「せつらは――、行かないんだよね?」
「うん、ごめんね、悠理」





12月24日―――――

懸念されていた寒冬は最近ではその冷気を緩め、今でも路肩には多くの残雪があるものの、交通の便を妨げるほどではなくなっていた。

とはいえ吐く息は白く煙り、肌を凍てつかせるには十分な寒さを持っている。





輪光高等学校、2学期の終業式が終わり、私たち3人は学校すぐ傍に開店したばかりのカフェテリアへ向かい歩いていた。終業式後に色々と用事があるという空見先輩を、私はそこで待つ約束をしているのだ。
クラスメイトで、友人である悠理と萌は、それまでわたしに付き添ってくれることになっている。





「ああ、女の友情の儚さよ。
 でも仕方ないかぁ〜〜、あんなかっこいい彼氏がいるんじゃねぇ―――――……
 でもでも〜まだヤッてないんでしょ?(笑)」

「もう、萌ってば―――」

「照れない照れない。
 空見先輩って元悪鬼の幹部だったんでしょ?
 どうしてさっさと押し倒しちゃわないのかな?
 まさかもう勃たないってことはないよね」

「萌っ!!」


私が怒ると、萌が舌を出して悠理の後ろに隠れる。


「ちょっと悠理、それ・・捕まえて!」

「え?えっ?」


相変わらず悠理は動きが遅いんだから!―――と内心思うものの、私も萌を捕まえたところでどうこうする気は無い。
これは私たちのじゃれ合いだった。


「でも残念だよー。せつらと一緒にパーティーしたかったのにー」
「う、うん……」


悠理にまでそう言われると、私としても多少後ろめたい気持ちになってしまう。
けれど今日はこのまま空見先輩と遊びに行って、夜はお父さんと家でクリスマスパーティーをする約束なのだ。


「駄目だよね、だって今日はクリスマスイブだもん。 
 ああ、とうとうせつらも女になるのかしら……」
「もぉ!そんなんじゃないって!」

「でもさっさともの・・にしないと、他の女に盗られちゃうかもよ?」
「そ、そんなことないもん……」

「でもそれは萌の言う通りかも……。
 空見先輩、東大行くんでしょ?
 しかもせつらの話じゃ、合格率それなりにあるらしいじゃん。
 うちの学校偏差値50ちょいしかないのに信じられないよね……。
 受かったらたぶんうちの学校から初めてじゃない?」

「そそ。それにあの長身にあのルックスだし、大学入ったら女ほっとかないって。
 今のうちにものにしておかないと、あっというまに盗られちゃうよ?」

「うー。」


そうなのだ。
空見先輩は悪鬼という元不良のメンバーで、勉学はおろそかにしていたはずなのに、本当は凄い頭が良かったのだ。

しかも私が入院してた病院の院長の息子だったりする。


お兄さんの後を追って不良になって、それでお父さんから勘当されて、今は母方の姓を名乗ってるらしいけれど、きっと元々の頭の出来が私なんかとは全然違うのだろう。

悲しいことに、先輩の話が理解できないことも、結構あったり……。


悪鬼という悪名高い不良グループの幹部だったから、評判は決して良くないけれど、でも本当はすっ〜〜〜〜〜〜〜ごい優しい、人。





カフェテリアは輪高の生徒たちで溢れていた。
終業式直後に急いで出てきた甲斐もあり、私たちはぎりぎり空席に滑り込んだ。





「でもそれ言ったらさ、空見先輩だって危ないよね」
「え、なにが?」
「だってほら、せつら、伊本に言い寄られてるじゃない?」

「薫ちゃんかー。
 おおっと、ここでまさかの大穴の登場!!
 穴馬、伊本、穴馬、伊本、追い上げてきたぁ―――――!!
 さあ本命空見、穴馬伊本、そして今日はクリスマスイブ!!
 果たしてぇ!!
 冬のせつら杯を制するものはどちらなのかああぁぁ―――――!!」

「ちょっと、萌!静かにしてよ!」

「あ、ちなみにせつら杯の杯っていうのは子宮のことね。
 ほら、子宮って杯の形に似てるでしょ?」

「もう萌は黙ってて―――!!」

「でも伊本なんかにせつらとられたら、空見先輩ショックだろうなぁ」

「あーもー! 二人とも―――!!」

「で、実際どうなの?伊本に勝ち目はあるの?
 勝算はどれくらい?
 ってあるわけないか、きゃははは――――」



ちなみに伊本というのは、伊本薫というクラスメイトの男の子だ。
以前から私のことが好きだったらしく、しょっちゅう話しかけてくる。
悠理曰く、私が記憶を失う前はセクハラ発言を結構な頻度でされていたとか。
好意を向けられて悪い気はしないけど、申し訳ないことに、彼のことは全く気になっていない……。



「だからそんなんじゃないって言ってるのに、萌は……。
 でも私のことばっかり言うけど、二人はどうなの?
 まったく恋の気配無し?」

「ないない。誰か紹介してよ。
 空見先輩の周りにいい男いないの?」

「私は別に興味ないから……」


明け透けに言い放つ萌とは違い、悠理は少し言葉を濁した。
そんな彼女の態度に違和感を感じ、私は悠理に、少なくとも恋の気配があることに気付いてしまった。でも、今の様子では、まだ話してくれる段階ではないようだ。
付き合いはまだ一月と短いながらも、二人の性格を掴んできてはいる。


「何言ってんのよ悠理〜。
 最近めきめき綺麗になってきてるし、恋してるの分かるんだからね!」


って、萌も普通に気づいてたし。


「そういう萌だって随分お洒落してるじゃん。まつげ綺麗だよね」
「えへへ、昨日新しくできた美容院でまつげカールしてもらったんだよん」
「え?美容院で?」
「そそ。一回すれば1ヶ月くらい保つし、自分でやるより断然いいよ。
 ビューラーでまつげにも負担かけることもないし、なにより普段の手間が省けるしね」
「へー。私も行ってみようかな。
 悠理も一緒にいってみない?」
「私は別に――――……」
「悠理ももっとお洒落しようよ。折角元がいいんだし勿体ないよ」
「そうだよ。
 悠理がお洒落したらあっというまに彼落とせるって!」
「そんな人いないって……」



他愛も無い話を続けながら、私は心中ずっと気になっていた話題を持ち出すことにした。
その名を口に出すことに若干の躊躇を覚えながらも、悠理に尋ねる。


「悠理、今日のパーティ、みこと・・・はこないんだよね?」


途端、彼女の表情が曇ったのが分かったが、仕方がない。
悠理とみことは、私よりもずっと付き合いの長い親友だったのだから。


「うんー。私も逢いたかったけどね……。
 でも連絡―――……つかないし……」

「せつらって、みことのことまだ思い出せないんでしょ?」
「うん……」
「あんなに仲良かったのにね」
「あー、久しぶりに私も会いたいな!」





退院してから自宅に戻った私は、自分という人間を知ろうとした。
しかし私の昔のアルバムはおろか、日記一冊見つからず、私の個人情報が残っていたのは唯一、携帯電話だけだった。





みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと

みこと





その携帯の履歴は、着信も、発信も、メールも、その9割が彼女の名で埋め尽くされていた。

“みこと”という少女が、私にとって大切な友人であったことは疑いようもない。

当然、私は彼女に逢いたかったけれど、彼女はもうこの街にはいなかった。
私が意識不明で眠っているうちに彼女はこの街を出て行ってしまったのだ。

学校をやめ、携帯も通じず、転居先も分からず、私が彼女に会うことは叶わなかった。


空見先輩が言うには、彼女はあの日不良たちに乱暴され深く傷ついたからじゃないか、と。
誰も知らない土地で、新しく人生をやり直したいんじゃないか、と。



「せつらさん、大好きだよ」



事件のあったあの日付。
その日、彼女からのメールに何度もでてくるこの言葉。

私が空見先輩に惹かれた時に感じた警鐘は、明らかにこのことを意味にしていたに違いなかった。

そして彼女を助けるために不良集団の輪へ飛び込んでいった私も、彼女に対して特別強い想いを抱いていたに違いない。

しかし彼女に連絡がつかない今、私たちの関係がどういうものだったのか、私には知る由もなかった。










そして女同士・・・という事実は、私の過去の想いに蓋にするのに十分な理由を持っていた。



というより私はもう、何も分からない過去のことより、目の前にいる優しい先輩にどうしようもなく惹かれてしまっていたのだ。




















今更気にしても仕方がない。



私はもう、空見先輩と付き合いはじめたのだから。



















































第29話:終業式
終わり

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  第30話:クリスマスパーティー
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