「起きやがれ――――――――――――――――――――!!!」
私の部屋は突然の嵐に見舞われていた。
誰かが私の部屋に入ってきて、ドタバタと動き回り、がなり立てている。
(う、うるさい………)
思い切り布団を剥がされた。
やっとの思いで手を伸ばしたけれど、布団は――――……無い。
もっと遠くへ放り投げられたようだ。
眩しい。
カーテンどころか窓も開け放たれているらしく、私の部屋の空気を根こそぎ持っていこうとする。
「ちょっと、何この細い腕―――――………、
あんた全く食べてないの?
マジ死にそうじゃん」
腕を掴まれた。
振り払おうとしたけれど動かなかった。
「死な…せて………」
「しっかりしろ、羅城せつら―――――!!!!!」
頭が痛い。
そんな耳元で怒鳴らなくても―――――………
羅城……、せつら………、、、、
そういえば、私の名前……。
「さっさと、起きようぜ?
そして思いっきり走ろうぜ?
バイクでさ、ぱーっと飛ばしてさ、風の中をかっ飛ばすんだよ。
ほんと気持ちいいぜー!
そうしたらそんな嫌なことも忘れられるよ」
っていうか誰………。
この声…どこかで聞き覚えが……。
目が開かない。
すっかり闇になれた目は衰弱していて、目脂なんかも溜まってしまっていて、開かない。
でもこの声の主には辛うじて記憶にあった。
やたらと存在感はあるくせに、滅多に喋らない寡黙な――――――……
「もしかして、羽―――織……?」
「そうだよ。
せつら、あんたは覚えてないかも知れないけれど、
うちは1年前、あんたと勝負する約束をしたんだ。
約束を果たす前に死なれちゃ困るよ………」
「そんなの、覚えてないよ……」
「黙れ。
したもんはしたんだ」
「………」
「あんたも、夏休みは大変だったね。
ほんとはすぐに飛んできてやりたかったんだけど、
こっちもいろいろごたごたして大変だったからさ」
どうやら大人しく帰ってくれそうにない珍問客に、私はなんとか体を起こした。
彼女の姿を見ようと頑張った私は、ただ目を開くだけに相当の努力を必要とした。
てっきり制服姿かと思ったのに、彼女の格好は―――――
「っていうか、何その格好……」
「これかい? できたばっかりの特攻服さ。似合ってる?
うちらね、この夏に新しく族立ち上げたんだよ」
「族―――?」
「まあいいや、ほら外いくぞ、準備しろ」
「え?え?待って、行かないよ、私」
「行くんだよ」
「行かない」
「あー、そういえば空見飛鳥の仇ね。
立開って奴、昨日保護観察付きでのうのうとでてきやがったからボコっておいたよ」
「え?」
「ウチも悪鬼には恨みしかないけど、あんたのことは気に入ってるからね」
「え……?」
「つぅか、薬やって、集団で人殺しといて、もう娑婆に出てくるとかありえねーつーの」
「え……?」
「いいから―――、とっとと準備しろ――――――――――!!!!」
彼女は強引だった。
もの凄く、強引だった。
殆ど誘拐同然に私を外へと連れ出した。
顔を洗うのが精々で、着替えもできなかった私に、寝間着姿の上に特攻服を着せて縛り付け、家から引き摺り出した。
体中の関節が悲鳴をあげ、軋んだ。
もう殆ど拉致されるような格好で、私は羽織のバイクの後ろに座らされ、必死にしがみついていたけど、腕に力は入らず、いつ転げ落ちてもおかしくなくて………
もういっそ転げ落ちて轢いてもらえば楽になれると、何度も考えて――――――……
体力の限界に意識を失い掛けたとき、誰かが私の腕をがっしりと掴んだ。
「もう少しだから!!
頑張れ――――――――――!!」
激しく流れる風の中ではっきりと、その声は聞こえた。
私はまったく力の入らない、震える腕で――――、それでも彼女の細い腰にしがみついた。
やっと止まった先は、山腹に、休憩所として設けられたのだろう、少しだけ切り拓かれた展望エリア。
そこに広がるは、山一面を埋め尽くす、真っ赤な紅葉―――――――――
とはいえ、視界全てが全てが赤いわけではなかった。
まだ明らかに早い、紅葉。
きっとまだ紅葉が始まったばかりで――――――――
でも、それは私の目を奪うには十分に……
「きれい――――――――――……」
突然強い風が吹いて、
紅葉の木々の中から、沢山の鳥が飛び立った。
その光景が私の記憶を呼び起こす。
ここ……
来たことある―――――……
すっかり景色が違うから、すぐには分からなかったけど、
春に一度だけ、飛鳥のバイクで―――――――――――――……
「せつらさ――――……。
うち、あんたになんて言ってやればいいのか、分かんねーけど……、
せつら、あんた大丈夫だよ。
あんたは強いって知ってんだよ。
だから、大丈夫だよ」
「なに…それ…」
「わかんねー。
でも、あんたの根っこの部分は、あんたのほんとの部分は、
芯のしっかりした奴だって、それだけは、分かるんだよ」
急に、涙が溢れてきた。
"君は芯のしっかりした強い子だった――――"
それは病室で、私が初めて飛鳥に会った時に、言われた言葉だった――――――――……
「何、泣いてんだよ………」
"これは刷り込みでも洗脳でも何でもない、事実を言ったまでだ――――"
そう、きっと飛鳥は、私の強さに惹かれてたんだ………
ふとそう思った。
「ありがとう―――……」
「え? あ、いや、うちはなんもしてねーけど」
「あのさ、なんか違和感あるんだけど、
羽織って前からそんな話し方だったっけ?」
「うっせーな。うちは学校じゃ猫かぶってんかんねー。
でももういいや、族立ち上げたし」
「ううん。かっこいいよw」
「そうか?」
「うん」
本当に、何もない、
そして本当に、本当に、広い空を、
一羽の鳥が飛んでいく。
君は強い子だから――――――……。
飛鳥にそう、言われた気がした。
それは錯覚だったのかも知れない。
ただの風の音かもしれない。
でも、飛鳥が私に「立て」って言ってる気がした。
ずっと暗闇の世界で、貴方を捜し回っていて、どうしても見つからなくて
私も今すぐそっちに行きたいのに
私はずっとそれだけを願っていたのに
こんなにも綺麗な、澄み切った空は――――――
まるで私の悲しみを吸い取ってくれるかのように――――――――――……
飛鳥――――――――――……
貴方はきっと今も空を飛んでるんだよね…?
きっと、今も私の傍にいてくれてるんだよね――――――……?
飛鳥―――――………
飛鳥―――――………
飛鳥―――――………
飛鳥―――――………
飛鳥―――――………
私、もう少しだけ、
もう少しだけ、
頑張ってみるよ――――――――………
第56話:羽織
終わり