鬼道衆と合流し、初めて引き合わされた時に、梅月は内心驚いた。 何と、神の徴を持つ者の多いことか。 足の動かぬ女、両腕のない男、頭に負わされた傷のために自我を保つことが難しい男。 盲いた女、魂のない男、隻眼の男。 正直なところ、鬼道衆には五体満足でかつ心にも傷を持たぬ者は半分もいない。 だが、彼らの一人一人がとてつもなく強いことを、梅月は感じ取る。 竜閃組に属する身ながら、それとは別に、宿星を見定める者と言う顔を持つ梅月は、傍観者としての目を持つ。 知る必要がないことであれば、梅月は己が見極めたことを誰にも言いはしない。 だから、冷徹に断を下す。 組み合わせもあろうが、竜閃組と鬼道衆一対一の戦いでは、竜閃組の者が後れを取ることが多かろうと思われるほどの力を、鬼道衆は備えている。 鬼、とはよく言ったもの。 神の徴を持つ者は、人の世の理から抜け出ざるを得ない。 人の世の理から外れることで、神の力の一部を借り受ける。 古来、神の力を得た者達は、恐れ敬われると同時に、忌避し迫害される運命にある。 それは彼らが人の世の理を踏み外してしまった存在だからだ。 鬼道衆の面々は、それぞれが鬼神のように強い。 そう、鬼も、神だ。 彼らは神の所有物である徴をその身に刻印されて、代償に鬼神の力を手に入れた。 彼らの力の源は、彼ら自身の意思だ。 まっすぐな、まっすぐすぎる意思。 人は弱い生き物だ。意思も脆く、すぐに惑う。 だが、彼らの意思のつよさは人の枠を超えていた。 その強すぎる意思を保つために、彼らは何かを失わなくてはならなかったのだ。 鬼――神の一部となるために。 そう、自身も神の徴を刻印されている梅月は一目で感じ取ったのだが、他の者達は特に何も感じてはいないようだった。 竜閃組の者は勿論、鬼道衆、彼ら自身さえも。 仕方あるまいとは思う。 梅月のような霊的家系に生まれた者でもなければ、このようなことを耳にすることもあるまい。 彼らの全員が神の器となる素質を持って生まれたことは明らかだが、時代がもっと穏やかな頃ならば、目覚めることなく埋もれていったに違いないのだから。 梅月は憐れを感じる一方で、彼らを妬む。 梅月は、自分の意志も何も関係なく、ただ人ならぬ者として生み出され、それ以外の意味を見出されぬ者だから。 どれほど穏やかな時代に生まれようと、関係ない。 望まぬ力を持って生まれ、その力ゆえに命が削られていく。 一見して梅月に欠けた部分があるとは思えぬはずだ。 梅月に欠けた部分はけして目に見えぬものだ。 この世からはかなくなるその時まで。 自らの命を供物として未来を読み取るその力は、だが、決して梅月が望んだ力ではなかった。 梅月は薄い唇を噛み締める。 だから梅月は彼らを妬む。 自身の意思で、人ならぬ力を引き寄せた彼らを。 そんな梅月の前に現れた一人の男。 彼もまた、神の徴を持つ男であった。 隻腕の男。 奇矯な衣装を身に纏い、一見とても目立つように思えるのに、梅月はずっと見落としていた。 それを不思議に思ったが、すぐに理由に気づく。 彼の気が希薄だったからだ。 その他の鬼道衆の面々は、それぞれが強い陰の気を発していた。 突出して見ることに長けた梅月にとっては、目が眩むほどの昏い光。 例えるなら、黒い太陽がいくつも地にあるようだ。 だが、その隻腕の男は、せいぜい月ほどの陰の気しか纏っていなかった。 濃い陰の気に紛れて、梅月にはその男が見えなかったのだ。 その気だけを考えるなら、とても鬼道衆として、あの強い陰気を発する者の中でやっていけるような力ではなかった。 それに、どうやらこの男は宿星すら持っていない。 あまりに弱い星なので見えないのかとも思ったが、梅月が見ようと思って見えぬ星など存在しない。 ――そんな者が、何故この場にいるのだろう。 不思議に思って見ていると、梅月の視線に気づいたのだろうか、目が、合った。 食ってかかられるかと思ったが、その男は黙って梅月を見ている。 梅月は、一瞬、惑った。 気づいた時にはこの日初めて、鬼道衆であるその男に声をかけていた。 「初めまして」 だが、かけた声は表層こそ取り繕っていたものの、芯は冷たい。 表情は穏やかに微笑んでいるが、その目が笑っていないことに気づく者は少ない。 実家にいる時に身につけた、けして感情を気取られぬ笑みだ。 その男も気づかぬ素振りで、 「ああ」 と、うっそりした声で答えた。 それ以上の応えはない。 誰だと問われることも、自ら名乗ることも。 ただ、不躾にじっと見つめられて、梅月は眉をひそめた。 「僕の顔に何か?」 さすがに梅月の声に滲んだ不快感に気づいたものだろうか、男は軽く目礼して言った。 「あまりに王朝雅な面立ちだったもので、つい見つめてしまった。機会があれば是非中将の像主になってもらいたい」 ぼそぼそと告げられた言葉は、あまりにこの場にそぐわない内容だった。 少なくとも、これから戦いの場に出ようと言う緊張感は感じられない。 「君は一体・・・」 「弥勒万斎」 何の気負いもなく、男は名乗った。 術師に名を取られることになるやもしれぬと言う警戒感すらない。 そんな術師としての初歩の初歩の心構えもないとなれば、術師ではないのだろうか。 とは言え、それなりに鍛えられている体つきに見えるが、かと言って、隻腕の身で、剣士や拳士とはとても思われない。 梅月にとっては何とも得体の知れぬ、菩薩の名があまりにも似合わぬ男は、その手に持っていたズタ袋を無造作に持ち上げながら、続ける。 「ただの面師だ」 その途端、梅月の肌が粟立った。 背中を冷たいものが流れていく。 原因は、弥勒が持ち上げた袋の中身だ。 そこから漂う陰気は、梅月をして顔色なからしめる程だった。 「もしや、君の武器は・・・」 「俺の面には、念がこもる」 と、弥勒はズタ袋をひっくり返した。 ガラガラと音を立てて、面が転がり出て来る。 それらを、弥勒は何事もないかのように腰に括り付けていく。 その面は、今のぞんざいな扱いからは信じられぬほど、見事な面だった。 「ふむ」 梅月は弥勒の面を見る。 手に取らずとも分かる程の存在感。 それらは、凄まじいほどの陰気を放っていた。 梅月ほど敏感な者には、毒となるほどの濃い陰気だ。 これだけの気を発する面を、この気の希薄な男が打ち出したと言うのか。 信じられなかった。 「・・・・・・巫子か」 梅月は、己と同種の力を感じ取る。 自分は言霊と言う形で異形の力を操るが、彼は面で異形の力を使役するのだろう。 表面的には全く違うが、だが、本質は同じだ。 だからこそ、彼の気は希薄なのだ。 何かを受け入れるために、彼は空の器でなければならない。 そうして身の内に凝る気を、面に封じ込めているのだ。 恐らくは、無意識に。 「見事な面だ」 梅月は目を眇めて呟く。 「美しく、妖しく、そして禍々しい」 その刹那、梅月は笑いの気配を感じ取って顔を上げた。 弥勒は戦闘準備を終えていた。 その表情は、それまでと変わらぬ陰鬱なものだったが、梅月は弥勒が笑っていると感じた。 「君は、俺の腕のことを何とも言わないのだな」 「え、あ、ああ、そんなことは大したことではないだろう」 言われてようやく、梅月は弥勒の隻腕を思い出す。 だが、常人ならぬ目を持つ梅月にとって、弥勒の隻腕はさほどの意味は持っていなかった。 宿星を持たず、さほどの気も持たず、そのくせ、一枚一枚が生命を蝕みかねぬほどの濃い陰気を放ち続ける面を持つ、その奇妙な有り様に比べたならば。 しかし、梅月の言葉は聞きようによってはあまりにも無神経に過ぎると詰られても致し方ないとも言えた。 特に幹部達が打ち合わせに余念がなく、誰も聞いていなかったのは幸いであろう。 もっとも、言われた本人にも特に感慨はないようだった。 「面白い、男だ」 うっそりと呟いて、梅月に背を向ける。 そうして、梅月はもう一つ弥勒の奇妙さに気づいた。 「これは失礼、僕が名乗っていなかったね」 自分が名乗ったのなら、まして、龍閃組と鬼道衆の顔合わせのこの場で、相手が名乗らずに平気な顔でいる者など、そうはいまい。 「僕は霞梅月。俳諧師だよ」 その名乗りを聞いているのかいないのか、弥勒は鬼道衆の輪の中にするりと溶け込んで消えた。 |