乙女と狼
実は。
芹沢は、別に斉木が思うほど、イベント好きな訳ではない。
多分、斉木は嘘だと叫ぶだろうが。
本当は。
斉木のせいなのだ。
そんなことを言ったらまた斉木はただでさえ大きな声を張り上げて憤慨するだろうが、しかし芹沢にも言い分がある。
いまだに斉木は自分達の関係を正面切って認めてはくれない。
他人は元より、身内にも、出来るだけ触れないようにしている。
斉木の中で二人の関係を認めているからこそ、頑なに知られてはならないと思っているようだ。
無駄な努力だと、芹沢は思うのだが。
まあ、いろいろと面倒なことがあるのは分かっているので、誰彼かまわず言いふらして歩く気は今のところない芹沢だが、身内は、もうどうしようもないだろうと思うのに、ある意味で斉木はその辺お構いない。
とにかく、知られることを極力避けたがる斉木を引っ張り出す口実に、イベントが好都合だと言うだけなのだ。
昔は女ってイベントが好きなんだな、ぐらいにしか思っていなかったのだが、今となってはその気持ちがよく分かる。
きっかけなのだ。そして、相手を独占していると言う満足感は、それが自分で勝手に作り出したイベントであっても、特別な日なのだと思えば更に増す。
そして常識人の斉木は、イベントを口実にすると何でもない時よりはうなずいてくれる可能性が高い。
だから――。
芹沢はことある毎にイベントを持ち出す。
そうして斉木を見せびらかせて歩くために、食事だ、何だと予定を組むのだ。
実に単純な理屈である。
しかし、そんな芹沢が今度のバレンタインは特に予定を組んでいない。
それこそ喜んで斉木を引きずり回したがるような日であるはずなのだが。
芹沢から「今度は家でゆっくりしましょうね」と、言われた斉木は目に見えて安心していた。
が、
勿論、裏がある。
ない訳がない。
家でゆっくり、と、言われて喜んでしまった斉木が甘いのか、芹沢の悪知恵が働き過ぎるのか――。
「斉木さん、食べてくれるかなぁ」
芹沢は自宅キッチンに製菓の道具を広げ、完成間近のトリュフを見て、にっこりと笑った。
芯の固さはこれで丁度いいぐらいだろう。
初めて作ったにしては、なかなかの出来であると自負できるのだが、やはり相手は斉木である。
一抹の不安は残る。
だが、まだ仕上げが残っていた。
「後は、これを入れて」
と、芹沢は怪しげなラベルが巻かれた茶色の瓶を傾けて、一滴、二滴とボールの中に垂らす。
「斉木さんは、絶対最初に食べてくれるよな」
芹沢は、くすくす笑いながらトリュフの材料を混ぜ合わせる。
後は、適当なサイズに丸めて、コーティングすれば終わりだ。
芹沢の笑みが深くなる。
まあ、本人達以外にとってはごちそうさまと言う話である。
「はい、斉木さん」
と、芹沢が小さな包みを差し出した。
こぎれいなラッピングを施されたそれは、やけに軽い。
「これ?」
「チョコ」
首を傾げる斉木に、芹沢は端的に答えた。
すると、明らかにほっとするのが手に取るように分かる。
アクセサリー類も好む芹沢は、斉木にもプレゼントと称してアクセサリー類をくれることが多い。
斉木は、嫌がるのだが。
だって、斉木に似合わないものばかり選んでくるのだ、芹沢は。
何を身につけても着こなせるだけのルックスを持つ芹沢ならば、指輪もピアスもネックレスも好きにしろと思う。
意外と言われるかもしれないが、別にきちんと実績を残しているなら、普段のファッションなんて髪を伸ばそうが金髪にしようがピアスを空けようが、好きにすればいい、と言うのが斉木のスタンスだ。
プロスポーツ選手と言うのは結果を残してナンボであり、いくら真面目な恰好をしていても結果を出せないなら意味がない。
だから、芹沢がどんなに派手に飾り立てた恰好をしようとも、文句をつける気は更々ない。
だが、それと同じ感覚で斉木のことを考えられると非常に困る。
斉木は、自分の容姿が今風ではないことを知っている。
こればかりは生まれ持ってのやつで、どうしようもない話だろう。
と、何度も言い聞かせているのだが、芹沢は懲りずにネックレスとか、指輪とかくれるのだ、選りにも選って斉木に。
カフスボタンぐらいならまだ何とかなるかもと言ってみたことがあるのだが、そうしたら斉木の誕生石だからと言って、ルビーなんかあしらった華奢なデザインのカフスボタンを押しつけられた。
こんな華奢なデザインは、自分の太い手首にはそぐわないと斉木は判断して、結局お蔵入りの憂き目を見た。
太さだけなら、むしろ上背で勝る芹沢の方が太いぐらいなのだが、腕も指も長い芹沢とがっちりした作りの斉木では、見た目の印象が全然違うのに、その辺のことを分かっているのか、いないのか。
とにかく、そういうタンスの肥やしでなくてよかったなあ、と、斉木は最初に思い、それから今度は反対側に首を傾げた。
「どうしました?」
「いやぁ、何か、お前にしては珍しいなぁと・・・」
包みを見る限りノーブランドに見える。ブランド物が大好きな芹沢は、大概ブランド物を選択してくる――例えばチョコであるならゴディバとかデメルと言った――のが常で、珍しいと思っても仕方がないだろう。
そう言うと、
「手作りですよ」
にこり、と、芹沢は長い足を組み替えながら笑って言った。
「お前、チョコなんて作れたの」
ホントに何でも出来るんだな、と、呆れたように呟く斉木へ、芹沢はくすりと笑った。
「本とか見れば大体は出来るでしょ」
出来るのかもしれないが、やろうと言う気が更々ない斉木は呆れるばかりである。
本当にこの男には出来ないことはないのではないか。
あえて言うなら、あまりにも能力が突出し過ぎて普通の人と協調することが出来ないと言うぐらいだろうか。
ふうんと斉木は鼻を鳴らした。
何しろ二人揃ってプロのサッカー選手である。
部屋の一角をそれこそチョコとプレゼントが山になって占拠しているのだが、恋人のプレゼントが最優先されてしかるべきだろう。
「これ、今食べていいか?」
我知らず斉木が上目遣いで問うと、芹沢はこれ以上はない笑顔でうなずく。
「どうぞ」
食後のコーヒータイムに出してきたのだからそれ以外考えられないが。
斉木は手早くリボンを解いて、包み紙を丁寧に剥がす。
中から出てきたのは小さなケースで、蓋を開けると6粒しか入っていない。
斉木は手作りだと言われなかったら買って来たものと区別がつかないな、と、思いながら、そのうちの一つを口に運ぶ。
口の中に、強いアルコールの香りが広がる。
「・・・ブランデー?」
「ナポレオンです」
と、芹沢はコーヒーカップを取り上げながら答える。
「ん、美味い」
斉木はうなずいて次の粒を口に放り込む。
6粒など、あっという間に無くなった。
「美味かったですか?」
芹沢の問いに、斉木は口をモゴモゴさせながらうなずいた。
そして、
「でも、普通・・・」
男らしい眉を寄せる。
とにかく、芹沢らしくない。
何事につけて派手にしたがる芹沢のプレゼントにしては、あまりにも地味だ。
「いいじゃないですか、たまには」
対する芹沢は、それはもう満面の笑顔で、斉木を不安のどん底に落としいれるのは充分だった。
しかし、こともなく夜も更けて。
芹沢と入れ替わりに風呂から出て斉木は寝室に直行する。
風呂に入っていた頃から、何となく斉木は機嫌がよかった。
自分でもどういうことだかよく分からないのだが、何やら訳も分からず幸せな気分である。
その気分に任せてポン、と、ベッドに身を投げ出してみる。
スプリングが効いてわずかに跳ねた、その感覚すら楽しい。
そう言えば子供の頃、両親のベッドをトランポリン代わりにしてこっぴどく怒られたことなど思い出す。
楽しい子供時代の思い出だ。
斉木の顔がほころんだ。
いつもの男らしい精悍な笑顔とは違う、幼いほどに柔らかい表情だった。
大の字に伸ばした手足が少し重い気もしたが、そんなことは気にかからなかった。
むしろそのけだるさすら、幸せな感じがする。
カチャと軽い音がしてドアが開いたが、何も気にならない。
「誠?」
芹沢がベッドの端に腰掛けて顔を覗き込んでくる。
いつもなら、けして呼ぶことを許さぬ名前を呼ばれて、
「んー?」
と、斉木は幸せそうな表情のまま、芹沢の頬に右手を伸ばす。
だが、けだるくて途中で落ちそうになる腕を、芹沢が捕らえた。
「誠、気持ちいい?」
「んー、何が・・・?」
いつもの斉木の口調とは似ても似つかない間延びした口調に、芹沢はにんまりと笑う。
悪魔の笑みだ。
芹沢は捕えた腕をシーツに磔け、斉木の上にのしかかる。
「かわいいよ、誠」
「芹ざ・・・ん」
耳元で囁かれ、体を震わせながら名前を呼ぶ途中に、口を唇で塞がれる。
いつもなら、多少なりとも抵抗を示す斉木が、されるがままになっているのは珍しいことだ。
息が上がるほどのキスを施され、飲みきれなかった唾液の後を伝って仰け反った喉に唇を滑らせる。
「あ・・・っ」
誘導してやると素直に芹沢の首に腕を回してくる。
「甘い、ね」
芹沢は斉木の首筋に顔を埋めて微笑んだ。
獲物を前にした肉食獣の笑みで。
「で」
冬の朝の爽やかな空気の中、斉木は毛布にくるまったまま、床に蹴り落とした芹沢を本気で睨みつけた。
制限する気のない斉木の視線は相当に怖いが、今はそれが精一杯でもある。
芹沢に一晩いいように弄ばれた体は、まだベッドの上に起き上がることすら辛い。
「はい」
「何、入れてあったんだ、あのチョコは」
「ダウナー系の薬です」
芹沢も、腰にシーツを巻いただけのあられもない恰好で、グーで殴られて赤くなった左頬を摩りながらいかにも不承不承と言った表情で答える。
「て言うか、斉木さん、さすがに寒いんですけど、俺」
そううそぶいて、芹沢は自分の肩を両腕で抱いた。
真冬の朝にシーツ一枚はそれは寒いだろうが、自業自得と言うものである。
「こんのバカッ」
怒鳴るだけでも腰に来るのだが、それでも怒鳴らずにいられない。
「俺の体がおかしくなったらどうする気だったんだ!」
「一応、れっきとした医療機関で麻酔として使われてる薬なんで。それに、ちゃんと自分で確かめてから使ったし・・・」
芹沢はぺらぺらと勝手なことを並べ立てる。
元々、斉木とは傾向が違うが、芹沢は雑学に長け、口も達者である。
そうでなければプレイボーイなど勤まらない。
しかしこの場合、そういう所が一番斉木の気に障った。
「もう二度とお前が出した物は食べないからな!」
きっぱりと宣言する斉木に、芹沢は情けない声を出した。
「えー、そんなぁ」
そして言った言葉が、
「昨日はあんなにかわいかったのに、斉木さん・・・」
である。挙げ句の果てに、
「そりゃあ、いつもみたいにちょっと抵抗されるのも処女みたいでいいけど、たまにはこう素直に強請られるのも俺としては・・・」
芹沢は最後まで言えなかった。
やかんを置いたらお湯が沸くのではないかと思うほど怒りと羞恥で顔を赤くした斉木が、至近距離から顔面に枕を叩きつけたせいである。
「このっ、恥知らずっ」
それは怒鳴り声と言うよりは悲鳴だった。
「畜生、出てけ!」
「ちょ・・・斉木さん!」
「出てけったら出てけ! 顔も見たくない!」
二つ目の枕は避けた芹沢であるが、斉木が目覚ましを手にしたのを見て顔色が変わる。
「落ち着いて下さい、斉木さん!」
「誰のせいだ、誰の!」
さすがに斉木が投げつけた目覚ましがぶつかったら、いくら芹沢でもただでは済まない。
「わ、分かりました、出て行きますから、落ち着いて! って言うか、斉木さんもシャワー・・・」
「さっさと出てけ!」
目覚ましを振りかぶる斉木に、芹沢は慌てて寝室を出て、ドアを体で閉める。
その瞬間、ゴン、と、ドアに重いものがぶつかる衝撃が伝わる。
ギリギリであった。
ふう、と、息を吐く。
少し落ち着くまで離れていた方がいいだろう。
芹沢はとりあえずシャワーを浴びに向かう。
「んー、でも・・・・・・やっぱりかわいいよなあ、斉木さん」
何を思い出しているのか、芹沢の口元が緩む。
「ホントにいつまで経っても処女みたいなんだもんな」
喉の奥で笑うその様は、斉木が見たら血の気が引く光景であったろう。
そして。
「でもどうしようかな、あの調子じゃしばらく俺の作った物は食べてくれそうもないし、斉木さん、煙草吸わないし。まだ大分残ってるんだけどな、薬」
斉木にとっては恐ろしいことを、芹沢は真顔で呟く。
「ま、またその内、チャンスもあるか」
――――――――――ごちそうさまでした。
ええと。
「DAWN」、「heigher」と眉間に縦じわが寄りそうな話を立て続けに書いてしまったせいか、その直後、どーーーーーしようもなくバカな話が書きたくなりまして。
で、書いたのがこれです・・・。もっとも、その後散々手を入れたので、当初の原型はまあ、枠ぐらい残ってるかなー、ぐらいにまで変わってしまっていますが。
ちなみに枠と言うのは、「ウチの芹沢は大きな乙女と大きな狼を同時に飼っているんだよー(滅)」と言うバカもここに極まれりと言うテーマ。
阿呆だ・・・でも、芹沢魚座だしな(ちなみに管理人も同じ魚座のB型。性格が似ているとはあまり思いたくないです)。
エロは書いていない(って言うか、これで更にエロ書くの嫌(^^;))ので公開か請求性か迷いましたが、合法ドラッグの名前を消して公開にしました。元々は書いてた・・・いかんいかん。
あ、ちなみにドラッグについては私はネットで調べただけの聞きかじりなんで、本当にあんな感じの効き目で、体に害がないか保証は出来ませんので悪しからず。
乙女と狼。まあ、過半の方が乙女イコール斉木と思われたかも知れませんが、どう考えてもウチの斉木って乙女じゃないです(笑)。あんな漢気ありまくりの乙女は考えもんだと思います。
かと言って、芹沢が乙女と言うのもどうよと言われるかもしれませんが、斉木の視点で見ているとどうしても狼の部分が強調されてしまうのですが、その後ろには同じぐらいの大きさの乙女が隠れているのです。だって、芹沢イベント好きだし、ヒス持ちだし、「斉木さん、食べてくれるかな」と、ドキドキしながら一服盛る男(痛)。
乙女は本命にしか発動しないようですが。
まあ、バカ話です。
最初のあとがきの時に書き忘れてました。
冒頭の芹沢がイベントそんなに好きじゃないなんて、嘘です。奴は大好きです! ただ、芹沢主観では「イベントが好きなんじゃなくて斉木さんが好きだからイベントが楽しいんだ」と、思い込んでいるだけです!(大笑)
確かに芹沢は斉木と過ごすイベントが大好きなので、多分斉木以外の人と過ごすイベントはあんまり(相手によってはものすごく)楽しくないと思っているのは事実だと思いますが。要は斉木と過ごせるなら、どんなつまらないイベントでもでっち上げて楽しめるんだと思います・・・んー、乙女(笑)。
そう言いつつ、クスリでラリさせたりする訳ですが(痛)。
御粗末様でした。
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