結局――――――……、
私は行動を起こせないまま―――……、
いつの間にか部屋を赤い夕日が照らしていた。
あの女も、お父さんも帰ってこなかった―――……
私はただ、ベッドの上に座り―――……、なにもできず、時折、泣き崩れながら―――
無為に―――
時を―――
ただ、願ってた。
この壊れた世界が、
この悪夢のような世界が
崩れ落ちることを
早く終わってくれることを
本当の、姿を、取り戻してくれることを―――…………
どれくらい経ったか分からない。
外はいつの間にか真っ暗になっていた。
ふと階段を上る足音が聞こえ、
その足音は真っ直ぐと私の部屋へ来て、そして扉が開いた―――。
真っ暗な部屋に光が灯り―――、私はゆっくりと顔を上げた。
「お父さん―――……」
私の希望は―――、
世界がその姿を取り戻したことを願った私の声は―――、
父の吐いた、一つの溜息によって掻き消された。
「君は、まだ、いたのか……。
それは、娘の服―――……、、」
「…………」
「…………話は聞いたよ。随分辛い目にあったそうだね。
でも君は飛鳥くんのストーカー……、だそうじゃないか。
その服はあげていいと娘に言われたから―――、
私も咎めはしないけれど―――、
もう……、自分の家へ帰りなさい。
そして、ちゃんと自分の現実を見つめるんだ。
そして、君は―――君の幸せを掴みなさい……。
いいね?」
父の言葉が、ぐさり、ぐさり、ぐさりと、私の心に突き刺さった。
しかし不思議ともう涙はでなかった。
怒りも、悲しみも、戸惑いも感じなかった。
ストーカー……。
その狂気に支配された少女を目の前にして、どこか怯え、それでも優しく諭そうとする父の姿が、どこか滑稽にさえ思えた。
父を恨めしく思う気持ちはなかった。
彼は守ろうとしているだけなのだ。
娘のことを。
せつらのことを。
「さあ、もう帰りなさい」
「はい……」
私はゆっくりと立ち上がった。
「あ、、、」
「はい…?」
「外はもう暗いからね……、気をつけて帰るんだよ……」
「はい」
「あ……。
もし……、おうちが遠いようなタクシーを呼んであげてもいい。
勿論、タクシー代は私が払うから―――」
「いえ、大丈夫です。
昨日は、泊めていただいて……、ありがとうございました…………」
私は、娘の服を身に着け、娘の鞄を手にしたストーカー少女のことを、
どこまでも案ずる父に、深々と頭を下げた。
私は自分の家の階段を一歩一歩降りた。
まるで奈落へと落ちていくような錯覚に、慣れたはずの階段を今にも踏み外してしまいそうだった。
そして私は玄関の扉を開く。
そこには茫洋とした闇がひろがっていた。
私は玄関まで見送りにきてくれた父に、もう一度深く頭を下げ、
一人、闇の中を歩き出した。
行く当てなど、どこにもなかった。
第55話:闇の中独り
終わり