その夜は近くの公園で夜を明かした。





夏は終わり、9月になる―――。
依然、冷房が無ければ寝つけないような暑い夜のお陰で、寒さに凍えることは無かったけれど、私は一睡もすることができなかった。





翌朝になって駅前のファミレスへ入り、窓際の席で外を眺めた。










私はこの街を知っている。





あの通りも、あの看板も、どこに何の店があるかも、沢山のことを知っている。





知っているのに―――…………










夕方になるまでに3度、見知らぬ男に話しかけられた。



「家出?」「振られたの?」「独り?」



私は黙って、ただじっと窓の外を見つめていた。










夜中の2時に―――、閉店を告げられ店から追い出された。





所持金も殆ど無く、行くあてもない私はまた、公園で一人、夜を明かした。










眠れるはずもなかった。










翌朝、私はまたファミレスへ行った。










そこには昨日と同じ景色があった。





目の前を、人々が行き交う。



その流れは、その量は膨大で、本当に沢山の人たちがいるのに―――、



誰一人、私を知らない。



これだけの人がいて、誰も、私を、知らない。










一日中、こうして駅前のファミレスに座っていれば見知った顔にも出会う。



ここは輪高の生徒もよく利用する。



けれど、訪れたクラスメイトは、誰一人私に話しかけては来なかった。



私は彼女を知っていたけれど、きっと彼女は―――……、、、










きっと、もう……、この世界に私のことを知っている人間などいないのだ。










もしかしたらこれは―――、世界の復讐なのかも知れなかった。


私が世界を忘れたから、今度は世界に忘れられてしまったのだ。





忘れられる、ということがどんなに悲しいことか―――、私は身をもって知った。




















一日中ファミレスにいて食べたのはサラダをほんの少しだけ。

食欲はなかった。

眠気もなかった。

ただ、シャワーを浴びたかった。

暑い夜を二晩も過ごし、下着も替えていない。





でも―――……、私にはもう―――……、





帰る、家が、ない。




















でも―――……、もし家があったとして、





私は一体どうしようというのだろう?





シャワーを浴びて、汗を流し、体を綺麗にして、髪を梳かして、それからどうしようというのだろう?





ファミレスにきて、ご飯を食べて、一体どうするというのだろう―――……





飛鳥を失った私には―――、





もうこの世界に、私の居る場所なんて





どこにも―――……






























夜を公園で明かし、朝になってまたファミレスへ行こうとして、私は足を止めた。





輪高の制服を着た生徒達と擦れ違った。





(そっかもう夏休みも終わったんだ―――…………)





目の前を通り過ぎ、去っていく彼らの後ろ姿を、私はずっと見つめていた。



もし―――、私が今日、教室へ行ったらどうなるだろうか―――……?





やっぱり、クラスのみんなは誰も、誰一人、私をせつらだと分からないだろうか……。





そこには、





あの女が―――、





私の名を奪ったあの女が―――、





羅城せつらとして、登校しているのだろうか





そして誰もが、飛鳥と同じように、あの女のことをせつらと呼ぶのだろうか―――……






























軽い朝食を摂り、私の新しい一日が始まる。





一日中、この店が閉店するまで、ただこうして、窓から外を眺めているだけの、





私の一日が―――……










夏休みが終わったとはいえ、駅前の風景にさして変わりはなかった。





変わらない世界





回り続ける世界





私が名を無くそうと、





せつらであろうと、そうでなかろうと、





誰であろうと―――、回り続ける、





そんな、世界――――――……。










この世界は、私が死のうと、生きていようと、何一つ変わらない。










なにひとつ―――……




















『せつら、彼女は?』
『立開が私と間違えて連れてきた子みたい……。』










『ねぇ飛鳥、もしかしてこの子、飛鳥のストーカーってやつなんじゃ……。
 ね、もう行こうよ』










『なあ、落ち着いてくれ。
 君も一緒に病院へ―――……』










『そして、ちゃんと自分の現実を見つめるんだ。
 そして、君は―――君の幸せを掴みなさい……。』






























私は―――……







私は、







せつらじゃ―――……、ない……?







本当は―――……







私の方が、







ストーカー……、、だった…………、、?







私が飛鳥と育んだと思った想いは、







手にしたと思った愛は、全部、なにもかもが、私の妄想だった―――……?







私が羅城せつらの姿に自分を重ね合わせ、







それを自分の事のように思い込んでいただけなの―――……!?







私の本当の名前は、せつらじゃ、ないの……?










私は―――、誰…………、、、










私は、










誰なの―――……?










私は―――……










私はっ―――――――――…………!!!






























私は店を抜け出した。










人混みの中で、世界が回っていた。





狂っていた。





皆が当たり前のように名前を持っているのに、私だけが、










私は、










私は―――――――――――――――――――――










誰なの――――――――――――



















































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