見えないオシャレ(はあと)・3
「ねえねえ、実花ちゃん」
ポンと肩を叩かれ、実花は顔を上げた。
そこには、多分クラスメイトだったと思う少女が、愛想笑いを浮かべて立っていた。
実花は、またかと思う。
入学してからまだ一週間も経たないが、こうやって声をかけられた回数は、もう両手の指では足りない。
彼女らの目的は一つである。勿論、実花自身に興味がある訳ではない。
「実花ちゃんのお兄さんてぇ、もしかして、あの、神谷先輩?」
やっぱりね、と、思いつつ、実花は表情を変えずにうなずく。
「そうよ」
「あ、やっぱりそうなのぉ。もしかしたらと思ってたんだけどぉ」
相手は目を爛々と輝かせて食いついてくる。
「すっごいうらやましー。あんなかっこいいお兄さんなんてー。あたしもああいうかっこいいお兄さん欲しー」
入学以来、何度同じことを言われたかしれない。
あわよくば、実花を介してお近付きになろうと言う気配も露な相手と会話をするのは、正直苦痛だった。
しかも、相手が本丸の実態を全く知らないので、なおさら。
「そんな、いいもんじゃないわ」
実花は努めて平静を装って言った。
「サッカーしか能がないし」
だが、その厳しい口振りを相手は誤解した。
「またまたー。身近にあんなかっこいいお兄さんがいるから、理想が高くなりすぎてるのよ」
「そんなんじゃないのよ」
これ以上はどう言ったところで無駄だと経験上身に染みているので、実花は会話を打ち切るために、席を立った。
「理想が高いなんて…あたしはめちゃめちゃ理想は低いわよっ」
歩きながら、実花は吐き捨てるように呟いた。
「別に、ハンサムでなくても、頭よくなくても、背が高くなくても全然いいから、まともなお兄ちゃんが欲しいだけなのよっ」
その呟きは、幸いにも誰の耳にも届かなかった。
が、届いたとしても、誰にもその意味は分からなかっただろう。
――全くもって、知らぬが仏である。