「レ、レモンすか? ブラックじゃ駄目なんすか」
神谷が、真面目に応じた。
すると、
「いえ、ホットレモンコーヒーは当店のおすすめとなってますので、ブラックはちょっと」
久保も平然と答える。神谷が懇願する。
「せめてミルクに」
「当店のおすすめなんで、できればレモンでお願いしたいんですが」
「なーんて、シュチュエーションギャグやってどうするよ」
更に大真面目に答えた久の頭の位置を、神谷の拳が通り過ぎる。久保は器用にティーカップを持ったまま、首だけ曲げて拳を避けた。
そのまま、久保と神谷はゲラゲラ笑い出す。
涙まで流して笑う二人を前に赤堀は、いつもの笑っているような表情のまま、窓越しに通りを眺めて呟いた。
「いやあ、そろそろ本格的に冬だねえ」
「強…俺だけ置いて行くな…」
コーヒーカップをつかんだ大塚は、こめかみの辺りをピクピクさせている。
「ああ、あの女の子達、久保を見てるよ。まさか久保がこんな漫才やってるとは思いも寄らないんだろうけどねえ」
「神谷だってな、黙ってさえいりゃあ、久保ほどじゃねえけどまあまあなのにな」
大塚は、残っていたコーヒーを一気に飲み干して答える。
カップをソーサーに戻してもまだ、久保と神谷はバカ笑いしている。
大塚と赤堀は視線だけを合わせて、溜息をついた。
夕日(2011.01.29再)