感で、そして素晴らしく純粋な男なのだ。
そしてそれは、彼を取り巻く多くの人々の知るところであり、彼自身気付くことはない最大の魅力なのだろう。
ともあれ、そういった斉木の内心をこと細かに分析していた成美であった為、この度彼の惚れた人間というのは、とうに検討が付いていた。
何と云うかある意味で世界は狭いというか、しかしまあ当然と云われれば納得もする相手ではある。勿論、斉木はそんな成美の的確な分析などつゆほども知らず、彼女に知られまいと必死に隠す姿は思わず頭をナデナデしたくなる光景であった。

成美を避けて大学すら出ていこうとする斉木をからかって遊んでいたら、校門を出る前から目に飛び込んで来るものがあった。

真っ赤なスポーツカー…………

それは、成美が最も苦手とする部類のモノだった。
その外車に凭れ掛かっている男ときたら、長髪・長身・ナイスバディ、おまけに洋服のセンスは超一流で、サングラスを掛けてはいるがすらりと通った鼻梁といい、眉間に皺寄せられている事を差し引いても隠し様のない美形だ。厭味を通り越した感心さえ沸き起こる、一枚の写真のような光景。思わず成美は眩暈を起こしそうになったが、それは自分だけではあるまい。こういったモノは個人の趣味であって、それを他人がとやかく言えるものではないとは知っているが……。
くらくらする頭を切り変えさせたのは、その光景を見た斉木の反応だった。
途端に体を硬直させて、見る見る冷や汗を流し始め、目を逸らす。正直、斉木が何かから目を背けるのを初めて成美は見た。匂う、匂うのだ。事件の匂いがプンプンと。
「もしかして、溜息の原因って、彼?」
問いかけると額に手を当てて頭痛を訴え、肯定を表した。
成る程、これが斉木の新しい想い人。だが、それが成美も良く知る超の付く有名人であったことが意外といえば意外でもあった。最も、検討をつけていた人物に違いはなかったのだが。成美の調査書に基づけば、斉木にとってもこの男はどちらかというと苦手とする部類に入る人物だったのだ。
「……せっかくの『彼女』とのデートを邪魔して悪いんですけどね。」
押し殺した低い声は明らかに怒りを含んで、斉木と成美とに向けられた。その向こうには華々しくテレビカメラやリポーターの姿まで見て取れる。
辺り憚らず、こうまでして斉木に逢いに来るとは、この事件は斉木の空振りではあるまい。はなはだ残念ではあるが、事件を解決させる為にもここは成美は引かねばなるまい。本当は一部始終をVTRに収めて欲しいのだが、成美にだけは解るという優越感もあって、それも避けて頂きたい。
「あ、おい!桜井!!」
がんばってちょうだい。
ウィンクひとつ、応援を残してお邪魔な人間は去ることにした。どうせ自分の想像通りの結果が訪れるに決まっているのだから。
余裕の足取りで去っていく成美を尻目に、修羅場開始のゴングが鳴った。




翌日、大学に斉木の姿はない。そのまた翌日も。
それを許すサッカー部もサッカー部だが、病気と言われれば引き下がるしかないだろう。
はてさて、どんな病やらとサッカー部員のそんな噂を学食で聞きながら、成美は一人斉木の姿を想像してにやけていた。
「こーのーあーいーだーはーどーうーもーーーー!!」
「ウッ…………!!」
背後の、この悪寒は……
成美は咄嗟の出来事に身構える間を与えられなかった。
「よくもまあ、俺を売ってくれたねえ。成美ちゃん。」
語尾に殺意を感じるのは、成美の気のせいではあるまい。
額といわず、顔中の血管を浮き立たせて斉木がうらめしげに成美の肩を抱いて隣に腰を降ろした。当然、1週間前のあの日のことを指している。
「俺がどんな目にあったか、おわかり?」
そんな引き攣った笑顔はやめて欲しい。せっかくのランチがまずくなる。
とは、流石に口にせず、
「あら、いいじゃない。さんざん芹沢サマにいい思いさせて貰ったんだから。」
芹沢ファンの女の口調を真似て、成美に向ける悪態を芹沢にはついぞ言わなかっただろう事を見越して言い放った。こんなところで、夕べとも今朝ともつかない情交の愚痴を零されても成美の知ったこっちゃない。大体、普通女にそんなことを云わせるか?眼の下にクマを作ってるわりにはすっきりした顔をして、この1週間芹沢に監禁されてヤりたい放題ヤってましたと言っているようなものではないか。さんざん絞り取られて、どの面でよがってたのかみんなの前で言ってやろうかしら。
夜の生活がうまくいってますって顔されて凄まれたところで、説得力もありゃしない。
みなまで言わずに止めた成美をこそ誉めねばならないだろう。隣で茹でダコになっている斉木の百面相が、全てを語っていた。
「おま……おまえ、なんてヤツだ………」
盗聴機でも仕掛けていたかのように、見事に斉木達の行動をたったそれだけの言葉で集約してみせた成美という女は、斉木ごときが計り知れるようなそんじょそこらの女とは違うのだ。
斉木は大変な勘違いをしていたに過ぎない。

「アタシを脅そうなんて100万光年早い!ケツ洗って出直しな!!」

顔、と言わない所が成美の真の恐ろしさ。
下品極まりないが、事実なのだから何も言えまい。
すごすごと尻尾を巻いて逃げる斉木を尻目に、成美は今回の事件を纏めるに当たって、当事件の名前を考えに入っていた。
この、斉木を監視するという密命がある以上、当然報告書となるものも作成しなければならない。桜井成美は、『なるみ』に戻って真剣に悩んだ。
悩んで、悩みぬいた挙句、付けられた事件名はお世辞にも誉められたものではなかったが、タイムリーな時事ネタであったことも考慮に入れれば、この程度のネーミングで十分であったろう。

なるみの事件簿: 1 
「赤いスポーツカーの男」(但し、パクリにあらず。)



――――――以上のような出来事が、アタシの調査した今回の事件である。
しかし、今回の事件を振り返ってみると。






……………あてつけられただけの、くたびれ儲けであった。












「若いっていいねえ。」
………とは、依頼人の後日の意見である。









なるみ探偵の事件簿:1  了





えへへ。逃げてるかな?アタシ。(←涙目。)
続くんだろうな、いやきっと続けるな。だって気に入ってるし(笑)。
パクリぢゃないのよ。ああでも、どこか遠くで『ハイ、ハイ、ハイ!!』って合いの手が聞こえる……

あ、はぢめてかひら、歌なしって。
でも結局、歌がらみなんだなオレって…………(号泣)。
もお何も言わないで、オレのことは放っておいて下さい…………








■ Serisai-index ■

■ site map ■