A little present





 斉木誠は悩んでいた。
 今回はかなり真面目だ。
 おかげさまでここしばらく、眉間にくっきり縦皺が刻まれたままだ。
「ど、どうしたんだ…斉木?」
 と、思わずチームメイト――名だたる猛者ばかりなのだが――に 引かれてしまうほどだ。
 普段、あまり悩んでいるところを表に出さない分、迷い、困り果てたその姿は、端から見るととてつもなく不機嫌に見えてしまう。
 男らしい外見の斉木が、眉間に縦皺など寄せていると、多分本人が自覚しているよりも相当に怖い。
 恐る恐る尋ねられ、ようやく斉木は気がついた。
「あ、悪い…何?」
「いや、何かすごく怒ってたみたいだから…一年なんか、みんな逃げちまったぜ、主将が怖いから」
「あ…」
 言われて見回すと、同級生か、二年の幹部クラスしか部室には残っていない。
「ごめん…」
「いや、いーんだけどさ。何か、悩んでんじゃねえの?」
 親切な申し出に、斉木はだが、ぽりぽりと頬をかく。
「ああー」
 言いにくそうに、言葉を濁した。
「何、手伝えることなら、手貸すぜ」
「ああ、そんなんじゃなくて」
 斉木は慌てて両手を横に振った。
「ちょっと、悩んでたんだよ、誕生日のプレゼント用意しなくちゃならなくて」
「プレゼント?」
「そんなことでお前あんなに怖い顔してたのか?」
 迷惑な…呟く声は心底からのものだ。
「悪い」
 責められても返す言葉がない斉木は、素直に謝った。
 だが、
「あ、もしかして桜井成美?」
 斉木としては予想もつかなかった言葉に、思わず椅子から滑り落ちそうになったが、相手は真剣だ。
 桜井なら、満足させるの大変そうとか何とか。
「やっぱお前ら付き合って…」
 思わず、
「んなこと言ったらめっちゃくちゃ怒るぞ、桜井が」
 斉木は苦虫を噛み潰したような表情で語尾を引っ手繰る。
 変な噂を立てられる前に、ヤバイ芽は摘んでおかないと。
 いろいろな意味で斉木の身が危うい。
「じゃー、何だよー、プレゼントでそんな悩む相手ってー」
 すでに相手は斉木を心配、と言うよりは、好奇心に移っている。
「いいだろ、何だって」
 今度こそ本当に不機嫌な様子で、斉木は会話を打ち切った。
「じゃな、お先」
 そのまま荷物をまとめて部室を出る。嘘をつくよりは、黙っていた方がまだマシだ。
 しかし。
「そうすっと、芹沢かな」
「芹沢しかいないだろうな」
 うんうんと、部室でうなずかれていたことを、斉木は一生知ることはないだろう――。










 事の起こりは一週間ほど前のこと。
「…そっか、来月はお前の誕生日か」
 ふと、思い出した斉木が、口にした。
 向かいで食事をしていた芹沢が、うなずく。
「よく覚えてましたね」
 少し驚いているようだ。
 斉木は、知り得た知り合いの誕生日まで手帳にメモっている男である。その対象が、女性だけではない、と言うのが、斉木の性格を表していると言えよう。おかげで誰かの誕生日と言って、たかられるのが常である。そうすると、いつも自分ばかりがたかられると愚痴をこぼすのだが、その原因が自分にあることは自覚がないようである。
 それはさておき、
「いや、ま、そりゃあな、最初の誕生日だし…」
 二人は昨年の秋に付き合い始めた訳だから、芹沢の誕生日は丁度半年ほどになる。
 斉木は視線を逸らして言った。最後の方はゴニョゴニョと口の中で消えてしまったが、芹沢には通じてしまったらしい。
「へえ、何かくれるんですか、俺に」
 皮肉げな笑みを口元に浮かべ、問う。
「で、何くれるんです?」
「ああいや、まだ全然何も考えてなかったけど…何か欲しいもん、あるか?」
 確かに何かあげるなら、相手のリクエストに沿ったものをあげた方がお互い満足度が高いのは間違いないが、そこで芹沢にそんなことを聞いたら、とんでもないものを吹っかけらる可能性があるとは考えないのが、斉木の墓穴掘りたるゆえんである。
 言った途端、芹沢の瞳を危険な光が掠める。
 だが、何か言いかけて、すぐに口を閉じた。
 芹沢は、あごを指でつまんで少し考えるような様子を見せる。
「…そんなたいした物は買えないけど」
 今更釘を刺してみても手後れではないかと思うのだが。
 そんな斉木に、芹沢がにっこり笑って告げた。
「俺が今一番欲しいものを下さい」
 それは、斉木にとっては意外すぎる希望で、
「…一番欲しいものって、何?」
 思わず、首を捻って聞き返す。
 だが、芹沢は笑顔のまま、言った。
「それは自分で考えて下さいね」
「分かる訳ないだろ!?」
 うろたえる斉木の非難にも、芹沢は動じない。
「考えれば分かりますよ。楽しみにしてますから、俺」
 にこにこ、にこにこ。
 そんな音がしそうなほどの笑みを浮かべられて、斉木は抗議の声を飲みこむしかなかったのだ。










 以来一週間、斉木は考えている訳だが、全く皆目検討がつかず、思わず眉間に皺が寄る日が続いている、と言う訳だ。
 むしろ、考えれば考えるほど、斉木は分からなくなる。
 分かったのは、斉木がまだ芹沢のことをよく知らないでいた、と言うことだ。
 何しろ目立つ男だけに、何となく分かっていたような気がしていたのだが、その理解が実に表面的なことに限られていたことを、痛切に感じざるを得なかったのだ。
 例えば、好きな食べ物、そんなことすら、斉木は知らないでいた。
 何でもよく食べる――あの体を維持するためには当然のことだが――ので、好き嫌いはなさそうだとか、漠然と思うだけで、斉木はそれ以上の疑問すら抱いていなかったのだ。
 誕生日とか、公式プロフィールに載っているようなことは簡単に調べられるが、芹沢の細かい嗜好など、調べようもない。
 たかが公式プロフィールに属するようなことだけで、相手のことを知っているような気になっていい気になっていた自分が、とても愚かで滑稽であったことを思い知る。
 が、そんな自己嫌悪に浸っている場合ではない。
 ものすごく、まずい事態に陥っていることだけははっきりしていた。
 注文を出した時の言い方からして、芹沢はきっと、斉木が芹沢のことをもっとよく知っているように思い込んでいるのだろう。
 そう考えると、改めて本人に確認する訳にもいかない。
 きっと、がっかりさせてしまう。
「駄目じゃん…」
 いつもここで袋小路に入りこんでしまうのだ。
 斉木の溜め息は、深い。










 アパートに戻り、夕食用に簡単な野菜炒めを作りながら考える。
 タイムリミットまで残された時間は少ない。
 ぼんやりしていると、
「あちっ」
 フライパンの油が撥ねて、斉木は我に返った。
 フライパンの中身は焦げる寸前で、慌てて火を止め、野菜炒めを皿に移す。
 狭い台所からテレビのある6畳間に夕食を運ぶ。
「いただきます」
 習慣で一人でも言ってしまうが、返る言葉はない。
 ふう、と、溜め息をつき、ただ空腹を満たすだけの食事を機械的に続ける。
 音のない空間は斉木にとっては耐え難く、さして興味もないバラエティ番組をつけてみるが、意識は別のところを漂う。
 ――…芹沢が一番欲しいもの…。
 ぱくり、と、ご飯を一口、口に運ぶ。
 味など感じない。
 本当に難問だ。
 プレゼントにするような物を考えてみる。
 服とか、小物とか、食器とか。
 しかし、そのどれも駄目だと分かる。
 モノトーンで統一された部屋の隅にある、ファンからの差し入れだと言う、封を開けただけ――下手すると封も開けないで手を付けもしない物の山を見ていれば、嫌がおうにも分からざるを得ない。
 芹沢は自分で選んだ物しか身に付けないし、自分の目の届く範囲には置かない。
 自分のセンスに絶対の自信を持っている人間にはよくあることだ。
 例外は、自分で欲しいと言っていた物を貰った時か、よほど流行りのアイテムをタイムリーに貰った時ぐらい。
 その他はきりがないので定期的に処分――人に譲ったりしているのだが、知らなければともかく、自分があげた物が右から左へ誰かに譲られてしまうのは面白くない。
 この場合、値段は関係ないので更に困る。保険はないと言うことだ。
 かと言って、あまりに実用性が高過ぎるものもの、まるでお中元かお歳暮かと言う感じで、喜ばれないだろうし。
 無駄になるよりはマシだが、喜ばれないなら贈る意味もない。
 ――困ったな。
 何度目になるか分からない溜め息をつく。
 テレビから流れる番組は、いつの間にかバラエティから恋愛ドラマに変わっていた。
 考え事で一杯一杯で、内容など頭に入っていないから何でもよかった、はず、なのだが。
 ふと、斉木は思いつく。
 ――自分、とか…。
 半ば無意識の考えだった。
 だが、次の瞬間我に返って、口の中の物を噴き出しそうになる。
 あまりにも乙女な思考に、斉木は穴を掘って入りたくなった。
 ――何、考えてるんだ、俺ぇぇっっっ。
 頭を抱える。
 鏡を見なくても、耳まで赤くなっているのが分かる。
 心臓が早鐘を打っている。
「いい加減にしろよ、俺…」
 自分は男で、しかもデカくてゴツい。
 女がやったらかわいいかもしれないが、自分がやったら噴飯物だ。
 笑いが取れればまだいいが、芹沢に引かれてしまったりしたら、目も当てられない。
 ――バカすぎ…。
 柄でもないことを考えたのはドラマのせいだと八つ当たりして、テレビを消す。
 そうすると、沈黙が戻ってくる。
 そうしてまた溜め息をつくのだ。










 「退屈ですか?」
 不意に言われ、そして斉木は自分が溜め息をついてしまったことに初めて気がついた。
「ごめん、少し考え事してた」
 慌てて、斉木は謝る。
 芹沢の部屋にいると言うのに溜め息なんかついて変な誤解をされてへそを曲げられると、往々にして手に負えなくなるのだ、芹沢と言う男は。
 しかし、そんな斉木の気遣いは見事に裏目に出たらしい。
「ふーん、そんなに気になることがある訳?」
 思いきり意地悪な目で、芹沢は斉木を見ている。
 と言うか、斉木は自分の言ったことを棚に上げて、と、喉まで出かかっていたのだが、ようやく飲み込む。
 芹沢の誕生日まで後一週間。
 何をプレゼントするのか、まるであたりさえついていない状況がばれるのは、あまりいいことではないように思えた。
 しかも、上手い話のそらし方を思いつかないでいる内に、芹沢はどんどん誤解を重ねて行く。
「俺には言えないことなんだ」
 言えるはずがない。
 斉木は見栄っ張りな自分を知っている。
 分からないから降参、なんて、好きな相手なら尚更言えない。
「ちょっとしたことだよ。気にするな」
 斉木は芹沢の視線から逃れるようにそっぽを向いて言い捨てる。
 だが、視線を外すべきではなかったのだ。
「ちょっとしたことなら、教えてくれたっていいじゃないですか」
 肩に手の感触を感じた時には、もう後ろから抱きすくめられている。
「ねえ」
 首筋に唇を押し付けられて、全身が総毛立つ。
「やめろ、そういう気分じゃない」
「俺はそういう気分なんです」
 軽く受け流され、斉木はかっとする。
 一体誰のせいで悩んでいると言うんだ。
「このっ、種馬が!」
 キレた斉木が怒鳴りつけるが、
「ひどい」
 芹沢は傷ついたような声を出したが、それがあくまで声だけだと言うことは、さりげなくシャツの下に潜りこんできた手で分かる。
 背後から抱き締められている斉木に芹沢の表情を確認することは出来ないが、もしも見えれば、笑っているのに違いない。
 そう信じるに足るほど、的確な愛撫で斉木の体を昂ぶらせていく。
「しょうがないっしょ、俺まだ十代なんですよ」
 と、全く悪びれた感じのない口調に、斉木は眩暈を感じる。
 それから、ああ、と、思う。
 初めて見たその時から芹沢は、見た目はまるで大人のような体格をしていた――中身が追いついていなかったから、当時はまだつけいる隙があったのだが――ので、十代と言われると驚きを禁じ得ないが、実際、まだ十代なのだ、芹沢は。
 今度の誕生日でようやく十九才。
 抱き締める腕の強さはとてもそうは思えないが――。
「うあっ」
「こっちに集中してないと、俺はヤりたい放題シますよ?」
 弱い部分を刺激され、背をのけぞらす斉木に、芹沢が囁く。
「やめ…」
「じゃ、止めます?」
「う…」
 斉木は言葉に詰まる。
 だが、
「どうします?」
 重ねて問われれば、答えない訳にはいかなかった。答えなければ、芹沢は手を止めてしまうだろう。
 止めるかと問われても、体はとっくに止められないところまで追いつめられている。分かっているくせに、聞くのはずるいと思う。
 斉木が言いたがらないことも知っているのに。
 勿論、芹沢は言わせたがっている訳で、それを斉木も分かっているのだが。
 こういう所は子供のようだと思う。
 心は子供のまま大人になってしまった危うさ。
 そんな一面を垣間見ると、抱き締められるばかりでなく、抱き締めたいと思うのは真実だ。
「……止めるな」
 やっと、斉木は消え入りそうな声で答えた。
「よく出来ました」
 芹沢は、手早くベルトを外しながら、斉木を仰向かせ、唇を重ねた。










 そして、とうとうその日である。
「これ」
 斉木はリビングに入ってくるなり、四角い包みを芹沢の目の前に置いた。
 言葉もぶっきらぼうだったが、表情もあまり機嫌がよさそうには思えない。
「斉木さん?」
 思わず芹沢が、御機嫌伺いのような声を出すと、
「誕生日」
 斉木は言下に答えて、どっかりソファに腰を下ろした。
 とてつもなく、不機嫌な仕草である。
 ここまで不機嫌を隠そうともしないの斉木は芹沢の記憶にもあまりない。
 どうしたら機嫌を直してもらえるのか、そもそもどうして機嫌が悪いのか全く見当もつかず、芹沢は困惑する。
 だが、妙な間が空くといよいよ気まずくなってしまうのは明らかで、芹沢は時間稼ぎに包みに手を伸ばす。
「開けていいですか」
「どうぞ」
 斉木はそっぽを向く。
 芹沢は、こんなに機嫌を悪くさせるようなことをしてしまっただろうかと、己の行動を振り返るが、心当たりがない。お互いオフシーズンのこの時期――芹沢はもうすぐ開幕だが――、多少、ベッドで泣かせたり、太陽が黄色く見えたり、足腰立たなくさせたりしたことはあるが、こんなに機嫌を損ねた覚えはない。この前も、その前に会った時も、うまくいっていたはずだ。
 困惑する様子を見せることははばかられて、芹沢は心の中だけで首を傾げる。
 一体何がどうしたのやらと思いながら包みを解く姿を、斉木はそっぽを向いたまま、横目で見ていた。
 包みから現れたのは、和風のマグカップである。
 青を基調としたものと、黒を基調としたものの二つ入っていたが、青の方が間口が広く背が低く、黒の方が細長い。
 特にペアのようなデザインではない。だが、色のつけかたに特徴があって、明らかに同じ作家のデザインだとは分かる。
 土臭い無骨なデザインのマグカップだが、不思議と、モノトーンで揃えた芹沢の部屋に馴染む。
 さすがに芹沢も、この手の焼き物の値段は分からないが、学生の身分としてはかなり奮発した買い物であろう。
 ちなみに、青は斉木の好きな色だ。
 だとしたら、黒を基調とした方が、芹沢の分であろう。
「この部屋、磁器は揃ってるけど、陶器はなかったから」
 斉木は、俺は陶器の方が好きだから、と、呟いた。
 そう、自分の好みのものなのだ。
 それが芹沢の「一番欲しい物」であるはずがないことは間違いない。
 そういう趣味があれば、とっくにこの部屋に揃っていたはずだ。
 とどのつまり、斉木には一ヶ月かかっても芹沢の「一番欲しい物」が分からなかったのだ。
 だから、頭ごなしに不機嫌を装って、突っ込まれる前に話を終わらせてしまおう、と言う魂胆であった。
 そしてその作戦は、かなり成功しているように思われた。
 あの芹沢が動揺しているのが分かる。
 後一押し、と、横目で見ながら斉木は拳を握り締める。
「ああ…」
 芹沢は、何となくほっとした。
 斉木の様子からしてとんでもない物が出てくるのではないかと内心ドキドキしていたので、あまりのまともさにむしろ肩透かしを食った気分だった。
 完全にペアではないところが、何とも斉木らしい。
「ありがとうございます。高かったでしょうに」
 過度の緊張から解放されて、思わず笑みがこぼれた。
「コーヒー入れましょうか。斉木さんも飲みますよね」
 そう言って、芹沢は箱ごと持ってシステムキッチンに消える。
 予想外の結果に驚いているのは、芹沢だけではなかった。
 斉木も釈然としない。
 「一番欲しい物」が当たった訳ではあるまい。
 それなのに芹沢にはへそを曲げた様子は見えない。
 ――まさか、本気で忘れてるんじゃ…。
 斉木は、気が遠くなりそうだった。
 本当に芹沢が自分のセリフを忘れているとしたら、この一ヶ月悩みまくった自分は一体何なんだ。
 ちょっと待て、と、斉木が思っても、責められはしまい。
 だが、薮を突ついて蛇が出てくるのは、もっと怖い。
 忘れていると言うのなら、このまま忘れてもらっていた方が、少なくとも斉木にとっては幸せのような気がする。
 しかし、釈然としない。
「どうぞ」
 悶々とする斉木の前に、マグカップが差し出される。
「ん」
 勧められるまま一口飲む。
 美味いコーヒーは喉越しよく通ってしまうが、やはり気は晴れない。
「どうしたんですか?」
 ちらりと向かいに座る芹沢を見ると、間違いなく機嫌はよさそうだ。
 ――何なんだ、何なんだ、何なんだーっ。
 斉木は心の中で絶叫する。
 そして。
「…まさか、それが欲しかった訳じゃないだろうに」
 墓穴掘り、と、分かっていながら結局口にしてしまうのが、やはり斉木が斉木たるゆえんなのだろう。
「え? あ、ああ」
 ようやく、芹沢は得心がいった表情でうなずいた。
「ああ、そういうこと」
「どういうことだよ」
 一人で納得されてしまい、斉木は結局置いてけぼりである。
 また、不機嫌な様子で男らしい眉を寄せる。
「確かに、これが欲しかった訳じゃないけど」
 芹沢は、黒いマグカップに視線を落として言う。
「でも、俺の一番欲しかったものは、貰えたみたいだから、いいんです」
「は?」
 芹沢の言葉はまるで謎かけのようで、斉木には理解できない。
「何言ってるの、お前」
 すると、芹沢はくすりと笑って、
「だって、その様子じゃ大分悩んだんでしょ」
 と、図星を付いてくる。
 あっさりと言い当てられて、斉木は赤くなる。
「な…」
「俺が一番欲しかったのは、それだから」
 対する芹沢は、珍しいほどに穏やかな笑みを浮かべた。
「あんたは、いつも俺だけのことなんて考えてくれないから、俺のことを考えて欲しかったんだ。俺のことを、俺のことだけ考えて、あんたが選んでくれたものなら、何でもよかったんです」
 別に最初から適当なものでいいって思ってたら、俺が無反応でもそんなに気にしなかったでしょ、と、芹沢はここ一ヶ月の斉木の様子を全て見通したかのように言い当てた。
 わざと無反応だった訳ではないですからね、と、釘を刺しておくのも忘れない。
 芹沢とても本気で焦っていたのだ。が、斉木は返す言葉もない。
「どうして…」
 ようやく絞り出した言葉に、芹沢は溜め息をついた。
「俺がどれだけあんたのこと見てきたか、分かってないね」
 あんたは俺のこと、後輩の一人としてしか見てなかったけど、俺はそうじゃないから。
「言ったでしょ、俺はあんたのことなら全部分かるって」
 そう言えば、そんなことを言っていたかも…と、斉木は今更思い出す。
 だけど仕方ないじゃないかとも思う。
 一体誰が、今の自分達を想像したと言うのだ、芹沢以外に。
「ま、ホントに分かってないのが分かったけどね、今回。でも、おいおい分かっていくだろうから、今は50点でもいいよ」
 偉そうな口振りに、さすがにかちんとくる。
「何を偉そうに…」
 芹沢はマグカップを掲げて言った。
「斉木さんをくれれば、パーフェクトだったんだけどね」
 にやり、と、笑って。
「ま、いいけど。くれないなら、手に入れればいいだけのことだから」
 告げられた言葉に、斉木は何故か総毛立つ。
 そして、これみよがしに掲げられたマグカップと、自分の手もとのマグカップを見比べる。
 そう言えば、さっき何かコーヒーの苦みだけではない、何か別の味がしなかったか。
 斉木の顔から血の気が引く。
「…まさか、何か入れたなんてことは…」
「さあてね」
 芹沢は、涼しい顔でマグカップに口をつける。
「芹沢!?」
 口元を押さえて目を白黒させる斉木に、芹沢は微笑んだ。
 もちろん、悪魔の笑みである。




























アヤ様からの9000HITリク「芹沢の誕生日」でした。
リクをいただいた時に、最初に『俺の一番欲しい物を下さい』って言うセリフが頭に浮かんで、それを元に話を組み立てました。
ホントに初期の初期、『天使のハンマー』の直後ですね。馬鹿の一つ覚えみたいに、またこの頃の話か、と、言われてしまいそうですが(自覚もあるし)、どうも斉木もJリーガーになった後の話と言うのは、まだちゃんと本編の方固めてないせいかイメージしにくくて、ついつい昔の話に走ってしまいます…反省してます、ごめんなさい。

しかもテーマ的にもアレですね。相手のこと、分かるとか、分からないとか、ずっと同じことの繰り返しで。
まだ時期的に芹沢が自信満々の頃なので、この後一年もしない内にジタバタするのが分かっているのでバカみたいですが、芹沢、お馬鹿な子なので見逃してやって下さい…いえ、親が馬鹿なので、彼に罪はない、はずです。
でも、この「分かる、分からない」は自分の中でテーマ的に比重が高いみたいので、繰り返し繰り返しこれからもしつこく出てきます、多分…。書き方は、もう少し変えようと思っていますが。

後、最近つくづく思うのは、初登場の芹沢、あれで15才ってのは詐欺、ってことです。
最近原作を読み返すと、つくづく思います。
熱き挑戦編でもあれで16才ですからね(苦笑)。
あのまましばらく変わらないんでしょうね、芹沢は。
斉木は普通に年を取っていくと思いますけれど。

だけど、「自分をあげる」をやったら、芹沢は喜ぶと思いますけどねぇ。
斉木の見た目を考えると少し怖いのは事実ですが(笑)。
って言うか、そんなネタで書いたらまた地下室行きですね。
でも、斉木にはリボンよりは熨斗の方が似合う気がするのは気のせいでしょうか(笑)。


夕日