「ただいまー」

聞く人も居ない声を、口の中で小さく呟いて。

ポケットから取り出した鍵が

チャリリとやけに大きく鳴る。

ドアを開けて

手は位置を覚えたばかりのライトのスイッチを探す。




うたた寝で夢を見ていた

Teenageの俺たちの笑顔・・・・

目を覚ませばアナウンスが

降りる駅を告げていた




空調を回して

風呂のスイッチを入れて

ちくしょう暑いなと思いながら

ふうと吐き出した溜め息は

重々しく床に沈殿していく。

疲れた身体をソファーに預けるよりも早く

インターフォンが来客を告げる。




なつかしい笑顔だった

みんな今ごろどうしてんだろう・・・・

夜遅くの電車に乗り

帰る部屋で疲れて眠る


留守電に彼女の声

かけなおすのはやめとこう

今夜は弱音が出そうだから


波がうねるよ

さびしさの荒波が

自分で選んだこの海に溺れそう




留守の間に預かっていたという小包みを受け取って

「ありがとう」と礼を言う愛想笑いは

なんでこんなに簡単に浮かぶんだろう。

さほど大きくはない小包みの

送り主の名前はなんとなく想像の付いたそのままで。

『芹沢直茂』

最近あまり連絡を取っていない。

それを避けているのは自分。

会うと、弱くなってしまいそうだから。




泣いちゃいけない

果てしなく渡るだけ

諦めることならいつだって出来るさ


傷ついた心だって

ヤツラといれば笑いあえたよな・・・・

それぞれへと船を出して

胸を張って逢おうと言った




熱い湯を使い

筋肉の隙間に埋まった疲れを剥がそうとする。

そう。疲れている。

新しい環境。

まだチームメイトとも慣れていない。

監督と食い違う理想。

そしてなにより

まさかこんなにも

堪えるとは思ってもいなかった。

自分が『サッカー選手』ではなくなったという現実。

身体よりも心の疲弊が蓄積している。

冷蔵庫から冷えたビールを取り出す。

アルミの缶にしずくが浮かぶ。

この苦味が

最高だと思うようになったのは何歳からだろう?

テーブルの上に乗せたままだった包みを取り上げる。

最近、会っていない。電話では時々話すけれど。

それよりも、彼が留守電に吹き込んでくれたメッセージを聞く事の方が多い。

掛け直す事は殆どない。

会いたい。

新天地。

それを自分の居場所とする事ができるまでは

会うまいと決めた、一番会いたい人。

薄茶色の包装に

指を通して破る。




あの頃はよかったとか

なぐさめなんか求めない

こぶしを握れば握るほどに


波があれるよ

たよりないこの胸で

見えない明日が苦しくて倒れそう




一本のビデオテープが出てくるとは思わなかった。

2本目の缶ビールを取りに

腰を上げたついでにビデオデッキにセットする。

もうひとつ。

封筒が入っていたが

それはまだ開けていない。

テープの回転する音。

明るくなる、画面。

ああ。

芹沢、お前は何を伝える為にこれを送ってきたんだ?

テレビは

目一杯大きいのを買った。

大画面で観たいから。

今その中で笑っているのは

18歳の自分。

ユースのユニホームを泥だらけにして

仲間たちと世界に歯向かっている。

TV番組の特集をダヴィングしたものじゃなかった。

そういえば

コーチの内のひとりが

ファミリービデオを持ち込んでいたか。

試合はあまり撮られてない。

試合が始まる前のフィールド。

滅多に見られなかった、俺たちの監督の厳しい表情。

無口になる事も

饒舌になる事もあった選手たち。

試合が終わって

交わされる握手と

ユニホームの交換。敵と味方。

弾ける笑顔と

こぼれる涙。

オフの日の

少年たちの悪ふざけまで映っている。

なあ、芹沢。

なんでお前は俺にこれを送ってきた。

今。




涙あふれて

何もかもなくしても

俺らしくあるなら誇りに出来るさ

出来るさ


波がうねるよ

さびしさの荒波が

自分で選んだこの海に溺れそう


泣いちゃいけない

果てしなく渡るだけ

俺らしくいるなら笑って会えるな

会えるさ





あの頃が最高の時代だったとは思わない。

けれど

あの頃が一番、無敵な時代だった。

何も怖いものは無かった。



『斉木さん。あんた俺以外のヤツともロクに連絡とってないんだってね。

心配してるんだよ?分かってる?

あんたは他人の事となると酷くお節介なくせに

自分の事はひとりで解決しようとする。

全てを抱え込んで。誰にも会おうとはせずに。

まるで傷ついた獣がじっと蹲るかのように。

誰にも何も言おうとはしないから

みんな心配してる。あんたには心配してくれる仲間が居る。忘れないで。』



今度皆で酒でも飲もうか。

愚かなくらいに若かった頃の

ビデオを観ながら馬鹿笑いしようか。

当事者だった俺たちにだけ

それは許されている権利だから。

そしてまた

新しい夢の話をしよう。

あの時代を経て俺たちが見つけたそれぞれの海の、その鮮やかさを。






Song BY YUJI ODA 『う・ね・り』







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