逸興・梅花雪ノ絵模様 後









 「龍先生」
 目の前で繰り広げられる戦闘に危なげがないことを見て取って、梅月は隣にいた龍斗に声をかけた。
「あ?」
 龍斗は腕組みして正面を見据えたまま、生返事をする。
 龍斗は本来であれば最前線に立つべき男あるが、今日は全体が見渡せる奥の岩場に陣取って、目を配っている。
 今日は龍閃組と鬼道衆の初顔合わせとあって、その二組の適性や相性を見極めることを第一目的としている。
 今まで反目しあっていた二組を一つにまとめる扇の要である龍斗は、自然見極め役を割り当てられ、今日は最後尾にいるのである。
 また、組み合わせの相性と言う意味では融通の利く遠距離攻撃を主体とする梅月や比良坂などは、今日は後方で支援に徹っすることになっている。
 まだそれほど深いところまで潜っていないために、戦闘の開始前に祝福や金剛と言った補助の術をかけてしまうとそれほど危ういことはなく、随分余裕がある。
 回復は、前線に近い中距離系の術師達が対応している。
 血が沸き立つような戦闘の中、場違いと言ってもよいほどに平坦な声が、岩壁に陰々と響く。
「行道、菩薩」
 広がる、癒しの波動。
 梅月は猫のように目を細めて、尋ねた。
「彼は一体どういう来歴の者なんだい?」
「弥勒か?」
 問い返され、梅月は無言でうなずいた。
 ちら、と、龍斗の視線が閃いた。
 まさか龍斗が戦場から一瞬といえども目を離すとは思っていなかった梅月は、少し身構える。
「興味があるのか?」
 問われて、梅月は少し首を傾げて考える素振りを見せた。
「そうだね、興味があるね」
「ほう」
 梅月の言葉に、龍斗が少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「同じ術師としては気にかけざるを得ないよ。彼のような術師は、寡聞にして知らない」
 結局、弥勒と言う男が術師であることは戦闘が始まってすぐに分かった。
 その能力は無論、効果、範囲の上で梅月とは比べるべくもないが、攻撃、状態変化、回復を備えており、中距離系の術師としては、相当優秀な部類に入るだろう。
 しかし、弥勒の術には難しい呪も印も存在しない。
 その術は、ただ面の名を告げ、掲げるだけで発動するのだ。
 確かに名は最も短い呪であるが、秘められた力を駆使するまでになるには、それなりの修練が必要なはずだ。
「一体どこで会得したものだろうか」
 すると、龍斗は面白そうに口元を歪めて、視線を戦場に戻した。
「元は浅草の町人だ」
「町人?」
 聞きとがめて梅月が眉をひそめる。
「面と、内職に簪だの櫛だの作って暮らしを立てていたそうだ」
 龍斗は事実をさらりと告げた。
 だが、それは梅月にとっては到底納得のいく答えであるはずがなく。
「まさか」
 一笑に付す。
「彼は強い宿星を負っている訳でもない。たかが町人風情が全く修練も積まずに、あれほどの力が揮えるものか」
「事実、揮えているんだから仕方あるまい」
 と、嘯く龍斗に、
「そんなでたらめな」
 言霊使いである梅月には、言葉の真偽など確かめなくとも分かる。
 だから、龍斗が本当のことしか言っていないことは分かっている。
 だからこそ、梅月は憤慨する。
 二人といないほど天賦の才に恵まれた梅月でさえ、修練は積んでいるのだ。
 筋が通らない、と、吐き捨てる梅月を、龍斗は笑みを含んだ、あまり品がいいとは言えぬ視線を送る。
「まあ、そういう力があると気づいたのは、利き腕を斬り落とされてかららしいがな」
 龍斗の言葉に嘘はない。
「斬り・・・そんな、利き腕なんて、職人にとっては命と同じじゃないか」
 そう、浮かんだ言葉を口にして、そして、梅月は立ち竦んだ。
 同じ、だ。
 本当に自分と同じなのだと。
 弥勒と、自分。
 徴として命を召し上げられる代わりに、望まぬ力を与えられ。
「だからこそ、鬼になれるんだろうよ」
 龍斗の声に、なるしかなかったのだ、と言う響きを感じる。
「まあ、鬼の中でも弥勒はとびきりの変わり種だがな」
 確かに修行も何もせずに力を得た奴は弥勒ぐらいだ、と、龍斗が呟く。
 しかし、己の思いに捕らわれて凍りついている梅月の耳には入っていない。
 そんな梅月に気がついているのかいないのか、龍斗はいきなり話題を転じた。
「やはり龍閃組と鬼道衆との間での方陣が結構あるようだな」
「・・・あ、ああ、そうだね」
 そこでようやく梅月は我に返った。
 確かに龍斗の言う通り、先程からいくつか初見の方陣技が炸裂している。
 方陣の存在は今後の戦いにかかせないものだろう。
「必要ならば書き留めておくよ」
 と、梅月は袷から懐紙と矢立てを取り出しながら、何とはなしに弥勒に目を向ける。
 弥勒は相変わらず一人で淡々と戦闘をこなしている。
「弥勒は、本当にないのか」
 ふと漏らされる龍斗の呟き。
 梅月は反射的に問い返していた。
「何がだい?」
「鬼道衆の中で、弥勒だけが一つも方陣を持ってない」
 全員試してみたが駄目だった、と、龍斗が告げる。
 それは恐らく希有なことと言っていい。
 龍閃組では、劉だけが見つからなかったが、加わったのが鬼道衆との合流直前とあっては全員との相性を確かめる間もなく、仕方がないと考えられていた。
 しかし、弥勒は随分早い内に加わったのだ。全員と試す猶予もあっただろう。
 そして今、乱戦の中で弥勒も他の面々とすれ違っているが、方陣が発動する気配はなかった。
「あれほどの強者揃いの中で宿星を持たぬ身とあれば、それも致し方のないことかも知れないね」
 梅月は冷たく言い放ったが、
「ここにまだ試してない奴がいるけどな」
 どこか楽しげな声に弾かれたように龍斗を見やると、にやり、と、音がしそうな笑顔に出くわした。
「何が言いたいんだい」
「人嫌いの梅月先生が、さっきから弥勒のことを随分と気にかけているよなぁ」
 まがいようもないほどに皮肉がまぶされた言葉に、梅月は吐き捨てる。
「それは、あんなでたらめな存在、気に障らない訳がないじゃないか」
 しかし、龍斗は一向に取り合う気はないようだった。
「弥勒はあれで、気が向くとよく句を捻ってるんだ」
 梅月にとっては勝手なことをのたまった。
「俺は、弥勒と若先生は気が合うと思うんだよな」
「実に、不本意な言われようだね」
 ついと、梅月はそっぽを向いたが、龍斗は仲間内では誰一人として逆らうことの出来ない最上級の笑みを浮かべて、告げた。
「と言う訳で、弥勒との方陣、試してみろ」
 梅月の意思など軽くうっちゃり投げて、龍斗は顎で弥勒を指し示す。
「この程度の深さの敵なら、若先生でも心配ないだろう。さ、行って来い、丁度大物も出て来たことだ」
 見れば、この階の主らしき、一際大きな妖物が姿を現している。
「冗談じゃない!」
 叫んでみても、武芸者の龍斗に押し出されれば、文弱の貴公子である梅月如きが踏み止まれるものではない。
 蹈鞴を踏んで顔を上げると、すぐ傍らに弥勒がいる。
 だが、気を見る梅月の目には、先程とはまるで別人に見えた。
 今の弥勒は、濃い陰気に満ちていた。
 それは今まさに掲げようとしている崑崙八仙の面が生じている陰気なのか、それとも、弥勒の身の内から放たれているものなのかは、梅月にさえも見分けがつかない。
 その深く暗い闇に、梅月は目を奪われる。
 これだけの闇を、梅月の目すら欺く虚無の中に隠し持っていたなら大したもの。
 しかも、これほど濃い闇を纏いながら、変生もせずに人の器を保ち続けるとは。
 我知らず絶句していた梅月に対し、弥勒は、梅月に対して掲げかけていた面を静かに下ろした。
「君か」
 それだけを言って、何事もなかったかのように梅月に背を向ける。
 その態度に、梅月はかちんと来た。
 元々、ちやほやされることはあっても、隅に置かれたことなどない身の上だ。
 こんな路傍の石のように平然と放り出されたことなどない。
 いくらすでにこの階の主たる妖物が現れているとはいえ、もっと梅月に対して気遣いがあってもいいものではなかろうか。
 それがいかに身勝手な思いであるかなど、梅月は思いも寄らない。
 梅月はそういう生まれ育ちの者なのだ。
 梅月は、薄い唇をきりりと噛んで、そして先に進んだ弥勒を追う。
「待ち・・・」
 訳の分からぬ苛立ちに任せて手を伸ばした刹那。
 ぶわり、と、陰の気が梅月へと流れ込んで来た。
 同時に、自分の陽の気が流れ出して行く。
「・・・っ」
 思いもよらぬ気の交歓に、反射的に梅月は伸ばした手を引き戻す。
 すると、気の流れは止まった。
 しかし、それだけでは終わらない。
 流れ込んで来た陰の気は、梅月の陽の気と交じり合い、そして、陰陽欠けることのない力となった。
 それは、けして不快な力ではない。
 だが、本来有り得ぬことだった。
 梅月は己の気を完璧に制御出来る。
 出来なければ常に暴発の危険を孕み、周囲を、そして自身をも危険に晒すことになる。
 梅月だけではない、どんな術師でもそれは同じだ。
 違和感なく馴染んでしまったと言うことは、弥勒の抱える陰の気が、梅月の陽の気と親和性が高かったことの証に他ならない。
 知らずその親和性の高い気に触れて梅月の気が引き出されたことまでは、理解出来る。
 理解出来ないのは、梅月に向かって気を放出し、そして、梅月の陽の気を受け入れながら、全く無頓着でいる弥勒だ。
 戦闘に必要だから、梅月の気を引き出したのではないのか。
 戦う仲間達の様子を見ているようにも、ただ、その場に立ち尽くしているだけのようにも見える弥勒の背中は、少なくとも梅月の陽気を得た力を揮おうとしていないことだけは確かだ。
 そうして、初めて言葉を交わした時の、ひどく気の希薄な姿を思い出し、梅月は一つの可能性に気づく。
「まさか、自分の気を御することが出来ないのか」
 それは、生粋の術師である梅月にしてみれば恐ろしいことだったが、龍斗の言葉を思い出して、恐らく正解なのだろうと納得する。
 『力』というものは、修練もせずに意のままに出来るほど生易しいものではないのだ。
 それは、術師も武芸者も変わりない。
 その当たり前の過程を踏んでいない弥勒は、ある意味で最も危険な人物なのかもしれない。
 思わず額に手を当てて溜め息を吐く。
「何て、でたらめな」
 安定しているように見えたが、実際は、いつ自分自身に牙を剥くか分からぬ諸刃の剣を、それと知らずに揮っていたと言うことだ。
 だから、平然と異質な気を取り込むことも出来たのだろう。
 梅月には恐ろしくてとても出来ないことだ。
 たまたま梅月と弥勒の気は親和性が高かったからよかったものの、反発しあう相性であったら、内側から弥勒自身を痛めつける事態も有り得たと言うことだ。
 それとも、この男はいかなる気も飲み込み納めてしまうのか――
 梅月は額に当てていた手を下ろし、きっと弥勒の薄い背を睨み据えた。
「弥勒!」
 その名を呼んで、常ならぬ荒々しい足取りで追いかける。
「僕は龍先生に君との方陣技を試せと言われて来たんだ」
 弥勒が肩越しに振り向く。
 視線があったその刹那、先程とは比べ物にならない勢いで気が渦巻き、交じり合う。
 意識を強く持っていなければ足元からさらわれてしまいそうな気の奔流の中心で、弥勒は何事も起こっていないような素振りで微かに眉をひそめた。
「龍さんが・・・?」
 それから、うっそりと呟いた。
「仕方のない人だ・・・今更一人ぐらい方陣技がない者がいても、大勢には違いはあるまいに。無駄足を踏ませてすまない」
 最後の言葉に、梅月は耳を疑う。
「待ちたまえ、まさか、この状態に気づかないのかい?」
「何をだ?」
 弥勒の表情はいささかも変わらない。
「・・・これほどの気の奔流にも気づけないとは、恐れ入るよ」
 思わず嫌味が零れ出たが、内心には幾ばくかのうらやみもある。
 どれほど我が身を厭うても、生粋の術師である梅月には、気の相乗効果をもたらせる存在を無視は出来ない。
 そして、梅月とひけを取らぬほどの『場』を身の内に持ち、事実、その『場』によって力を得た者も。
 なのに、当の本人は、『場』にも『力』にも全く価値を見出していないのだ。
 梅月は眩暈を覚えた。
 まともな術師であれば、力を得られるその『場』を、喉から手が出るほど欲しがるだろう。
 そして、上位の術師であれば、その『場』を利用して力を得られるだろう。
 弥勒の意思など押し潰して。
 いくら天性の才があろうとも、特別に気を使う様子のない弥勒は、梅月に言わせれば術に対して全く無防備と言っていい。
 何しろ簡単に名乗ってしまうぐらいだ。
 梅月は我知らず身震いをした。
 弥勒自身にとって、鬼を名乗りながらも非道に徹しきれなかった鬼道衆に拾われたことは、僥倖と言わざるを得まい。
 そんな梅月の思いなど知らぬげに、弥勒はすらりとのたまう。
「俺はただの面師だ」
「とても『ただの』とは言いかねると思うがね」
 言下に応じると、弥勒はほんのわずかに顔をしかめたようだった。
「桔梗や骨董屋と同じことを言う」
 土御門の陰陽術を使う女と、通じているだけなら古今東西の業を知るだろう男の名を挙げられて、梅月はさもあらんとうなずく。
 彼らに同情したいほどだ。
 だが、今は無為に過ごすべき時ではない。
「いろいろと言いたいことはあるが、龍先生の目は確かだったね。僕と君ならば方陣を組めるのは間違いない。さっさと片付けようじゃないか」
「分かるのか」
「僕には分からない君の方が不思議だよ」
 そう言って、梅月は弥勒の腕を掴んで最前線へと歩を進める。
「すまないが、それは、僕達に譲ってもらえないかな」
 この階の主を取り囲む仲間達の背に、梅月はいっそ気が抜けるほど穏やかな声音で声をかけた。
「なんだい、先生。前線はあんたみたいな人が来るところじゃないぜ」
 肩越しに振り返る蓬莱寺の揶揄に、梅月は小さく頷いた。
「僕もそう思うけれどね、龍先生が彼との方陣を試してこいと言うものだから」
「あ? ひーちゃんが? そいつと?」
 蓬莱寺は胡散くさげな視線を、梅月と弥勒に向けた。
 梅月や弥勒と、蓬莱寺は正反対の気性と言ってもいい。
 いまだ馴染みかねているのは仕方のないことだ。
 だが、けして物分かりの悪い男ではない。
「・・・確かに、方陣はかませそうだな」
 吹き荒れる気を感じ取ったのか、蓬莱寺は懐に手を納めて素直に道を開けた。
「すまないね。もしも僕らの方陣で仕留めきれなかった時は、君が仕留めてくれ」
「はっ、あんたのおこぼれに預かるなんざ、御免だな」
 さっさと片づけやがれ、と、憎まれ口を叩く蓬莱寺を気にも留めず、梅月は弥勒へ告げる。
「君も句を吟じるそうだね」
「・・・それも龍さんか」
 弥勒が微かに目を眇めた。
 あまりいい感情を抱いていないことは感じられたが、梅月は知らぬげに告げる。
「君が発句しておくれ。僕が受けるから」
 そうして梅月はどこか底冷えのする笑みを浮かべた。
「力の使い方と言うものを見せてあげよう」
「いらぬ世話だ」
 不本意そうな弥勒の語尾に、端で見ていた蓬莱寺の声がかかる。
「いい加減にしろよ、若先生!」
 見れば、この階の主が獲物と見たか梅月達へ突っかかって来るところだった。
「何でもいい、早く!」
 何か考える素振りの弥勒だったが、梅月に急かされて、ようよう呟いた。
「・・・・・・・・・せせらぎが、面流るる」
 弥勒の放った言霊に導かれて、膨大な陰の気が梅月の中に流れ込んでくる。
 まるで、澄んだ湖のようだと感じる。
 澄み過ぎて、魚一匹生きていくことすら拒絶する、冷たい水だ。
 心に浮かび上がるままに、下句を発する。
「梅花かな」
 梅月は、受け入れた膨大な陰気と見合うだけの自らの陽気を練り上げ、言霊を解放する。
「逸興・梅花雪ノ絵模様!」
 その刹那、梅月からこの階の主へと白銀の閃光が奔る。
 白銀の光が消えた後には、氷の彫像が現れた。
 しかし、すぐにぴしりとひび割れる音がする。
 音だけではなく、氷像に縦横無尽にひび割れが走る様が見て取れた。
「ああ、きれいだね」
 梅月が微笑む。
 優雅に、残酷に。
 その刹那、氷の彫像はひび割れに沿って砕け散った。
 きらきらと光りながら飛び散っていく氷の破片は、まるで白梅の花びらが風に舞っているようにも見える。
 いっそ風雅と言っていい風景であった。
 修羅場には、あまりにも似つかわしくなかったが。
 思わず一同、呆気に取られていたが、例外もいる。
「やはり俺の目に間違いはないな」
「龍先生、これで満足かい?」
 梅月は、背後に立つ龍斗を仰ぎ見て、切り口上を叩きつけた。
「上出来だ」
 いつの間にか奥の岩場からすぐ近くまで来ていた龍斗は、蛙の面に何とやら、梅月の不穏な気配にも、にやりと笑って応じただけだった。
「これからは前線に出られるように、若先生も体鍛えてもらわなきゃな」
「人にはそれぞれ役割と言うものがある。前線に立つのは僕の役割ではないよ」
 ある意味、死合いよりも性質が悪い嫌味の応酬に、周囲は先程とは別の意味で呆気に取られている。
 一方の当事者である弥勒だけが、いつもの鉄面皮のまま立ち尽くしている。
 二人のやり取りを耳に入れているのかさえ怪しいほどの無表情だ。
 延々続くかと思われた口論は、龍斗が先手を取った。
「まあ、新しい方陣も随分見つかって収穫は充分にあった。今日のところはこの辺にするか」
 と、龍斗は一方的に話を打ち切って、何事もなかったかのように地上への階段を昇り始めたのだ。
 梅月は思いきり眉を顰めた。
 当代きっての言霊使いでありながら、言葉のやり取りですら龍斗に主導権を握られるとは、さすがは黄龍の器と言うべきなのか。
 だが、すぐに苦笑が漏れる。
 本来傍観者であるべき星見の自分が、物事の中心に身を置くなどと言う無分別な行動を取らされてしまったこと自体、すでに否応なく龍斗の掌の上だとは分かっているのだ。
 それでもどこか悔しい気持ちが残ることも否めない。
 だが、まるで人形のようだった自分へ、そんな人並みの生々しい感情を梅月に教えてくれたのもまた、龍斗であったのだ。
 そんなことをつらつら考えていると、苛立った蓬莱寺の声が飛んで来た。
「おい、若先生、早くしろよ」
 龍斗の姿はとうに見えず、殿を務める蓬莱寺と九桐以外の仲間達の大半ももう地上に戻っているようだ。
 気づけば、弥勒の姿もない。
 梅月は再び苦笑して、地上への階段へ足を進めた。





 地上に戻ると、既に黄昏時だった。
 皆は三々五々、帰途につく者もあり、意気投合した者同士語り合うなり、それぞれのようだ。
 梅月は、迷わず一人の姿を探す。
 ようやく探し当てた時には、弥勒は最初に顔を合わせた時と同じように左手にズタ袋を提げて、薄闇の中に消えようとしていた。
 その後姿は、最初に見た時と同じく、信じられないほど気配が希薄だ。
 闇の中に紛れ込んでしまえば、もう見つけることは叶わぬだろうほどに。
 戦場で面を掲げていた弥勒とは、とても同一人物には思えない。
 梅月は思わずその名を呼んでいた。
「弥勒」
 だが、弥勒は振り返らない。
 梅月は足早に追いかけながら、もう一度名を呼んだ。
 その名と共に、彼自身を手元に引き寄せるつもりで。
「弥勒!」
 今度こそ弥勒は足を止め、ゆるりと振り返った。
 梅月の口元がわずかに歪む。
 名を手に入れてしまえば、言霊使いである梅月の思い通りに出来ぬことなどほとんどない。
 思い通りにならぬのは、龍斗ぐらいだ。
 追いついた梅月は、言葉を知らぬかのように黙っている弥勒へ、言った。
「これから馴染みの料亭に行こうと思う。弥勒も一緒に行かないかい?」
 口調は質問だが、こめる思いは命令だ。
 しかし、弥勒は言下に答えた。
「遠慮しておく」
 それは梅月が考えもしなかった答えだった。
 驚きのあまり、二の句をつげられずにいる梅月へ、弥勒は踵を返した。
「失礼」
 短く告げて、弥勒は二度と振り返ることもなく薄闇の中に消えて行く。
 言霊と言う翼をもぎ取られた梅月は、ただその背を見送ることしか、出来なかった。







前編





ようやく後編をお届けします。
前をリアルタイムで見てくださった方には、本当に申し訳ありませんでした。
しかも、予想通りとは言え、量のバランスが悪すぎでもう、本当にすみません。

邪編に入るまで方陣技がないキャラは、弥勒と劉しかいないって気がついたのがこの話の最初の出だしだったような・・・。
弥勒には後、里見八方陣がありますが、あっちに気がつくよりも梅花の方が見つけるのは人数が少ない分早いだろうと思って、そういう設定になっております。
梅ちゃん絡みの方陣技の中では唯一のオリジナルの句ですが、あの、言ってもよいですか? かなりHEBOですよね。てか、符呪封録の句会で入力してみたんですけど、梅ちゃん鼻で笑って「風流人には程遠い」とか言って、クズ符もくれなかったんですけど、これあんた達の合作でしょ!? と、叫びたくなったことは口が裂けてるから言っておきます。HEBOであることは梅ちゃん自身のお墨付きの句のようです。
いえ、本当は盗作はよせ、と、言いたいのでしょうが。でもね。
ちなみに、梅ちゃんの方陣に出てくる和歌は、真那ちゃんとのは『源氏物語』ですね。紫の上計画ですか、やっぱり。

横道にそれてしまいました。
えと、この話の中で一ヶ所、思いっきり嘘書きました。
梅ちゃんが「発句して」と言っていますが、本来、発句と言ったら和歌の五・七・五の部分のことを言います。下句が七・七の部分。
転じて五・七・五で成り立つ俳句を発句と言うそうです。
だから、「発句しろ」と言ってしまうと「俳句を読め」と言っているのと同じことになってしまうので、あの言い方は間違いです。
でも、どう表現するのが正しいのかまでは分からなかったので、雰囲気優先で使ってしまいました。すみません。
正しい表現が分かりましたら訂正させていただきます。

何はともあれ、この話で不足していた伏線(どうしようもなくオリジナルですが)が引けましたので、『執着』の書き直しに手をつけようかな、と、思っています。
よろしかったらお付き合いくださいませ。

それではここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
夕日(2004.06.04)




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