恋した男は 愚かなほどCRAZY

キスにつられて 罪も犯す






薔薇とピエロとダイナマイト





 部活の帰りがけ、斉木はサッカー部の仲間に声をかけられた。
「斉木、今日、みんなで飲みに行こうかっつってんだけど、お前は?」

 何のことはない、いつもの風景である。

 が、すねに傷持つ身は、いつの世も辛いものである。


 そう、今のように。


「ああ、ワリィ。今日は先約あるんだ」
 斉木が何の気なしに答えると、そいつは、顔をしかめて言ったのだ。
「何、また芹沢? お前さぁ、最近付き合い悪いぞ」
 なじられる口調に、斉木は内心の焦りを隠して、人当たりのよい笑顔を作って、言った。
「違う、違う。今日は内海に合コンの員数合わせに呼ばれてんの」

 しかし、相手はまだ疑っているようだった。

「ふぅん、ホントかねぇ」
「何だよ、それ」
「いやなあ、やたら芹沢来やがるからさあ」

 意味ありげに呟かれて、斉木は必死で平静を装う。
 ばれてしまったのだろうか。
 正直、ばれても仕方がない自覚はあるので、冷や汗さえ浮いてくる。

「何か、俺らには話せないことでもあんのかなあって」


ぎくぅっ。



 斉木の背後にはそんな文字が見えた気がした。

「まあ、チームも低迷してるしよ、それは悪いと思ってるんだけどさ」
 続く言葉で、思わず安堵のため息をつきそうになるが、何とか押し止める。
「そりゃあ、キャプテンともなりゃいろいろと言いにくいことも出来るのは分かるけどさ、たまには俺らにも愚痴こぼしてくれよな。そうじゃなきゃ、立つ瀬がない」
「そんなんじゃねえよ。たまたま、な」
「たまたま? そんな回数じゃないぜ、芹沢が来るのは」
 想像した事態とは全く違う内容に安心して、軽く切り上げるつもりが、再び墓穴を掘ったらしい。斉木は痛いところを突かれて、顔が引きつる。

「あいつ、試合の翌日は絶対来てるだろ」

 そうなのだ。

 芹沢は、自分の試合の翌日は、絶対に斉木を迎えに来ると言うか、拉致に来ると言うか。
 いくらやめろと言ってもやめやしない。だもんだから、斉木の腹はつつかれると痛いところばかりなのだ。

「そういえばさあ、芹沢って、斉木の後輩だっけ?」
 出来たらノーコメントを通したいところだが、そうもいかない。
「…清水学苑だ」
 斉木は憮然として、言う。

 しかし、相対する相手に対して、と言うより、今ここにいない芹沢に対しての方が比重が高い。

 試合の翌日の定期便はもちろんのこと、斉木にとっても不意に現れたりするので困りものなのだ。身辺調査でもされてるんじゃなかろうかと疑いたくなるようなタイミングで現れることもしばしばで。

「斉木って、掛川だったよな」

 こんな時に言われた言葉だから、ダメージが大きい。まあ、身から出た錆ではあるのだが。
「掛川北だ」
 無理にでも話を断ち切ってしまいたいところだが、小指の先ほども疑われる訳にいかない身としては、苛立ちばかりが募る。

「まあ、ユースん時一緒だったから、後輩っちゃ後輩さ」
 と、斉木は肩をすくめながら言う。
 何とか上手に話をまとめたつもりだったのに、何故か後から後から人が増えて、話題は盛り上がる一方だ。

「Jリーガーってのは、そんなに暇なもんなんかねえ」
「ホント。週に3度は必ず来てるよな」
「もしかして斉木、芹沢のチームに誘われてんの?}
「そうでなくても目立つのに、あの真っ赤な外車。やめて欲しいよな、女があいつに集まっちまう」
「だけどさ、2シーター車で男二人ってのは、さびしいよな」

 話が盛り上がったおかげで流れが変わり、斉木はようやく緊張から解放された。

 だが、冗談抜きに内海との待ち合わせの時間が迫っていたので、仲間に別れを告げて、斉木は校門へと歩き出した。



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 歩きながら、斉木は思う。
 実際、斉木自身としても、今の状況はあまりにも想像外の事態だった。

 ――あんな奴だとは思わなかったよな。

 それが斉木の偽らざる感想だ。
 まあ確かに、芹沢を煽るようなことを言ってしまったのは斉木ではある。

『もっと欲しがれよ、俺を』

 それは、嘘偽りのない、本気の言葉だった。だからと言って、あんなに女をとっかえひっかえしていた男が、まさかその全てを捨ててしまうとは思ってもみなかった。

 それも、自分なんかのために。

 高校時代の芹沢と言うのは、地域も学校も違う上に、2学年も離れていたせいで直接はあまり知らないが、他人事には一切興味を示さないあの内海をして、頭を抱えさせた女グセの悪さは、大学、Jリーグと続いていて。

 もっとも、それが途中からは半ばポーズの、目くらましに近いものであったことは、誰よりも斉木が知っているのだけれど。
 だが、ポーズであろうと何だろうと、とっかえひっかえしていたのは事実なのだ。

 ところがところが、斉木とそういう関係になってから、その女グセの悪さがぴたりと止まった。

 何も、こんなゴツくてまあ、そんなパッとした見栄えでもない男にそこまで執着しなくても、と、斉木は我ながら思う。

 何が怖かったと言って、4年に無事進級して、斉木がキャプテンになるのだと知った時の、芹沢の顔。

 あの時はこのまま監禁されてしまうのではないかとさえ、本気で思った。
 芹沢には結局届かなかったけれど、世間一般には斉木も充分、デカくてゴツイ男だ。ああいう暴力的な恐怖など感じたのは生まれて初めての体験だった。
 結局、言いたいことは十や二十では済まなかったようだが、それでも芹沢が折れて、現在、斉木はサッカー部でキャプテンを勤めている訳だが。

 芹沢の斉木詣でが始まったのは、それ以降のことである。

 自分はともかく、今の芹沢は押しも押されぬ全日本のエースなのだ。さすがにスキャンダルはまずかろう。
 もっとも、あまりにも意外性のありすぎる二人の上に、斉木自身の知名度が今は芹沢には遠く及ばないせいか、妙な噂は斉木の地獄耳にも入ってきていないので、多分、本当にないのだろう。

 ならば、噂が立つような行動は、出来るだけ控えるべきだ。

 実際、芹沢にもそう言ったのだが。
 芹沢は全身で不満を表し、『だから最初にそんなの関係ないって言ったでしょう』、と、喚き散らしたものだ。

「とは言っても、なあ」
 思わず、ため息が出る。
 放っておけば、自ら吹聴しかねない勢いに、必死の思いで約束を取り付けた。
 現実に芹沢にはいつでもマスコミが張り付いている訳だし、Jデビューの仕方が鮮烈、かつ、あのルックスだ。本人が望むと望まざるとに関わらず、彼を取り巻く幻想は多大なものがあって。

 それが壊れてしまう瞬間と言うのは、想像しただけで斉木はぞっとする。

 今聞こえてくる芹沢の浮いた噂と言えば、やれ女優だ、モデルだと、本人の素行とは裏腹に、華やかな女性関係ばかり。

 要するに、世間的はそういう芹沢を求めていると言うことだ。

 それに、週の半分も一緒にいると、身辺整理をしてから随分経つ今もって、女からの電話が引きもきらないことも知っている。
 しかもその内の半分は、誰でも知っているような、超有名人だったりする。まあ、芹沢は日本を代表するサッカープレーヤーと言うばかりでなく、モデルとしてもひっぱりだこだったりするから、当然と言えば当然だ。
 噂にしろ、女からの電話にしろ、いちいち「絶対に違う」と必死の形相で弁明する様はかわいいと思うのだが、そのたびに拉致される自分の身の上を考えると、いい加減な噂を煽るのはやめて欲しいと、切に願う斉木である。
 おかげさまで、そうでなくてもキャプテン業で忙しいと言うのに、バイトをする時間もない。今日の合コン相手はお嬢様学校だとかで、参加費一万と言われて、思わず二の足を踏んだほどだ。
 芹沢と一緒にいると、芹沢が全部払ってくれるから、ついつい忘れがちになるのだが…。

「俺、まるでヒモじゃねえか」

 斉木はこめかみを押さえて、苦々しげに呟いた。自分から吐き出させている訳ではないし、バイトする時間も吸い上げられてしまっているのだから、仕方ないとは言え。
 斉木にも、年上のプライドと言うものがあるのだ。
 しかし、いろいろ不本意だとは思いながら離れようとは思わないどころか、芹沢の心配をしてしまう辺り、相当深みにはまっている自分を、斉木は自覚していなかった。



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 とにかく、今度会ったらいろいろと釘を刺しておいた方がいいかもな、と、思いながら、校門を出た斉木の目に飛び込んできたのは。

 いやと言うほど見覚えのある、夜目にも鮮やかな赤いスポーツカー。

 思わず、斉木の足が止まる。
 だが、そんな斉木の内心を知らず、数人の女と窓越しに言葉を交わしていた芹沢が、声をかけてくる。

「待ってましたよ」
「何で、ここに、おまえ」

 予定外の出現に、斉木は思わず言語障害を起こしかける。

「出かけるんでしょ、送ってきますよ。じゃあ」
 最後は女達に向けての言葉で、乗らない訳にもいかない状況に追いつめられた斉木は、諦めて『2シーター車に男二人乗り』と言う、寒い光景を再現するはめになった。


胸のパズルを 埋める
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 斉木が乗るとさっさと車を発進させた芹沢に、斉木が不快げに言う。
「何で、おまえが知ってるんだ」

「愛の力」

 サラリと言われたくさいセリフに、斉木は総毛立つ。
「ふざけるなっ。興信所とか、使ってんじゃねーだろうなっ」
「そんなことしてませんよ、まだ」
 『まだ』という言葉に不安を感じたが、斉木は無意識に目をつぶる。
 そういう態度が、自分の首を絞めているのかもしれないが。
 直視したくない現実と言うものはあるのだ。

 そんな斉木に、芹沢は前を見たまま告げる。
「昨日、たまたま内海さんと電話で話したんですよ」
「何だ…」
 そうかと一瞬安心した斉木だが、すぐにあまりよい事態でないことに気がつく。
「もしかして…」
「合コンなんですってねえ。相手は選りすぐりのお嬢様だって話じゃないですか」
 よかったですねえ、楽しそうで、と言う芹沢の声は刺だらけだ。
「いやっ、別に、お目当てとかいる訳じゃなくて、員数合わせに内海に頼まれてだな…っ」
 必死の言い訳の最中に、赤信号で車が止まる。

 その瞬間、首を抱き寄せられて唇を掠め取られる。

「こういうところでそういうことをするな、バカ」
 斉木は静かに押し返して言うが、芹沢の耳には届いていないようである。
「員数合わせだって何だってね、俺としちゃあ面白くない訳ですよ」
 周囲を気にする斉木とは対照的に、芹沢は何事もなかったように恨み言をくる。
「分かってるよ、それは」
「ホントに分かってます?」
 即座に返される言葉に、斉木はさすがに機嫌を損ねた口調で言い募る。
「しょうがねえだろ? 内海はこうと言ったら絶対に思い通りにする奴だってのは、おまえもいやと言うほど知ってるだろ」
「それはあんただからでしょ」
 信号が青に変わる。芹沢は視線を戻して車を発進させた。
「おまえは抵抗できんのか」
「おかげさまで高一の夏は出場停止くらいましたねえ」
 芹沢は人をくった口調で言った。

 考えてみれば、Jリーグにケンカを売った男だ。内海にだって売れるかも知れない。
 だが、内海にケンカを売るぐらいなら、Jリーグに売る方が楽かも知れないと思う斉木である。

 さすがはあの内海の後輩だと、変なことで感心してしまう。

 そんなことを考えている内に、内海との待ち合わせ場所についた。
 斉木は路上で降ろしてもらうつもりでいたのだが、芹沢は問答無用で駐車場に停め、ついでに後をついてきた日には、さすがに斉木もキレかける。
「何のつもりだ、おまえ」
「いや、せっかくね、いい機会なんですから、先輩に挨拶していかないとね」
 にやりと芹沢は口元を歪めたが、夜だと言うのにかけたままのレイバンが表情を読ませない。

 追い返せるかと言えば、否。

 『先輩に挨拶』などと言う体育会的大義名分を振りかざされたら、抵抗など出来るはずもない。
 斉木はため息をつく。


 いやな予感どころの話ではない。
 いやな確信がある。


 しかも相手は、あの内海だ。斉木はずきずきと痛み始めた頭を抱えながら、待ち合わせ場所に向かった。



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 待ち合わせ場所につくと、大分早く着いたと言うのに、すでに内海は待っていた。
 斉木を見つけて気軽に片手を上げたが、その背後の人物の正体に気がつくと、さすがに妙な顔をした。
「…芹沢?」
「お久しぶりです、内海さん」
「何でおまえらが一緒に」
 内海がけげんな顔で、斉木と芹沢を見比べる。
 無理もない話である。
「あー、それはだな…」
 何かよい言い訳はないものかと必死で考えながら口を開いた斉木であったが、それより先に芹沢が告げた。

 ――いとも、あっさりと。


「ああ、斉木さんの『彼氏』っすから、俺」


 頭を抱える斉木を尻目に、小憎らしいほど芹沢は涼しい顔をしている。

 ホントにこいつは事態が分かっているのか。

 ここは公衆の往来なのだ。しかも、いくらレイバンで顔を隠しているとは言え、一際目立つ長身と、その有無を言わせぬ迫力だけで視線を集めまくっていると言うのに。

 そんな二人を何度か見比べて、内海は少し考えてから冷たい表情をして、言う。

「ふーん、二人して神谷に振られて、傷舐め合ってる訳か」

 突き刺さる言葉であるが、まあ、そう思われても仕方はない。斉木と芹沢が神谷を追いかけていたのは仲間内では有名な話だ。
 それに、冷たく切って捨ててはくれたものの、嫌悪感は感じないので、斉木は安心して――多少、脱力しながら言う。
「あー、その話はだな、後でゆっくり。こんなとこじゃ何だからさ」
 しかし内海は、いつも通りきっつい一言を投げつけて来ただけだった。
「別にかまわねえけどさ、俺は。おまえらがどんなつもりでいようが知ったこっちゃないし」
 内海は、例え幼なじみや高校で目をかけた後輩が、男に走ろうとオカマになろうと、自分にさえ被害が及ばなければ全く気にしない人間だと言うことを、斉木は長い付き合いで熟知している。もっとも、一度火の粉が降りかかれば、振り払って踏み潰して完全に自分の周囲だけは、安全圏を作り出すのであるが。

「それにしても、趣味がよくねえのは知ってたけど、文句無しの悪趣味だな。まあ、おまえが人間やめても、俺に迷惑かけねえ限りは友達やめねえでやるから安心しろ」
 たまに、こっちが友達やめたくなるけどな、と、心の中だけで思う斉木の肩を、内海が叩こうとすると。

「芹沢…」
 内海の手は、斉木の肩に回された芹沢の手の上に乗っていた。
 斉木の広い肩幅でも、芹沢の長い腕は余裕で届く。

「気安く触らないで下さいね。俺のですから」

 そう言ったあげくの果てに、抱き寄せられた日には。
「だから、やめろと言ってるだろうがっ」
 斉木は反射的に芹沢の足を踏もうとしたが、芹沢は寸前で避ける。
「あんた、俺がどうしてここまでついて来たか、全然分かってないじゃないですか」
「分かりたくねえよ、そんなもんっ」
 芹沢の手を振り払い、内海に声をかける。
「内海、行こうぜ」
「待ちなさいよ」
 しかし芹沢が、むんずと斉木の腕をつかんで引き寄せる。が、今度は斉木も負けてはいない。
「いい加減にしろっ」
 と、踏ん張って抵抗する。不意打ちならともかく、簡単には引き寄せられたりはしない。
 斉木には、自分は男だと言う自覚がある。それが単なる意地だとしても、ただ言いなりにはなりたくなかった。
 もっともその意地を、今が発揮するべきところであるかどうかは分からないが。

 そんな斉木の心中を知らず、芹沢は横車を押しまくる。
「あのね、俺は、断りに来たんですよっ。内海さん、悪いけど、俺がムカつくから、今日の合コン、行かせません」
「ふざけるなっ、俺が決めるっ」
「て、言ってるけど」
 青筋浮かべる斉木と、完全に面白がっている内海を前に、平然と芹沢は言い切る。
「構わないです。行かせません」
「勝手に決めんなっ」
 と、内海がほとほと感心したように呟いた。
「マジみたいだな。見事な夫婦漫才だ」
 その言葉に、斉木からがくっと力が抜ける。その隙に芹沢が抱きかかえて、勝利を納める。

 だが。

「芹沢ぁ」
 ニヤニヤと笑いながら、内海がまだ抵抗している斉木を手伝って、芹沢の手を払う。
「悪いんだけどさ、ドタキャンはなしなんだ。今日はこっちが主催なんでさ、女がたんないのはまあいいけど、男がたんないわけにはいかねえのよ」
 自由を取り戻した斉木は、内海の後ろに逃げようとするが、芹沢がそれを許さない。

 斉木を間に挟んで、芹沢と内海がやりあう格好になる。
「なら、代わりに俺が行きますよ」
「ダメダメ。今日は本命のいるやつがいてな。そういう時の員数合わせは『いい人ね』で終わるタイプがいい訳よ。だから斉木をわざわざ呼んだんだ」
「ちょっと待て、内海。俺は『いい人』で終わるタイプってことか?」
「いっつもぱっとしねえじゃん、斉木は。まあいいじゃねえかよ、もう本命いるんだし」
 内海はあっさりと二人の関係を認めた上で、ヒドイことを言う。
「内海、おまえ、そういうやつだったよな…」
「何が」
 斉木の慨嘆に、内海は全く心当たりがないようである。

「そんなのはどうでもいいんですけどっ」
 内海のペースに乗せられていた芹沢が、逆襲を試みた。
 斉木の腕をつかんで、強引に引き寄せようとする。
「いてっ、芹沢っ」
「いっくら内海さんでもね、もう自由におもちゃになんかさせませんから」
「何を言う、斉木はみんなのおもちゃだぞ。こんなからかいがいのあるやつ、そうそういないんだからな」
「内海…」

「冗談じゃない、俺のですっ。俺だけのです。もう誰にも触らせないんですからっっ」

 芹沢の宣言に、道行く人々が視線を投げてくる。

 その上、内海の情け容赦のない言葉のダブルパンチで、ダメージ二倍。
 斉木はもう、穴を掘ってでも入りたい気分だ。地元でなかったのが、せめてもの救いである。

 しかし、あの内海とやりあうなど――それが子供の駄々こねレベルであったとしても――、確かに芹沢は内海の後輩だったと言うことだろう。



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 結局、行くの行かないのと散々もめたあげく、驚くべきことに、内海が妥協案を言い出した。

「分かった。そこまで言うなら今日のところは折れてやる。その代わり、ドタキャン料払えよな」
 と、地獄の門番よろしく、右手を突き出してくる。応じたのは、芹沢だ。
「いくらです?」
「そうだな、3万で勘弁してやる」
「おい、内海、それはいくらなんでも…」
 暴利だろうと言いかけた斉木の語尾に、内海の声が重なる。
「元々、男は2万だったんだよ。それが斉木は員数合わせだったから、半額にしてやったんだ。本来の金額にドタキャン分で1万。そんな暴利じゃねえよ」
 充分に暴利だと思ったが、内海が聞くはずもなく。

「ホントは倍って言いたいとこだけど、面白い情報もらったから、それで勘弁してやるよ」

 その、言葉に。
 斉木の顔が青ざめる。

「内海、面白いって…」
「おまえらのこと以外に何かあるかよ」
 はっきりきっぱり、内海が言う。
「そ、それは…」
 慌てる斉木の一方で。
「どうぞ好きにして下さい」
 芹沢が言い捨てる。
「知られた方が、ちょっかいかけられなくていいかもしれない」
「バ…、おまえがまずいんだろっ」

「ホント、芹沢、変わったなぁ」
 慌てる斉木の前で、珍しく内海が本気で感心した声を出した。
「人間、たった一つを見つけたら変わるんです」
 芹沢がおかしいほどに胸を張る。それは世間が思う『クールな芹沢』の片鱗すらも残らぬ姿だ。

 まさに体だけでかくなった子供そのものだ。

「じゃあ、その心がけに免じて、5千まけてやる」
 それは斉木にして見れば、槍が降ってくるのではと思わせる内海の言葉だったのだが。
「冗談じゃないですよ。そんな安くないです、この人は」
 言いながら、芹沢は財布からごっそりと札を引き抜いて、内海に渡した。

「1、2、3、4、5、…OK。どこでも持ってけ」
「じゃ、これからはこの人に声なんかかけないで下さいね。さ、帰りますよ」
「ちょ、ちょっと待てっ。これじゃ人身売買じゃねえかっ」
 あまりの事態に怒り心頭の斉木が噛みついたが、芹沢は上から威嚇するように怒鳴りつけた。

「俺はね、金であんたが買えるもんならとっくに買ってるんですっ。それが出来ないからこんなに悩んでるってのに、あんたはどうして分かんないんですかっ」

「いいじゃねえかよ、斉木ぃ。今時女子高生でも一晩じゃ5万は稼げねえぞ?」
「俺達は援助交際かっ」
 どうとっても面白がっているとしか思えない内海の無責任な言葉に、怒り狂った斉木はくってかかろうとしたが、芹沢が許さない。
「もう、早くして下さいよ! 後でいくらでも聞いてあげますから! いくら俺でもあんたは担いで歩けないんですからね。それとも担いで欲しいんですか!?」
「まぁ、仲良くやれや」
 そうして。
 ギャアギャア騒ぎながら、でかい二人は周囲の視線を一身に集めて、消えた。
 人目を気にしていたはずの斉木まで、声を張り上げていれば世話はない。
 それに、どうせあの分なら、ぶつぶつ文句垂れながらも、芹沢の言う通りにするのだろう。
 それが自然に染みついていることに、本人達は気づいているのか、いないのか。

 さて、一人残った内海は。
 人波に消えた二人を見送ってから、手にしていた5万を財布にねじ込んで、
「面白いもん見たなあ」
 にやり、と、人の悪い笑みを浮かべた。
「誰に話すかね。岩上辺りが聞いたら卒倒しそうだな。神谷は…最後だろ、やっぱり。おいしいとこはとっとかないとなあ」
 内海は、たった今目にした世にも珍しい情報にしごく満足していた。

 後は、いかに楽しむかだ。

 その上、懐まで暖まったのだから、言うことはない。
「…とりあえず、加納には知らせてやるか」
 と、一人呟いて。
 内海は足取りも軽く去って行った。

 その後ろ姿に、先の尖った黒いしっぽが見えたとか見えないとか――。




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抱きしめあえたら 身も心もCRAZY
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焦らすように 許すように 俺だけにおくれ















うへへ、久しぶりの芹斉です。めっちゃ、楽しかったです。書いてて。

なーんで、ハマるかなー、ホントに(笑)。

結構、幅利かせてるらしいし、ねえ(爆笑)。

今回は内海に遭遇編。

オチをつけない話を! と思ったんですが、それはムリでした。

でもでも、芹斉そのものは結構あまあまになったと思うんですけど、ダメ?(笑)

もう、どんどんドツボにはまってます、斉木。

ごめんねえ、多分、後戻り出来る道はないよ。

芹沢なんか、ストーカー寸前だし(爆)。

これで内海に知られたので、いろいろな人に情報が回ると思われます。

次はやはり、加納に遭遇編でしょう。斉木と加納の友情やいかに(嘘)。

今回の曲はFENCE OF DEFENCEの「恋とピエロとダイナマイト」。

「XXX」と言うアルバムに入ってます。

いやもう、ホントタイトル決まらなくて、必死で探しました(苦笑)。全部書けた後もタイトル全然思いつかなくて。

まあ、それでもちょっと違うかもしれないけど…さちさんみたいに洗練されてないのでかっこ悪い。

精進、精進(笑)。

夕日