ココハドコ、ワタシハダレ?






 帝光対掛川の手に汗握る決勝戦を観戦したヴィリーと東の二人は、最終間近の通勤快特に飛び乗った。
 この通勤快特は高崎までほとんど止まらないためとても早いのだが、既に乗った時間が時間である。
「コノ電車ハ、前橋マデ行けるノカ?」
 ヴィリーの問いに、東は腕時計を確認して答えた。
「んー、この電車は前橋には回らないんべ。高崎に着いたら両毛線はとっくに終わってっから、高崎まで迎えに来てくれって、もう親に電話してあるんで大丈夫」
 タクシーなんか使える金持ってねえし、と、東は言う。高校生の身分なのだから当たり前の話だ。
 それでヴィリーは、電車に乗る前に東がどこに電話をかけていたのか知る。
「すまないナ。私ノわがままニ付き合わせテしまっテ」
「いい、いい、俺もテレビより生で見たかったし、あんなすごい試合を生で見れてすっげぇよかったべ」
 そう言いながら、東は小さなあくびをした。
「ユーゴ、眠いノカ?」
「あ、ああ、今日の試合は、何か自分が試合してるより力入って、肩凝ったべ」
 と、ヴィリーの問いに東は少し照れくさそうに笑った。
「確かニ、疲れタカモ知れナイ」
 ヴィリーもうなずく。
「試合ノ疲れモあるノダろうガ…」
「ま、こんな時間だしな」
 東の腕時計は夜の10時を指している。寮で嫌がおうにも規則正しい生活を強いられてる彼らにとっては、充分遅い時間だ。
 その上に、電車の心地よい振動が加わるとなれば、鬼も眠る。
 電車が駅を出てからほどなくして、ヴィリーと東は互いに寄りかかりながら寝入ってしまった。
 大男二人が寄り添いあって寝ている姿はある意味かわいらしい光景である。
 しかし、この幸せな眠りが、その後の悲劇を招こうとは、惰眠を貪る二人は知る由もなかった。










 「ん…」
 先に眠りから覚めたのは、窓際に座っていたヴィリーだった。
 肩に重みを感じてそちらを見ると、東がヴィリーの肩を枕にして眠っていた。
 東を起こさないようにヴィリーはそっと首だけを曲げて東とは反対側の車窓を見やる。ヴィリーは窓側から伝わる冷気で目が覚めたのだ。
 最初は、まだ少し寝ぼけ眼であったが、すぐにヴィリーは碧眼を見開き、ギョッとした顔つきになった。
 窓の外は、暗闇の中変わらない山の風景が流れていっているように見える。
 だがしかし、ある景色を見慣れた人間には、見慣れていない人間にはどこも変わらないように見える緑も、見覚えのある緑か、そうでない緑か、見分けがつくのだ。
 そして今、車窓の向こうを流れて行く緑は、ヴィリーには見覚えのない緑だった。練習試合などでそれなりに電車の移動をこなしていたため、ヴィリーも高崎から南の風景にはうっすらと覚えがあるのだ。
 慌ててヴィリーが周囲を見回すと、乗車した時には結構いたはずの乗客は、自分達以外はほとんどいなくなっている。
 その動きが伝わったのか、東が目をこすりながら顔を上げた。
「どした? ヴィリー」
「ユーゴ、ココハドコダ?」
「どこって、高崎行きの電車の中だべ…」
 東の答えは至極当然であったが、
「ソウでハナク、コノ電車ハ今ドコヲ走ってイルノダ!?」
 ヴィリーの質問ももっともだった。
「どこって、……どこ?」
 そこでようやく、東もヴィリーの必死の問いかけの意味を理解した。
 窓の外の緑を見つめ、小さな声で呟く。
「……俺もこんなとこ来たことないべ」
「エエッ」
 めったに見せない東の困惑の表情に、ヴィリーは思わず大きな声を上げ、仮眠を取っていた周囲の乗客の何人かに非難の視線を浴びせられた。
 思わず手で口を塞いだヴィリーの前で、東は腕時計を確認する。
 その時間は。
「1時…」
 高崎停車予定時刻は、少なくとも日付変更線を越える前だったはずだ。
「俺、ちょっと車掌さんに聞いてくる」
 さすがに慌てた東が席を立つ。
「ア、私モ」
 ヴィリーは一人にされるのがイヤで、東の後を追う。
 実際、それは賢明な判断だと言える。ヴィリーの片言の日本語では、一人でいる時に酔客などに絡まれたら目も当てられない。
 遠い異国でこんな非常事態に陥ってしまったら、東にすがり付くしかない。
 そして。
「あのー、すみません、今どこを走ってるんでしょう?」
 と言う間抜けな問いを、東は発する羽目になった。
 その後ろで、顔に『不安です』と書いて心細げにたたずむ金髪碧眼のかっこいいお兄さんの姿は、サッカーをしているヴィリーを知っている者なら、涙を誘われかねない様子であった。
 しかし、恰幅のいい人のよさげな車掌さんは、特に変わった様子も見せず、尋ね返してきた。
「君達ははどこで降りるはずだったの?」
「高崎なんですけど…」
「ああ、そりゃ大分前に通り越しちゃったねえ。もう新潟県に入ったよ」
「新潟県!?」
 実は二人とも知らなかったことだが、深夜の通勤快特はそのまま夜行電車になって、新潟方面に向かうのだ。
「あのぅ、次はどこに止まりますか?」
「次は直江津だね。朝まで止まらないよ」
 さすがの東が絶句した。無論、ヴィリーは最初から語るべき言葉を持っていない。
「ところで、君達は高崎で降りる予定だったんだろう?」
「はい、そうですけど…」
「じゃあ、乗り越し清算してもらわないとね」
 笑顔で告げられて、東は恐る恐る尋ねた。
「あの…いくらになりますか?」
 告げられた値段は高校生の懐にはかなり痛い金額で、東もぎゃあ、と、心の中で叫んだに違いない。ヴィリーなど蒼白だ。慌てて二人とも財布の中身を確認する。
「ヴィリー、自分の分出せんべか?」
「ナ、ナントカ…」
「お年玉、余分に持ってきといてよかったべ…」
 東も深い溜め息をつく。
 ヴィリーは本来日本での滞在費としてかなりの金額を日本に持ってきているのだが、当然普段から大金を持ち歩くはずもない。
 この日は仮にも東京へ観戦に行くと言うことで、いつも寄りは余分に持っていたのが功を奏した。
 キセル乗車にならなくて幸いである。



 二人は乗り越し分の乗車料金を払い、席に戻った。
 余分に持ってきていたとは言え、乗り越し分を払ってしまった懐は非常に心もとない。
「駅に着いたらどっかで金おろさねえとな。直江津には群銀はねえべなぁ」
「ト言うコトハ、迎えニ来てもらわないトイケナイノカ? 直江津マデ…」
 東はまだしも、ヴィリーには迎えに来てくれる肉親などいない。迎えに来てもらうなら東の家の車に同乗させてもらうしかないが、身の置き所がないとはこのことだ。
 何しろ迎えに来てもらうのは高崎ではなく、新潟県だ。
 物事には限度と言うものがある。いくら車社会とは言え、ちょっと迎えに、と言う距離ではない。
「ん、大丈夫。俺、郵便貯金の口座も持ってるから。郵便局なら直江津にもあるんべ」
 群馬県民である東のメインバンクは当然群馬銀行なのだが、東は、日本全国どこにでもあるから、と言う理由で、郵便貯金にも口座を開設していたのだ。
 高校生とは思えない用意周到さだが、今回はそのおかげで命拾いをしたようだ。
「スマナイ、寮ニ帰るマデ貸しテクレナイカ…?」
「ああ、それは勿論。心配すんなって」
 と、東はドンとヴィリーの背中を叩き、そして、
「と言うことで」
 席に残しておいたベンチコートを取り上げ、肩まで引き上げる。
「どうせ直江津まで止まんねえんだし、寝るべ」
 と、目を閉じてしまう。
「エッ」
「どうにもできねえんだから、ヴィリーも寝とけ?」
 隣で慌てるヴィリーには構わず、程なくして東から規則正しい寝息が聞こえてきた。
 さすが東と言うべきか豪気である。
 しかしヴィリーは、
「…眠れナイ…」
 まんじりともせず、話し相手もなく。
 ただ暗い車窓を眺め、夜明けを待ったのだった。







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