ずずず。
ずずず。
ずずず。
ずずず。
ずずず。
ずずず。
ずずず。
ずずず。
お茶を啜る。
もう何十分経ったか分からない。
もう、3杯目。
お互い何も喋らない。
ここ―――――、私の部屋はエアコンがよく効いていて、まるで天国のような場所だった。
しかし外へでればそこは自然のコンロと化し、歩く者を容赦なく焼き上げる猛暑。
8月の終わり、もう秋も近いというのに、未だ沢山の蝉たちが夏を謳歌している。
あれから
3日が経っていた――――――。
私たちはそれまでただ一通のメールも交わさず、電話もせず、
そして今日要件のみのメールだけで、こうして向かい合っているのだった。
夏休みで良かった、と思う。
あんな体験をして、次の日すぐに学校とか嫌すぎる。
なにより、悠理と顔を合わせるのが、嫌だった。
私の大切な、大切な、飛鳥に抱かれた、女――――――――――……。
悠理と目が合う。
でも、何も言わない。
彼女も何も言わない。
彼女の薬指に指輪が光っていた。
そういえばもう8月なのに、飛鳥とはまだ籍を入れてない。
本当なら3月には、私は飛鳥のお嫁さんに―――――……、
彼と正式な夫婦になるはずだったのに……。
このままだと悠理に先を越されるかも知れない。
飛鳥はまだ大学生。
でも黎はもう就職してお金を稼いでいる……。
ずず。
またお茶が無くなった。
最初の2杯はミルクティ。
3杯目は緑茶だった。
よし、次はレモンティにしよう。
私はポットの下にティーカップを置き、お湯を注ぐ。
ジョ――――――……、ブプッ――――ブッ……ブッ…………
しかし3分の1も注いでないところでポットのお湯は空になってしまった。
噴湯口が、お湯の代わりになさけない空気音を吐き出す。
「ふふふふっ―――――――――――………」
「ふふふっ――――――――……」
「あははっはっ―――――――――――――――」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
笑っていた。
それはどちらからともなく。
本当に、私か、悠理か、どっちが先なのか分からなかった。
私たちは、けたたましい大音量で鳴き続ける蝉たちに負けないくらい、笑っていた。
腹を抱え、涙を浮かべ、というより、もう、まともな姿勢すら保てず、笑い転げていた。
「はぁっ―――はぁっ―――はぁっ―――……」
ああ、もう、笑いすぎて苦しい。
それは悠理も同じようだった。
笑っているのに、笑いすぎて、お腹を押さえ、苦しそうな表情を浮かべている。
「あー、もうーくるしーw」
「私もーw」
もう5分くらい、ずっと馬鹿笑いをし続けた私たちは、必死に呼吸を整えながら、もの凄い疲労感を感じていた。
笑いすぎて頬の筋肉が引きつってしまい、顔が痛かった。
「あーもう―――、私こんなに笑ったの久しぶりw」
「私もだよw」
(はぁ―――はぁ―――はぁ―――)
そしてまた沈黙。
わだかまりは消えていた。
私たちは相手に彼氏を寝取られたわけでも、浮気をされたわけでもない。
ただ、お互い合意の上でも、それでもなにか、赦せない部分があるっていうか。
赦せないっていうとまた違う。
怒ってないし、責めてないし、嫌っているわけでもない。
この感情を表現するのは難しい。
あえて言うなら、そう………、それはほんの僅かな、悔しさ。
ただ、何を言っていいのか分からなかった。
どうにか平穏な呼吸を取り戻した私たちの部屋に、セミの鳴き声だけが響く。
ずっと待っていても彼女は何も話しそうにないので、私から話しかけることにした。
「そういえばさ、、、」
「うん?」
「もうお尻でしたの?」
私の質問に悠理は手を口にあて、再び笑い始めた。
最初は肩を振るわせ、それから堪えきれず、ついには大声で。
また、笑い転げている。
「あはははははははははははははははははははははは――――――――、
もうやだ、せつらってば(笑)」
私も釣られて笑ってしまう――――が、でもそんなに笑わなくたって……(笑)
「悠理、笑いすぎ!(笑)」
「せつらだって(笑)」
「で、どうなの?」
「まだ、だよ。
でも少しずつ広げてる……」
「ふーんw」
赤くなって俯いた悠理に、私はここぞとばかりに、にやにや攻撃を仕掛ける。
「もおぉぉ! あ、まさかせつら、
もうしたの
?」
「飛鳥はそんな変態的なことしたがらないもん」
「へぇ、せつらはてっきり、飛鳥さんラブすぎて、
“私のお尻のバージンも貴方に捧げますぅ!”とか思ってるのかと―――――」
「う………」
なんかそういう表現をされると、無理にでも飛鳥に貰って欲しくなっちゃうんだけど。
「でもアナルって欧米じゃ結構ノーマル行為なんでしょ?」
「んー、なんかーそれはー、ふにゃだからなんだって」
「ふにゃ?」
「おちんちんがふにゃだから」
「ふにゃ?」
「外人ってー、日本人よりアレのサイズは大きいけど硬さは無いんだって。
だからお尻に入れやすいんだとか」
「へー、そうなんだ」
「っていうかさ、悠理」
「うん?」
「もう私との会話、黎さんに言うのやめてよね?w
飛鳥に筒抜けだと思うと恥ずかしくて何も言えないよ………w」
「うーん。
なるべく、ね……w」
「なるべく、じゃなくて、一切ダメw」
「えー、だって黎に隠しごとできないもの……」
「じゃあ、最初から言う気なんじゃないかー!!w」
「そんなことないよw」
それから私は新しくお湯を沸かしに行き、お茶会の仕切り直しをした。
そしてお互いあの日に、どんなことをしたか、どんな風に感じたかを話し、それから悠理の結婚のこと、服のこと、映画のこと、これからのことを、とめどなく話し続けた。
私と悠理は、友達で、親友で、でももう、ただの親友じゃなくて………
文字通り、本当に大切なものを分かち合った―――――――……、
とても深い絆、みたいなものを、私は感じていた。
夜の八時を過ぎ―――、悠理を玄関先で見送り、私は一人部屋に戻った。
唯一無二、と感じることのできる親友を得たことに、心の中がぽかぽかと暖かい。
彼女が飛鳥に抱かれたことが決して悔しくないわけではないし、
完全にわだかまりが無くなったわけではないけれど―――……、
今回のことで親友を得たことは勿論、結果としてより深く飛鳥と結ばれることができたのだから、喜んでいい、そう思う。
それに飛鳥の言うとおり、他の男との経験できてしまった、わけだし……、、、。
あ、そこは絶対にしたかったわけじゃないけど。
ていうか、できればしたくなかったけど。
まあ、うん。
心がぽかぽかと暖かい―――、と言ってもこの先苦しむことにはなるだろうという予感は拭いきれなかった。
でも、もういい。
もう、いいんだ。
素直に喜ぶことにしよう、何よりも、私と飛鳥との為に――――――。
あーあ……、早く飛鳥と結婚したいなぁ……。
そしたらいつも一緒にいられるのに―――……
「お帰りなさい、あなた。
ご飯にする、先にお風呂? それとも―――わ、た、し?」
あわわわわっ―――――――――!!!
って、馬鹿か私はっ―――、うー、、流石に声に出したのは恥ずかしすぎた/////
その時、私は不意に寒気を感じ、自分で腕を摩った。
暑いくらいに蒸していたはずなのに、鳥肌が立っていた。
冷房が効き過ぎたのかなと、エアコンの温度を確認する。
28度―――……、決して鳥肌の立つような寒さではない。
(え、なに……、この悪寒……)
幸せだった気分が一気にどこかへと飛んでしまう。
なんだかとても嫌な予感がする。
このままではいけないような、得体の知れない焦燥感。
見過ごしてしまえば、
取り返しの付かないことが起きてしまいそうな――――――、、、
そんな―――……
“幸せの後には必ず不幸が待っている――――――……”
なぜか突然、そんな言葉が頭の中をよぎった。
「いやっ……、、」
私は理由も分からず震え出してしまった体をぎゅっと抱き締める。
私は背筋を伸ばし、真っ直ぐに立ち上がった。
こんなわけの分からないことで怯えているなんて馬鹿らしい。
時計を見ると20:15。
悠理が帰ってからまだ5分程度―――、
「よしっ――――――!!」
私はスニーカーを履き、彼女の跡を追って玄関を飛び出した。
第50話:親友
終わり