Don't wanna’cry you anymore tell me the meaning of your happiness
君が生きて行くことの答えになりはしないだろうか
Don't wanna’cry you anymore tell me the meaning of your happiness
打ち明けられない心に 時はまた流れて











「笑ってくれよ……」





P r e v.

Song by Happiness




美しい薔薇には棘があると言うが、綺麗なだけなら、棘が有ろうと無かろうと。
ただ、それを欲した途端に、現実が襲い掛かるもの。
血を流さねば手に入らないものなどない。
必ず何かを犠牲にして、俺達は何かを手に入れる。
他人から見れば純粋な情熱も、内ではこんなにも汚らわしい。
けれど、
それを知っている人間は、本当に欲しいものを手に入れることが出来た、
数少ない幸福な人達だろう。
果たして自分は、幸福だろうか……?

「本当に欲しいもの」を、
手にしているだろうか…?



「あんた程わかりやすい奴も居ないですよね。」
弾かれたように斉木が振り向く。視線の先には苦笑を隠せない芹沢が居た。

殆どの高校生がそうするように、斉木も例に漏れず大学へと進学した。他の学生といささか違うのは、母校掛北のコーチを兼任しながら学生をやっているという所だろう。だからと言って、学業が疎かになるわけでもないし、そうしてコーチ業をやっている事でこれから先の勉強にもなる。斉木にとっては一石二鳥の日々ではある。
「あっちこっち忙しくやってるのに、奴の試合だけは欠かさず見てんですからね。」
一時は憎らしいだけでしかなかった芹沢のシニカルな笑みも、今はかわいいもんだと思えるが、しかし人を小馬鹿にしたような口調は相変わらず癪に障る。これでジャパンユースのFWで、自分のチームメイトでなければ、ぶん殴ってやるのに。斉木はため息まじりに思う。しかも腹立たしいことに、芹沢の言わんとしている事は外れてはいない。いや、直球ストレートのストライクってえ奴だ。
「…オマエ、その口のききかた、何とかならないのか。」
大袈裟に溜息をついて見せても、
「ああ、そうですよね。あんたがタメ口聞いて欲しいのは俺じゃないもんな。」
と、先の尖った尻尾さえ見えそうな笑顔で答えて来る。全く忌々しくもふてぶてしい輩の1人だ。
「それで?今日のあの人の調子は?」
「……いつも通り、絶好調だよ。」
某スタジアムの、出入り口付近の手すりに凭れて斉木は芹沢に向けたとは違う溜息を漏らす。

Jリーグの開幕した年から数年、人気も下火になっていたその頃に再び巻き起こったサッカーブームの火付け役は、斉木らを筆頭にした高校生プレイヤー達だった。
後に「奇跡の世代」と謳われる、粒ぞろいの高校生選手たちは、一生に一度しかないインターハイをおおいに賑わせ、その人気と実力を持ったままJへと上がって来た。もちろん斉木の様に大学へ進学する連中も多い中、インハイでも超高校級と呼ばれた選手達の一部は早くのステップアップを求めて、いや、あるいは望まれてJリーグに入団した。かの藤田東の加納もその1人である。そしてここにももう1人。
「…ほんと、あの人は強いね。端から見るとさ。」
スタジアムのピッチ上、ひときわ大きな声援を受ける背中を見ながら、不満げに芹沢が呟いた。
この男も一旦は大学に進んでいながら中退し、Jへと足を踏み入れたのだ。
その理由がまた凄かった。
『大学に居ても、これ以上のステップアップは望めない。』
それだけではない。
『世界に通用するサッカーがしたいなら、大学なんて必要ない。』
………日本中の大学のみならず、それに所属する斉木達選手、加えて日本の教育批判にもなりかねない大言を、居並ぶマスコミに向けて(きっちり生放送であることをふまえて)吐き捨てた。想像を絶する批判と面白がって取り上げる報道、それらを予想した上で、つまり、マスコミを上手く利用して芹沢という選手もアピールしながらJリーグへと殴り込みをかけたのだ。斉木としても言いたいことは多々有るが、こうしてこの男も、先週の試合で負った怪我のせいで、渋々人の試合を見なければならないことも鑑みて、斉木は敢えて口にはしなかった。負けず嫌いに掛けては誰にも引けをとらない男だから、こんな状況は腹立たしくて仕方がないに決まっている。だからこそ、いつも以上に絡んでくるのだ。
当初は勿論Jリーグ側も芹沢を批判したが、それ以上にサッカーに対する関心が向けられたと知るや、引く手あまたで奴を迎えたのだから商魂逞しい。これだから日本のプロサッカーは企業の足稼ぎに過ぎないと馬鹿にされるのだ。だが、そんな斉木達のような正統派の意見は存在しつつも、確かに国民的感心がJリーグに向いたのは事実ではあった。現にこの試合も、数ヶ月前までは有り得なかった超満員でのキックオフをむかえている。
サッカーが国民的人気になることは望ましい。しかし、弊害が起こる事もある。
「皆、あの人の何を見て、天才とか、闘将だとか言ってんだろうな。」
「………」
「あの人、あんなに苦しそうにサッカーやってんのに。分からないんですかね、そんな事も。」
どんな世界に生きる人間であれ、注目を集め、光輝くのは、その人物が自分自信楽しんでいるからこそだ。
それが絶対条件。こればかりは揺るぎはしないはずなのだ。
否、
筈、だった。
ところがどうだ。
今、あのピッチを駆ける男は、今にも死にそうな表情をしてそれでも味方にパスを出す。
今、そのままピッチに倒れても不思議はないのに。
「…俺は、あの人のサッカーに惹かれてここまで来たっていうのに。あんなサッカーをされたら俺はどうすればいいんだろうな?…斉木さん」
語尾に昔の頃の匂いを漂わせて芹沢が言う。これ以上見ていられないという風で斉木へと視線を移す。
……聞きたいのはこっちの方だ。
心の中で、1人ごちた。


大歓声が沸き起こり、盛大な大合唱が始まった。神谷の所属するホームチームが勝利したのだ。二人が見ていたのはあくまで一人のプレイヤーだったので、試合の行方まで気がまわらなかったわけだ。
彼等を取り残して歓喜に揺れるスタジアムの人の波。
……酔いしれる筈の喜びは、斉木の胸には沸いて来なかった。



現実は以外とわかりやすいもので、高校を卒業した神谷は周囲が驚くほどにあっさりとプロ入りを決めてしまった。勿論、実力からすれば当然と言えば当然の結果ではあったが、様々な事情が彼の背景に有ることは周知の事実であったし、ともすれば引退説すら囁かれていたのだ。大方の予想を覆しての、プロ宣言だった。
何が彼にそうさせたのかは誰にも解らない。
だが、現に彼がプロ入りを果たしたお陰で、Jリーグは鰻登りの観客動員数に狂喜乱舞している。ワンマンなチェアマンなどは新たに賞を設けてまで、神谷のこの功績を讃えたりもした。
今日のヒーローインタビューは、当然とばかりに神谷が呼ばれ、興奮するリポーターに取り囲まれてにこやかに彼は笑う。
……それ程に扱われる神谷篤司という男の、本音はどうなのかと言われると。
誰一人として答えることの出来る人間は居ない。
いや、たった一人、
自信を持って答えられるはずの男は居たが、もはやこの世には存在しない。


その男さえ、未だこのピッチの上に在れば、
自分達の物思いなど、それこそ存在すらしなかっただろう。




久保嘉晴。




彼が生きてさえいれば。







『俺は狂っちゃいませんよ。』
久保の三回忌法要で、神谷が言った。





――――――傷付くことが生きがいだと、どこか痛いところがあるように微笑ったお前の表情は、
余りにも哀し過ぎて、俺は言葉を失くしていた――――――








「あんたまで、久保さんが生きていたら、なんで思ってんじゃないでしょうね?」
どきりとすることを、芹沢は怖い顔で言う。
「…あんた達は、いつまで死人に取り憑かれてるつもりです?神谷さんといい、あんたといい、どうかしてますよ。」
芹沢は斉木と遠くの神谷とを交互に見て、まるで嫌なものでも見るように顔を顰めて吐き捨てた。芹沢の言っている事は正しいのだろう。それは斉木にでも解る。だが、たかが十何年かしか生きていないとはいえ、斉木にすら、恐らく一生消えることのない記憶を産み付けた男が、全身全霊を、その生命すらを架けて愛した人間に、全く傷を与えずにこの世を去ることが出来るだろうか。
―――――――世間がどうであれ、斉木には想像がつかない。

“現在”の神谷を見れば。


プロサッカー界を背負い、無数のマイクの前で不敵に笑う男が、
いま、どんな表情をしているか。

芹沢が言う様に、誰も解ってはいない。


もちろん、笑ってなどいない。



泣いているんじゃない。





「啼いて」いるんだ。









暖かい春は未だ遠く、冷たい冬の海のように、心はいつもざわめいている。
時折思い出したように風が薙いで、忘れかけていた想いが波打ち際に流れ着く。
ちいさな欠片は、押しては返す波に翻弄されて、行き場を定められもせずに繰り返し繰り返し海と岸とを行き来して。
いっそ大海原へ流されてしまえば、どんなに楽かも知れない。
けれど。
砂浜には、打ち上げられた自分の「破片」。
もはやひとつになることは叶わないけれど、それでも焦がれずにはいられない。
もう少し、もう少しで辿り付きそうで、
永遠に縮まることのない、この距離。
海と岸辺。
そして、
この想いも。


誰の為に、告げるでもなく。








夜の静寂に深く埋もれそうな2人に 覚えて見る夢は幼過ぎて
重い荷物を引きずる様に辿り着いた冷え切った部屋と冷えた身体

誰にも見えない不確かな未来へと










慰め合い、傷を舐め合うだけだと言い聞かせて。
こんな狡い男は居ないだろうと、自分自身を嘲笑し、

初めて彼を抱いたのはいつだっただろうか。



吐息も凍るような、きんと冷え切った夜空の下で、
処女のように震える神谷を見て、残虐な衝動に駆られたのは事実だった。
久保に、心も全て晒け出して、
久保の為に、彩られたとしても。

今、目の前にある躰をどうして抱きしめずにいられようか。

愛しさを通り越した何かが、斉木に囁き掛けた。


『メチャクチャニナレバイイ。』


真実は、一つしかないことも知っていて。


地獄の業火に身を委ねる事になろうとも。
だが、




―――――――それを、神谷も望んでいたとは知りもせず。






  

俺は、
絶対零度の炎に、

焼き殺される。











動機は不純でも互いに心を許し合えた 臆病な背中押してくれた
そして初めて2人秘密を分かち合った時 愛する厳しさが舞い降りて…

どんな言葉を言えばいいの?









たった一度きりの、他人から見ればある意味幸福な時間。
しかし、斉木の望んでいたのは自分の幸福ではない。
唯、笑顔が見たかっただけなのだ。



頑なな性格ゆえに誤解される事が多い上、愛想も悪く、何より短気で喧嘩っぱやい。
そのまま性格を表したきつい目元と、サッカーばかりやってそばかすとニキビだらけの、少なくともハンサムとは言えない顔つき。
倒されても倒されても起き上がる、剥き出しの闘志。
誰にも許すことのない、自分自身。
たったひとりにだけ許した、その、心。


神谷篤司という男の、全て。


久保嘉晴という男に、捧げた全て。


それすらも、
護りたかった。



笑っていて欲しかった。
理由は単純だった。




……いつも、斉木は神谷に対する表現に、過去形の言葉が思い浮かぶ。
現在進行形の筈であるのに、何故だか。
自分が終わらせてしまいたいのか、それとももう本当に終わってしまった事だからなのか。自分自身でもわかりはしない。そんな簡単に自身を知ることを出来る人間は居ないだろう。
求めてやまないくせに、望むものは、

斉木を“求めない”神谷。

もしかしたら自分はマゾなのかと時々疑いさえもするような、この感情。
馬鹿らしくて笑いが込み上げるのも、一度や二度ではないが、こればかりは真実なのだからどうしようもない。
偽善者、だろうか。
独りよがりの陶酔だろうか。

それとも。


いや、

それでも。

だからこうして、いつもいつも考える。
ボールをゴールに運ぶことだけを目指していればよかった、あの頃。
あの頃と現在と、どう違うのだろうかと。
多くを望み過ぎただろうか。
犠牲をはらってまで、何かを手に入れただろうか。
「本当に欲しいもの」を、手に入れただろうか。

そうして気付く、最も真摯で、シンプルな感情。











「笑ってくれよ……昔みたいに。」















祈りは空に向かい 心のあるがままに
黄昏の街で生まれ育つ新しい生命のその手がつかむもの
Don’t wanna hurt you anymore…










ファンの知らない神谷。
芹沢の知らない神谷。
斉木の知らない神谷。
……久保の知らない、神谷。


歩いて行って欲しいと願う。
いそがなくてもいい。一歩一歩、赤子が踏みしめるように。
必ずその先には、誰も見たことのない楽園があるからこそ。

俺達の辿り着けない、「世界」があるからこそ。












Don't wanna cry you anymore tell me the meaning of your happiness
君が生きて行くことの答えになりはしないだろうか
Don't wanna cry you anymore tell me the meaning of your happiness
打ち明けられない心に 時はまた流れて












「…結局、俺達もアホウだって事ですかね。」
スタジアムを挨拶してまわる選手達を見ながら、斉木が苦笑まじりに呟いた。
言葉通りの意味ではなく、結局自分達も、そんな神谷ですら愛してやまないのだと言いたいのだ。いつか必ず蘇って、サッカー界における唯一無二の存在へとなることを信じている。

……永遠の、背番号「10」と共に。



ぽん、と斉木の肩を叩き、いつもの笑みを浮かべて芹沢が駐車場へ向かう。
救われないな、おれもあんたも。
そう、言いたげに。
視線はピッチに向けたまま、軽く手を挙げて斉木も答え、やはりその口元には苦くとも爽やかな笑みが浮かんだ。
すると、選手団が斉木達の真下へと差し掛かろうとしている処だった。


ひときわ強い視線を感じ、苦笑を浮かべる。
こんなのは、あいつしかいない。
ひとりでくすくすと笑う自分を見て、あいつは何と思っているのだろう。
この観衆の中から斉木を見つけ出した事すら、喜びに感じてしまう自分に、斉木はもう笑うしかなかった。

だから、ひとつだけなんだと。
自分を幸福にしてくれるのは。






その想いは半ば、祈りに近く。





――――――おまえの幸福を、願っている。







そうだろう?………久保。








時として途方に暮れる人ごみで 独りきり
争いの声に耳を塞いでは涙をこぼした
奪われるばかりの日々の暮らしでも力強く
この世で唯一無二のあたなへとささげるよ ハピネス

愛してる…愛してる……










―――――スタジアムの観客席を、目を細めて神谷は見回した。紙吹雪と大段幕がチームカラーで埋め尽くされた中、目的の人物を見つけることが出来た。

斉木が来ていることは、試合中に気付いていた。
自分の苦しみを知りながら、一緒に分かち合おうとした、馬鹿な男。
とてつもなく、

…………やさしい、男。



勝ち気な瞳がきらめいて、ゆっくりと唇の端を持ち上げる。




思わず目を見張って、斉木は我が目を疑う。

自己満足の感情と誹られたとして、構うものか!
その笑顔に、これは完全に自分の負けだと確信して、ホールドアップをして見せた。

………自分が最高の笑顔を見せているとも知らずに。









「………笑ってんじゃねえよ…」




―――――どちらともなく、呟いた。








―――――――そして、神谷は一歩前に進む。
自分でそれとは気付かずに、ちいさな一歩を。

斉木が導き、
神谷が選んだ、新たな道へ。






自分の、幸福の為に。




斉木が望む、愛すべき、何かの為に。





Happiness 了






……いいわけは致しません。これ、結構自信作だったりもして。
正直、書き始めはどうなることかと思ったけど、ここに来てすげ満足してます。きっと読んだ人はわけわかんねえだろうけど。
これは自己満足の作品なのだ。それ以上もう言わない。
でも、感想、お待ちしております。

嘘つきさち。





…・なんてやってましたね(笑)。
これがあのサイト唯一とも言われるじゅーどーの始まりとわ(爆笑)。

これは「WATER GERDEN」管理人明様に捧げた斉木でありました。
ただ今回アップして頂いたのは、これがオレの妄想の始まりだということ、ひいては姉御までをも巻き込んだ「じゅーどー一直線」(笑)の原点だと姉御が
言って下さったから(笑)。嬉しいことです。(←本音か?)
おわかりのように、姉御にじゅーどー植え付けたのはオレです。ええ、オレが悪いんですよ(涙)。
………なーんてしおらしく今更しても、誰も納得しないだろうけど(笑)。
まだ続きますので、これからもせりさいを宜しく♪―――なんてな。






えへ、今回は管理人がさちさんのコンテンツ汚しちゃいます。
お題は、何故、これが芹斉原点か(笑)。ごめんなさい、勝手にバラします。
これは「WATER GERDEN」の明様に捧げる斉神、ということで読ませていただいたんですが、
そのメールに書かれていた、「とんでもないカップリング思いついちゃいました」と言うのが、芹斉だった訳です。
で、「怒ります?」と言うのに、「OK、読みたい!」と返したのが、ことの始まり(笑)。
で、芹斉第一話に詰まってしまったと言われた時、ちょうど思いついたのが、「ある風景」。
んで、あれがうまーく、さちさんのツボをついてしまったらしく、戴いたのが「cubic lovers」。
その説明書きに、『「Prev」で自分の首を締めてしまったので、これは「慟哭」の番外編にはしません』と、言うようなことが書いてあったんですが、『内容が「Prev」と思いっきりリンクしてません?』と、管理人返しまして。
以来、「Prev」が芹斉の原点、と、管理人は言い続けている訳です(笑)。
で、その世界に乱入して、管理人もお目汚ししてる訳ですが、こう振り返ると、カップリング聞いただけで突発的に「ある風景」書き始めた辺り、管理人にとってはよほどツボだったとしか思えません(笑)。
え、「慟哭」とのリンクですか? どうでしょうね。管理人が乱入してますからね。どうなって行くかは今後のお楽しみってことで(爆笑)。






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