ポーカーフェイス
酒場のカウンターにワールウィンドと細身のルーンマスターの青年が並んでいた。
北方の出なのか、薄い金色の髪に薄い水色の瞳の青年が話しかけ、ワールウィンドは表情を消している。
「……という訳で、どう? この情報」
青年が身を乗り出す。
ワールウィンドはしばらく思案するような表情をして、それから小さく息をついて答えた。
「はあ、しょうがないね。買うよ、その情報」
「やった」
小さく歓声を上げる青年の前で、ワールウィンドはこれ見よがしに大きく肩を竦めた。
「全く、一体こんなオッサンの何がいいんやら」
すると青年が憤慨した声を上げる。
「オッサンなんか興味ないよ、俺はワールウィンドさんだから好きなんであって。マスター、お愛想」
「ああ、ここは俺が出すよ」
ワールウィンドが会計を済ませ、二人並んで店を出る。
「そう言えば、最近目をかけてるギルドがあるんだって?」
「うん、まだルーキーだけど、なかなか見所がありそうなギルドだよ」
「ふうん、じゃあ、負けないようにしないと」
「君はギルド組んでないでしょ」
並んで歩く二人は、自然に薄暗い小路へと曲がる。
そして、いつもの連れ込み宿に入る。
「そう、だからワールウィンドさん、俺とギルド組んでよ」
「だから、それは駄目だって……」
と、シャツを脱ぎかけの状態でワールウィンドはベッドに押し倒された。
結果的に万歳の形で腕を縛められた状態のところに、青年が馬乗りになってくる。
普段は学究の徒らしく落ち着いた雰囲気をまとっている青年だが、今はまるで別人のようだ。
身動きが取れぬまま首筋を甘噛みされてワールウィンドは顔を顰める。
そんなワールウィンドの様子には構わず、青年はワールウィンドのズボンを下着毎膝まで引きずり下ろした。
腕力では敵わないことをよく知っている青年は、ワールウィンドの身の自由を奪うことに決めているようだ。
「ちょ、ちょっと、これはないでしょ、別に逃げやしない……んっ」
ワールウィンドの抗議には耳も貸さず、青年は猫のように乳首を舐めて、引きずり出したワールウィンドの分身を扱く。
どれほど不本意な体勢であろうとも、刺激を与えられれば体は反応してしまう。
ワールウィンドの分身が勃ち上がって来たところで青年は一度手を離し、ベッドサイドに用意した香油を取った。
両手にたっぷりと香油を塗って、青年はワールウィンドの腰を支えて分身を咥えた。
「くっ……」
体の中心を刺激されながら、蕾に指を入れられて思わずワールウィンドの口から切なげな声が漏れる。
その声に気を良くしたように指を増やされ、前立腺を刺激されるとあっという間に息が上がる。
ワールウィンドは腕を引き寄せ、縛めになっていた自分のシャツを噛む。
そのまま引き抜いて腕の自由は得たが、シャツは噛んだままで声を殺す。
青年は咥えたままチラリと視線を上げたが、何も言わぬまま、カリ首の下に舌を巻きつけて強く吸い上げる。
「……っ!!」
前と後ろを同時に強く刺激されて、ワールウィンドはたまらず白濁した液を放つ。
当たり前のように白濁を飲み下して口元を指先で拭いながら、青年が言う。
「相変わらず声は出してくれないんだね」
目の縁を赤く染めたワールウィンドは、一度昇り詰めた洗い息を整えながら無言で体を入れ替えて四つん這いになる。
そのさっさと済ませろと言わんばかりの仕草に、青年は泣き笑いの表情になった。
とは言え、自らの中心は触ってもいないのに既に固く張り詰めており、止められる状態ではない。
青年はワールウィンドの蕾に三本指を差し入れてほぐれ具合を確認する。
充分に受け入れられることを確認し、青年は自分の男根を挿入する。
「ぐっ」
ワールウィンドはシャツを噛んだままくぐもった呻き声を漏らす。
ただ、青年の喘ぎ声が響く。
「はあ…、はあ、ああ、いい……」
快楽に身を任せてしばらく抽送した後、青年は男根を引き抜く。
「う……っ」
引き抜いたものを軽く扱いて、ワールウィンドの背に白濁をぶちまけた。
荒い呼吸を整えると、青年はワールウィンドの肩に手をかける。
「ワールウィンド……」
名前を呼んで顔を上げさせて青年が唇を寄せる。
だが、ワールウィンドは青年の肩を手荒く突き放した。
「そこまでは料金に入ってないよ」
情交の跡を示すように目の縁は赤いままだが、その眼光は樹海に潜る時のそれだ。
「料金とか、そういうんじゃなくて。俺と付き合ってよ。本当に大事にするから」
突き飛ばされても尚、腕に縋りついてくる青年にワールウィンドはため息をつく。
「君との取引は今回で最後だ」
その言葉に、青年は大きく瞳を見開いた。
だが、ワールウィンドはそよともそよがぬ風情で告げる。
「最初に約束しただろう? 俺はただの取引以上の気持ちを持ち合わせていない。それ以上を求められても困る」
きっぱりと告げて青年の腕を振りほどくと、ワールウィンドはベッドを降りる。
その背に、青年が叫ぶ。
「好きなんだよ! 最初から好きだったんだ」
「頭冷やしてお似合いの子を探しなよ。こんなオッサンじゃなくてね」
わっと泣き出す青年を振り向きもせず、ワールウィンドは後始末をする。
自らの後始末が終わってもまだ青年は泣いていた。
よほど好きだったのだろうとは思うのだが、かと言って、それが我が身のこととはワールウィンドには感じられないのだ。
「じゃあ、元気でね」
ワールウィンドは何事もなかったかのように別れの挨拶を告げて、部屋を出た。
「何でこういうことになっちゃうのかなあ」
明け方もどこか薄暗い小路を歩きながら、ワールウィンドは頭をかいて愚痴をこぼした。
タルシスの冒険者の中で実力が抜きん出ているワールウィンドが一番探索を進めているのは確かである。
それでも一人で目や手の届く範囲は限界があり、やはり取りこぼしは出て来るのだ。
そうやって取りこぼした情報を他の冒険者と取引することはよくあった。
ワールウィンドとしては基本、金で片を付けたいのだが、何故か男女問わずワールウィンド自身を対価に求める人間が結構な割合でいるのだ。
ワールウィンド自身としては全く理解出来ないことなのだが。
そういう取引を拒否することは出来なくもない。
金で片を付けられる相手からまた聞きでもいいから情報の一端を手に入れれば、その跡を辿ることはワールウィンドには不可能ではないだろう。
時間はたっぷりあるのだから。
いつ終わるとも知れぬ時間が。
「くっ」
ワールウィンドは手近にあった立木を殴りつける。
その痛みで、少し我に返る。
その無為に過ごす時間が耐え難くて、少しでも早く結界を越えるための情報を欲して、体を売ることさえ厭わなかった。
そこまでして十年も経って、いまだに五里霧中であるのが現実だ。
薄い唇が自嘲に歪む。
もしも僚友達が一人でも生きていれば、こんな浅ましい生き様にはならなかったのだろうか。
もはや、ワールウィンドは誰にも向けられる顔などない。
その瞬間、一つの横顔が脳裏に浮かぶ。
――陛下、私は……
凛々しく、秀麗なその面持ちの前に、自分は二度と立つことなど出来ないだろう。
ワールウィンドは膝から崩れそうになって、必死で踏みとどまる。
もう今更振り返れる道などワールウィンドにはないのだ。
かぶりを振り、呼吸を整える。
そうしてからしっかりした足取りで連れ込み宿の小路から表通りに出る。
すると、新進気鋭のあのギルドとはち合わせた。
「え……」
一体どれだけ間の悪い日なのかとワールウィンドは天を仰ぐ。
「君達はまた随分早いね、こんな明け方に」
「いや、あの俺達は野宿の帰りで」
小迷宮に潜っている間に時間忘れちゃって気球を飛ばせない時間になっちゃって、と言い訳しながら、ギルドのメンバーはワールウィンドと出て来た小路を見比べている。
その奥に何があるかは知っているらしい。
「…ああ、そんな目で見られるのは辛いなあ…俺が胡散臭いのは否定しないけどね」
ワールウィンドはいつもの眠たげな笑顔で煙に巻く。
その目の縁が赤いことや、首筋についた赤い跡に気がつかれているのかどうか、あまり考えたくはなかった。
「まあ、あんまり無茶はするなよ」
「ああ、はい……」
ワールウィンドは自分の常宿へ足を向ける。
見所のある彼らが無事に未知の階層へ進んでくれることを祈りながら。