「はぁぁ―――…… はぁぁ―――……」
12月31日 大晦日―――――――――
雪が降っていた。
もう何時間も前から、雪が降り続いていた。
それは波の打ち寄せる砂浜でも例外ではなく―――
降りしきる雪の中、二人は砂浜に立っていた。
彼女たちの吐く息が白く煙り、風に流れる。
二人とも暫く荒い息を吐いていたが、すぐに正常な呼吸を取り戻す。
「もしかして―――……、
せつらちゃんは生まれながらにして剣士だったのかも知れないね―――」
歌織がせつらの元まで歩み寄り、胸元に手を伸ばし襟を正しながら言った。
せつらはそれをくすぐったそうに受けている。
「生まれながらの、剣士、ですか―――……、
でもそれって、人間が、つくったものに過ぎないんじゃ―――……」
せつらの言葉に、歌織は曇った夜空を仰いだ。
「そうね―――。
でもこれだけは言えるわ。
せつらちゃんは多分―――、
私よりも、あの子よりも、神に愛された存在――――――」
「神に愛された……?」
「そう。でも私が言ってるのは森羅万象―――この大自然のこと―――……、
神話や伝承に語られるような名のある神ではなく―――」
「…………」
せつらもまた彼女に習って夜空を見上げた。
神に愛されている、と言われても、分からない。
自然を感じろと言われ、大地に流れる力を感じられるようにはなった、けれど。
しかし今の自分は明らかに過去の自分とは違っている―――。
この体はまだまだ剣を扱えるようにはできていないし、技術も歌織さんには到底及ばない。
それでもこうして彼女と打ち合えるのは、大地が味方をしてくれているからだ。
神―――……?
その音を聞くといつも心がざわつく―――。
「寒い?」
「いえ」
「雪が降ってるのに?」
「はい……」
「私は寒いわ……」
「…………」
暗い海に、静かに雪が降り続く。
雪雲が空を覆っている所為で星は見えない。
その下には暗い海。
まるで地獄の底がぽっかりと口を開けたようなそんな真っ暗な世界で、彼女たちは語らっていた。
「私ね……、せつらちゃんと剣を合わせると、
まるで―――大きな山を相手に戦ってる気分になることがある……」
「…………」
「今はまだ、私の方が技術があるから強いけど―――、
あと数ヶ月もすれば貴女は私を越えるわ―――。
半年じゃ基礎の基礎しか教えられないって、言ってたのにね―――…」
「そんな…………、
そういえばさっき歌織さんが言ってたあの子って……?」
「七種いつきって言ってね―――、私の大切な親友で一緒に剣を学んだのよ。
そういう意味ではあの子は羽織とは違う、私のもう一人の姉妹。
でも、ねぇ、信じられる―――?
あの子ったら一子相伝のはずの神楽に無理矢理弟子入りしちゃったのよ!?
父は驚いてたわ。
何しろ自分の跡継ぎが二人とも女なんだから―――……。
でも、あの子の存在がなければ、私はここまで強くはなれなかった……。
そして私は―――……、、途中で逃げ出しちゃった―――……」
「………………」
「でも―――……、私が逃げ出すことができたのもあの子のお陰―――……。
あの子がいてくれたから、私は一人、逃げ出せた……。
あの子なら必ず神楽を極められる。
神楽は必ず彼女が継いでくれるだろうから―――……。
だけど――――――……
カミクラはまだ、ここにある―――……」
歌織は腕を伸ばし、その手に一振りの剣を取り出した。
在るのは分かる―――、が、それは未だせつらには視ることができない。
しかしその美しき刀剣の姿をせつらは知っていた。
彼女はかつて一度だけその姿を目にしたことがあったからだ。
全てに絶望し、この海で朽ちようとした少女を救う為―――ただの一振りで、海を割いた刀の姿を。
「神剣 神楽―カミクラ――――……
もしかしたらこれを受け継ぐのはあの子じゃなく、せつらちゃん、貴女なのかも知れない」
「か、歌織さん……、泣いてるんですか?」
「私はどうして生きてるんだろうってずっと思ってた……。
ほんとはあの時死ねばよかったって。
彼を死を聞いたとき、私は初めて絶望というものを味わった。
でも―――……今なら……、、、
私が生かされたのは多分―――貴女を育てるため―――、そう思えるわ」
「そんな―――……、歌織さんが生きてるのは、、、
きっと歌織さんがこの世に必要だからですよ―――!!!」
「ふふっ、なら、貴女もそうね、せつらちゃん。
私はあなたを助けてしまった。
あなたは生き残ってしまった。
そのことをあなたは決して後悔しないで―――、
それから、
私に後悔をさせないでね―――」
「えええっ、えええっ!?、えと、えっとぉ―――……」
「ふふっ―――、冗談よ、冗談。
人間なんて生きてるうちは生きる資格があるのよ。そう深く考えないで。
それはそうと―――、どうしてあの彼と連絡を取らないの?
輪光の様子が気にならないの?
勿論、気付いてるでしょ?
彼、貴方と一緒に年を越したいんじゃないの―――?」
「―――いいんです。
私はここで頑張って強くなって、歌織さんに認められたら、彼を取り返しに行きます。
彼を取り返すまでは、余計なことはもう―――」
「せつらちゃんがそう言うなら、私はいいんだけど―――……、
はぁ、報われない子ねぇ……、
健気すぎてお姉さん泣けてきちゃう……。
私が相手してあげようかしら―――」
「歌織さん」
「うん?」
「その発言はどうかと思います。空見翔の嫁として」
「あははっ―――、冗談、冗談だってばぁ―――!」
「歌織さん」
「うん?」
「あけましておめでとうございます。
今年も一つ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね!
せつらちゃん―――!!」
「ええっ、じゃあ、歌織さん、昔レディースの頭やってたんですかぁ……!?
あ、だから羽織がレディースに入ったって聞いたときに笑ってたんですね……」
「そうなのっ、そうなのよぅ―――!!
もうあの子ったらいつまで経ってもお姉ちゃん子なんだから、
可愛いったらありゃしない」
「そんなに可愛いなら会いに行ってあげればいいのに―――……」
「ぶぅ、いじわるせつらちゃん、可愛くな―――い!!」
「あの、翔さんとは、どうだったんですか?」
「どうって?」
「どうっていうか……、その、どこまでいったのかなーと」
「あは―――、もうせつらちゃんってばムッツリなんだからぁぁ―――!
このえろおっぱい!」
「ちょ―――…… 歌織さん酔いすぎです!!」
「酔ってないてばぁ―――、そうね、なーんにもなかったぁ!」
「え?なんにも、って?」
「だからぁ―――、ホントに何にも無かったんだって。
だって神手黎羅、男御法度だしぃ――――――。
それに、いつきちゃんにばれないようにするの大変だったんだから!!
あれ、なんで、せつらちゃんが泣いてるの…………?」
「だって、だって―――……、、
そんなに好きだったのに、、、なのに……、、なのに、、、、」
「馬鹿ね―――……、、、
同情なんてされたくないし、それに―――……」
「え……? なんですか……、ううっ、」
「なんでもないわよぅ。
泣くくらいならこのお酒を飲みなさいっ!
私のためにっ―――!!」
「ああっ―――!!
そういえば歌織さんに初めてあったとき、急性アルコール中毒にさせられたのを思い出しました…………、、、」
「何言ってるの、あれはあなたが勝手に飲んだんでしょ!
このお馬鹿ちん!」
「あだっ――――――――――――!!!
もぅぅ、歌織さんのデコピン痛すぎなんですけど……。
本気で回避しないと頭が割れそうです;」
「あははっ、じゃあこのお酒飲んだらコツ教えてあげるぅ―――!!」
「飲みます」
(それに―――、貴女に悲しんでもらう資格なんて、
私には無いのよ―――、せつらちゃん……)
第71話:年暮る
終わり