翌日昼過ぎ。
羅城昴は意を決して、病院を訪れていた。
連日酒を飲んでいたために酷く頭が痛い。
1ヶ月前、未成年大量虐殺事件が起きた直後、警察が自分を尋ねてきた。
自分の娘、羅城せつらが、大量殺人の容疑者――――、そして唯一の生き残りなのだという。
羅城せつら―――――
警察から連絡がきたときは何かの間違いかと思った。
当たり前だ、自分に娘がいたことなど無いのだから。
戸籍上―――いつの間に自分の娘になっていた少女。
懐かしの我が家に戻ってみれば、一人息子の道孝が住んでいたはずの家は改装され、そこに息子の姿はなく、少女がたった一人で住んでいた、らしい。
羅城せつらという名に覚えはなかった。
そんな娘をもった覚えも、育てた記憶もない。
全く身に覚えのない、赤の他人――――――――だった。
正体不明で、その意図も分からない。
そして、自分が彼女に対する記憶が無いことを除けば、戸籍や経歴に一切の不自然はなく……。
未成年の容疑者ということでメディアには名前も顔写真もでなかったにも関わらず、連日多くのマスコミが自宅に押し寄せてきた。
いつの間にか行方不明になっている一人息子、羅城道孝の悪評を散々叩かれた。
息子の素行の所為で以前から近所付き合いは悪かったが、息子がいないと分かるや否や、多くの嫌がらせを受けた。
それだけ不可解で、非日常的で、理不尽な日々が続けば酒浸りになってしまうのも仕方がないというものだ。
世間の注目を置き去りに、唯一の生き残りの少女は意識不明のまま一ヶ月が過ぎ、最近やっと周りが落ち着いてきたというのに、今度は目覚めの知らせがやってきた……。
しかしいつまでも逃げるわけにはいかなかった。
なにしろ、相手は自分の娘なのだ。
得体が知れないとはいえ、一度会わなければならなかった。
生まれたことも知らず、名付けたこともなく、一度もあったことのない自分の娘に――――……
「お父……さん?」
白いベッドの上に少女はいた。
長い黒髪、綺麗な瞳で自分をみつめていた。
思わず抱きしめていた。
ベッドの隣へと立った昴はそのまま少女を、その胸に抱きしめていた。
(ああ…………)
本当は憎んでさえいた。
自分の娘になりすましている彼女を。
ここへきたのはただの同情心のはずだった。
30人惨殺現場の唯一の生き残り。
1ヶ月意識不明で、そして一昨日目覚めたばかりの、記憶喪失の少女――――――。
確かに、彼女には妻の面影があった。
道孝でさえ、自分の本当の息子であるか確信はなかった。
そして目の前の娘も、普通に考えれば妻が余所でこさえた子供だろう。
それでも、彼は確かに、自分の子供だと感じていた。
抱き締めてしまっていた。
父性愛が溢れてきていた。
この子は私が守らなくては―――――!!!
それと同時に、あの青年に対する感謝の念が込み上げた。
息子・道孝の舎弟だと名乗った少年、空見飛鳥。
彼は事件当時、娘・せつらと共に現場に居合わせたらしい。
その時、現場指揮をとった十刑事に報道管制を強く要請し、病院まで紹介してくれて、これまでずっと保護してくれていた。
私が酒に逃げている間中、ずっと彼がこの子を守ってくれていたのだ。
頭を真っ黄色に染めたその容姿とは裏腹に、彼の態度はどこまでも誠実だった。
今、こうして自分とこの子を巡り合わせてくれたのも、彼のお陰に他ならない………。
「お父さん…だよね?」
「そうだよ、せつら………」
「あ………、ごめんなさい…私なにも、覚えて無くて……」
「いいんだよ……。
元気なら、それで、それで、いいんだよ……」
「あの……、お母さんは…?」
「せつらは、お母さんそっくりだよ……」
「えと、、そうじゃなくて、お母さんはどこにいるの…?」
彼はゆっくり首を横に振った。
だから彼女はそれ以上聞かなかった。
1時間ほど他愛もない話をし、昴とせつらは互いに初めて出会う家族の親睦を深めた。
昴がトイレに立つと、病室の外に空見が立っていた。
昴の姿に深く礼をする。
「空見くん、だったね……」
「はい」
「あの子は確かに私の娘だよ」
「そうですか、それは………良かった。
じゃあ……、せつらさんが退院したらあの家に住むことを許して貰えますか?」
「勿論だとも」
「ありがとうございます」
「それはこちらの台詞だよ空見くん。
君には随分よくして貰ったようで……、あの子も本当に喜んでいたよ」
「いえ、僕は大したことは」
「私はこのまま先生と話をして、それから退院手続きをとってくるから―――、
その間あの子についてて貰っててもいいかな?」
「勿論です。
よろしくお願いします」
歩き出した昴に、空見が後ろから声をかけた。
「あのっ、昴さん。
あの家には羅刹さんが―――……、道孝さんが住んでいた痕跡は
一切見つからなかったんですよね?」
「ああ……。
私が仕送りしていた銀行の通帳以外は、全部女の子のものばかりだったよ……」
「こんなこと言ったら、笑われるかもしれませんけど…」
「?」
「もしかしたら彼女は―――、
道孝さんの生まれ変わりかもしれません……」
「はは……。
君は面白いことを言うね。
でもこの不思議な感覚は、そうでも言わないと説明が付かないかもしれないね――――」
そしてその日の夕方には、昴とせつらは、羅城家へと戻ったのだった。
第27話:羅城昴
終わり