俺はごみ溜めのような場所で目覚めた。

芥溜めとは言っても、ここはれっきとした自分の部屋だ。

俺はこの部屋の主にして、この家の唯一の住人。

母親は俺が小さい頃に男を作って出て行き、俺の面倒は父親が一人で見てくれていたが、いつの間にか戻らなくなった。

あれは俺が高校に入った頃だったろうか、奴はまるで俺から逃げるように姿を消した。
中学にあがり、俺がどうしようもない非行に走り始めた所為かもしれない。

しかし学費や毎月の生活費だけは、必ず俺の口座に振り込んでくる。
1戸建ての家を残し、息子の学費を払い続け、毎月の生活費まで送ってくる。
律儀なやつだ―――、と思う。

自分とは似ても似つかない、馬鹿でかい図体に育った息子がおそらく自分の息子ではないと気づいているだろうに―――。


そして俺はその恩恵にどっぷりと浸かって暮らしている。





俺は廊下を埋め尽くすゴミ袋を蹴散らしながら、洗面所へ向かった。
そして鏡に映った姿を見て、呻いた。


「やっぱ夢じゃねーのか……」


そんなことは、鏡を見るまでもなく分かっていた。
視線、天井の高さ、ドアをくぐるとき、壁に付いた手、ゴミ袋を蹴るときに見えた前足、それら全てが、いつもと違うと訴えかけていた。

それでも、前代未聞の天変地異が我が身に起こったなどと到底信じることはできず、縋るような思いで洗面所までやってきたというのに。


仕方なく俺は蛇口を捻り、顔を洗った。
もしかしたら水で洗い流せば、本当の俺の貌が出てくるかもしれない。
諦めつつもどこかで淡い期待を抱く。

やはり、いつもと違う。
水を掬える量もとても少ない。


「なんなんだよ、この細ぇ指は………」


独り呟いた、その声も――――…

それからトイレへ。
朝勃ちないことにまた違和感。
女にもクリトリスの朝勃ちがあるらしいが―――…、確かめる気にはなれなかった。
ホース状の排尿器官がないので仕方なく便器へ座り用を足す。

違和感……。


(ああっ、クソッ!! むしゃくしゃする――――!!!)


俺はそのまま風呂場へと直行しシャワーを浴びた。

違和感。
違和感。
違和感。

自分の体に触れているのに、違和感しかない。


まず骨格が異様だ。
肩幅が全くない。
厚みもない。
硬さもない。
背丈がない。
そしてなにより、筋肉がない。

俺は自分の体を気に入っていたのに。



あの強靱無比だった、俺の肉体はどこへいっちまったんだ―――……




ドンッ―――――――――

俺はむしゃくしゃとして、ドラミングをするように自分の胸を思い切り敲いてみた。
夢なら醒めろと言わんばかりに容赦なく。


「げほっ、げほっ………
 痛ってぇ―――――――――――――――……!!」


あまりの痛さに蹲りそうになった。


(なんだこれ―――……、痛すぎるだろ………)


予想はしていたが、俺が鍛え上げたはずの筋肉は微塵にも残っていなかった。

対峙した誰もに鉄壁を連想させた胸筋は今や、大きな二つの膨らみへと変わってしまっている。

二つの大きな膨らみに。

俺は女の胸を眺めるのも触れるのも大好きだ。
それはきっと男なら当然のことだろう。
しかし今、自分の胸を上から見下ろしたところで、なんかこう釈然としない、もやもやと変な気分になるだけだった。

しかし、随分とサイズが――――ある。

まさに「女」であることを主張するかのように、その二つの膨らみは大きく、たわわに、俺の胸の上でその存在を誇示していた。

おそらくEかFくらいは――――…


俺は試しにそっと胸を揉み……、乳首をつまんでみた。

畜生―――――――――――――…


(アアッ―――――――!!
 俺はいったい何をしてるんだ!やめだやめっ!)


視覚的興奮が無いことはないが、それよりも強い違和感が先立ち、挙げ句、俺は激しい目眩まで感じていた。こんな表現をすること自体不思議でならないが、この体にまだ馴染んでいない・・・・・・・・・・・・・という感覚―――。

自分のしていることがとても気持ちの悪いことのように思えて、俺はシャワーのお湯を頭からかぶった。



それにしても、なんなんだこのうざったい髪は。
長い。
長すぎる。

俺は水に重く濡れる髪を何とか纏め上げ、ただ頭からシャワーを浴び続けた。
石けんもシャンプーも空だったので簡単に流すだけであがった。



シャワーを浴びてすっきりするはずが、いっこうに釈然としなかった。



自分の部屋へ戻り、時計を見ると既に9時を回っていた。
学校は完全に遅刻だが、問題はない。
普段から1限目から出席すること自体滅多にない。


この俺が学生をやっているという長年の自嘲的構図はしかし、未だに続けられていた。

俺は学校なんて行きたくなかったし、幾度やめようと思ったか分からないが、結局通い続けていた。それはそこが、俺の戦場たりえる場所だった、ということが根源かも知れないが、今となっては“他にすることがない”という理由が一番大きいかもしれない。
だから卒業に必要な出席日数と単位だけは確保し続けている。
とはいえ本来ならもう卒業しているはずで、3年生をやるのは2回目なのだが―――…。


もう学校へ行く時間だが―――、しかし、学校へ行っているような状況でもなかった。


服を着ようとして、俺は手を止めた。

昨日あの女からプレゼントだといって身につけさせられていた制服。
どこかで見たことがある―――どころか、俺の通う輪高のものだ。
その下には当然のように、女物の下着が穿かされていた。

やたらと薄く、やたらと肌触りのいい素材でできた女物の――――

そう、ブラジャーとパンティ。

無論、俺はそれをつける気など毛頭なかった。

しかし俺は自分のトランクスを穿こうとして唸ってしまった。
それはあまりにもでかすぎた。

ゴムを絞り無理矢理に穿くことさえできそうになかった。
いくら何でも体格が違いすぎる。

何着も所持している自慢の長ランも同様に、あまりの体格の違いに、あそびで許容できる範囲を大きく超えてしまっていた。

つまり、現状、手持ちの服を考えると俺が身につけることができるのはただ一式しかない…………。
素っ裸でいるわけにもいかず、俺は仕方なく、女の下着と制服を着こんだ。





馴れない制服を着るのにてまどい、その時俺は制服の胸ポケットに何かが入っていることに気がついた。
取り出してみるとそれは生徒手帳だった。
中を開いて見る。

そこには、

輪光高等学校 1年C組 羅城せつら

と書かれ、

そして先ほど洗面台の鏡でみた顔写真が―――、つまり女になった俺の顔写真が貼ってあったのだ。





「なんじゃこりゃあああああああああああああああ――――――――――!!!!!!」





俺の叫びが、女の声で、部屋に響いた。































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