記憶の欠片
「隣り、いいかい?」
カウンターで飲んでいた冒険者が顔を上げると、眠たげな表情の男がジョッキを片手に立っている。
「どうぞ」
少し体をずらしてスペースを開けると、音もなく滑り込んで来る。
それに構わず冒険者はジョッキを傾けて、既に空になっていたことを思い出す。
ちっと小さく舌打ちしておかわりを頼もうとすると、隣からジョッキが差し出された。
「お近づきの印に」
相変わらず眠たげな表情からは何を考えてるのか読み取れない。
だが、
「ありがたくいただくわ」
冒険者は迷わずにまだ口をつけていないジョッキを受け取った。
「で、かの有名なワールウィンドの旦那が俺に何の用だい?」
水のようにジョッキのエールを煽る冒険者が単刀直入に切り出すと、ワールウィンドは薄く笑って答えた。
「君が面白い物を見つけたって噂を聞いてね。話を聞きたいと思ってさ」
「面白いものねえ」
冒険者はジョッキで表情を隠しながらワールウィンドの様子を伺う。
眠たげな表情からは何も読み取れないが、カウンターを叩く指先から苛立ちが漏れている。
そもそもワールウィンドが言う面白い物を見つけたのは今日の探索なのだ。
タルシスで一番腕利きの冒険者であるワールウィンドはどんな情報屋よりも地獄耳だと言われていたが、その日の内に食いついてくるにはそれなりの理由があるのだろう。
その理由は、冒険者には皆目見当がつかないが。
「ふうん、そいつは報酬次第だなあ」
冒険者は残っていたエールを飲み干してジョッキをカウンターに置く。
するとワールウィンドが軽口を叩いた。
「困ったなあ、金はそれほど積めないよ?」
だが、冒険者はジョークを言うつもりはなかった。
「そんなんじゃなくてさ」
そしてワールウィンドの尻を鷲掴みにする。
予想外の行動に、ワールウィンドは腰を引こうとする。
「何を……」
しかし、冒険者は更にワールウィンドの腰に腕を回して耳元で囁く。
「俺、前からアンタのこと狙ってたんだよね。だってエロいケツしてんだもん、…ってぇ」
耳元で囁いていた冒険者の顔をワールウィンドは力任せに押し返した。
その表情はいつもの眠たげなそれではなく、冷たい殺意すら感じられるものだ。
「大分酔っているようだな。素面の時に出直すとするよ」
「酔ってねえよ」
冒険者はいよいよワールウィンドの腰に回した腕に力を込めて、押し返そうとする腕を抑え込む。
「取り引きしようじゃねえか。アンタが一発ヤらせてくれたら教えるよ、古い気球艇の欠片のこと」
言われて、ワールウィンドは渋い表情になる。
すぐに自分が渋い表情をしていることに気がついて取り繕ってはみたものの、恐らく冒険者は気がついただろう。
しかして、
「分かった、取り引きしよう」
ワールウィンドは抵抗を止めて言った。
「その代わりそちらの先払いだ」
「よし、契約成立だ。安心しろよ、俺は上手い」
にやりと笑う冒険者の息が首筋にかかって、ワールウィンドはぞっとする。
「そんなことはどうでもいい。気持ち悪いから離せ」
ワールウィンドは腰から下に伸びかけていた冒険者の腕を叩き落した。
その動きの鋭さは憎しみすら感じられたが冒険者は意に介さない。
「つれないねえ。まあいいさ。……親父、お愛想!」
冒険者が勘定を済ませている間にワールウィンドは外に出てしまう。
とんでもないことになったと思わないでもないが、どうしても欲しい情報なのだから仕方がない。
「おや、そんなに待ち切れないのかよ?」
勘定を済ませて出て来た冒険者の言葉が、ワールウィンドの気を逆撫でする。
ワールウィンドは無言で冒険者を睨む。
その視線は、いつもの眠たげな表情とは別人のようだ。
「ふうん、そっちが本性かい?」
「こちらは不本意極まりないんだ。機嫌が悪くなるぐらい許せ」
「大丈夫だって、悦くしてやるからさあ」
「いい加減その減らず口を閉じてくれ」
「へいへい。じゃあ、こっちだ」
冒険者に連れて行かれたのは、街の外れの連れ込み宿だ。
冒険者は慣れた様子で部屋を取り、ワールウィンドを連れ込む。
安普請の部屋に入ってもどこからか嬌声が聞こえて来る。
サイズばかりデカイベッドを一瞥して、ワールウィンドは無表情のまま胸当てを外した。
「ようやく乗り気になってくれた?」
「約束は守る。それだけだ」
ワールウィンドの声が硬い。
「まあ、力抜きなって。男と寝るのは初めてなのか?」
ワールウィンドは答えない。
冒険者はそれを緊張のためと受け取って背後から抱き寄せる。
「な…っ」
「その腰つき晒して今までちょっかいかけられてないって信じがたいが、まあ、アンタ強すぎるからなあ」
実はこの男もタルシスでは名が通っている熟練の冒険者なのだが、五分五分の状態ではワールウィンドに手を出そうとは思わない。
この街の誰もワールウィンドの前身は知らないが、どこからかで正式な練兵を受けた人物だろうというのが、特に傭兵経験のある冒険者達の間で一致した見解だった。
「その前に」
背後から服の下に手を入れられそうになって、ワールウィンドは掴んで止める。
その手は万力のようで、冒険者が抵抗してもピクリとも動かない。
「先払いの約束だ」
「大したことはないぜ」
「それは俺が判断することだ」
耳を甘噛みされて、ワールウィンドが身震いする。
それに気をよくしたのか、冒険者はわざと耳に呼吸がかかる位置で言う。
「今日、谷の近辺を探索いていたら、東側の崖壁に何かの残骸が刺さってるのを見つけた。
少し掘り出してみたが、どうも気球艇の一部のようだった。
俺が地面に立って腕を伸ばしたより少し高いぐらいの位置だ。
俺の見立てとしては、あの辺で操作を誤って崖壁に叩きつけられた気球艇の残骸じゃないかと思う」
それだけだよ、と、冒険者が告げると、ワールウィンドが一つため息を吐いた。
「なかなか詳しいな」
「さすがに通り一遍のことしか知らなかったら、アンタと引き換えなんて言わねえよ」
冒険者の腕から手を離して全身の力を抜く。
「分かった。後は好きにしろ」
ワールウィンドの許しを得て、冒険者は服の中に左手を潜り込ませ、右手はズボンの上からワールウィンドの股間を揉みしだく。
「う…」
左の乳首を摘ままれ、押し潰されて、声が漏れる。
荒く弄り回されて硬くなり始めたワールウィンドの中心があっという間に引きずり出す。
慣れている、と言う冒険者の言葉に嘘偽りはないようだった。
硬くなった分身を扱かれてワールウィンドの膝から力が抜ける。
膝から崩れる体を支えて、冒険者はわざと煽る。
「もう駄目なのか?大分感じ易いんだな」
嘲笑う声に、ワールウィンドは無言で睨みつけるがそれだけだ。
冒険者はワールウィンドをベッドに押し倒してズボンを下着毎引き摺り下ろした。
人前で下半身を露わにされて、ワールウィンドが息を飲む。
すると調子に乗ったのか、冒険者が寄せてきた顔の前に思い切り腕を突っ張る。
「そういうのはいいだろう」
「ホントつれないねえ。ここまで来たら楽しんだ方がお得だと思うんだけどな」
「こっちは楽しくなんかない」
「はいはい」
冒険者はこれ見よがしに大きくため息をついて、そのままワールウィンドの首筋を舌先で逆撫でする。
ビクリ、と、大きくワールウィンドの体が揺れる。
その隙に残っていた上着をたくし上げ、乳首を口に含む。
もう一方は指で刺激を与えながら、舌先で転がしてやるとワールウィンドの口から声が漏れる。
「ふ……っ」
視線だけで盗み見ると、唇を噛み締めて必死でこらえているワールウィンドの表情が見える。
「予想以上の上物だな」
冒険者の呟きはワールウィンドの耳に届いたかどうか。
「あっ」
勃ち上がっていた中心をしごかれて、ワールウィンドはあっさりと達した。
精を放って弛緩した隙を逃さず、体を裏返しにされる。
腰だけを高く突き出す姿勢に固定されると、ワールウィンド自身は触れたことのない蕾を油で滑った指が撫でた。
「ダ……」
「駄目じゃねえよ、約束だろ」
反射的に逃げ出そうとした腰を押さえつけられ、耳元で言われる。
と、同時に、太い指がワールウィンドの中に入り込んでくる。
ワールウィンドは目を閉じて内臓を犯される感覚に耐えた。
冒険者はゆっくりと指を抜き差し、また、時にはのの字を書くように動かしたりしてワールウィンドの硬い蕾を解す。
「指増やすぞ」
「い、いた……」
その言葉通りに次第に指を増やされて、ワールウィンドは苦痛の声を漏らした。
「ちょっとの間我慢しろ。すぐに慣れるから」
宥めるように背中を撫でられて、ワールウィンドは何とか呼吸を整えようとする。
その瞬間、
「でも、アンタこの辺、気持ちいいんだろ?」
中で指を曲げられて前立腺を刺激され、思わず背が反った。
「やっぱり中で感じるんだな」
冒険者の嘲笑にワールウィンドは涙が出そうになる。
その代わりに、目の前にあった枕を噛んで声をこらえた。
背後で大きく息をついた気配がする。
入り口を押し広げていた指が引き抜かれて、ワールウィンドの体から力が抜ける。
「しょうがねえなあ、力抜けよ?」
その言葉と共に、ワールウィンドの蕾に熱い塊が侵入して来る。
ワールウィンドは目を見開いて声にならない悲鳴を上げた。
「入った」
冒険者は自分のものを根元までワールウィンドに押し入れていた。
ワールウィンドは陸に打ち上げられた魚のように必死に空気を求めている。
「動くぞ」
そんな様子にはかまわずに、冒険者は腰を使う。
「あああぁぁっっ」
ワールウィンドは声を上げた。
「あっ、あっ、あ……」
痛みと快楽がない交ぜになって意識が飛ぶ。
後は、突き上げられる動きに合わせて声を漏らすばかりだった。
翌朝、先に目を覚ましたのは冒険者の方だった。
隣で眠るワールウィンドの寝顔はあまり安らかなものではなかった。
ワールウィンドが先に消えてしまうのではないかと思っていたが、やはり体に負担が重かったと見えた。
起こしたものか迷っている内に、ふと、ワールウィンドの大きな背嚢が目に入った。
何か重い物が入っているのは見た目から明らかだったが、その背嚢をワールウィンドが開けているところを見た者はいない。
冒険者は好奇心にかられて、ベッドを降りて背嚢に手を伸ばす。
「そこまでだ」
背後から不機嫌そうな声がかかった。
「おっと、起こしちまったかい?」
ホールドアップの姿勢で背嚢に触れていないことをアピールする冒険者へ、しっかりと目を開けたワールウィンドが告げる。
「君は腕は立つが、手癖がよくないようだな」
乱れた前髪をかき上げながら、体を起こす。
「俺は何も見てないぜ」
「見ていたら叩き切っていたところだ」
ワールウィンドがベッドから降りて、その辺に散らばっていた服を拾い集める。
何事もなかったかのように身支度をするワールウィンドへ、冒険者がニヤニヤと笑いながら言った。
「やっぱりよかったぜ、あんたそっちの才能あるって」
「うるさい」
下卑た言葉を一刀の元に切り捨てる。
冒険者は苦笑いして、それから自分のズボンのポケットをまさぐった。
「ほい、旦那」
そして、振り向いたワールウィンドへポケットの中身を放る。
「約束守ってくれたからな、それもやるよ」
「これは」
ワールウィンドの手の中にあるのは、小さな金属片だ。
何かの欠片と見えるそれは、鳥の頭が打ち出されている。
本来ならば全身が象られているものなのだろうことは見て取れる。
「気球艇の残骸を見つけた崖壁から掘り出して来たんだ。それ、気球艇についてたもんじゃねえかな」
「なるほど」
ワールウィンドは表情を変えずに頷く。
「俺は案外フェアなんだぜ。また何か見つけた時は取り引きしようや」
「どこがフェアなんだ、それの」
ワールウィンドは金属片をポケットにしまいながら、呆れたように肩を竦めた。
「もう二度とこんなことはごめんだよ」
「つれないねえ」
「じゃあ、俺はこれで」
身支度を終えたワールウィンドは、まだ裸のままの冒険者を置いて連れ込み宿を出る。
そうしてそのまま、街門に足を向けた。
仲間達の手がかりを探すために――