そして翌朝。
 早朝の冷たい空気の中、直江津に降り立ったのは東とヴィリーの二人だけだった。
「とりあえず、寮と親に電話入れとくか」
 と、東は駅前の電話ボックスに入って、まず寮に電話をかけた。
 体育会系の部員が暮らす寮の朝は早い。
 この時間でも起きている人間はかなりいると思われた。
『もしもし、前工学生寮です』
「あ、嶋? よかった、起きてたんか、俺、俺」
 いっそ呑気なほどの東の言葉に、少し離れていたヴィリーにまで聞こえるほどの怒声が帰ってきた。
『俺、じゃねぇーーっっ。東、お前今どこにいんだよ!!』
 思わず受話器を離して耳を押さえた東が、少しの間を置いて答えた。
「電話でそんな大声出すもんじゃねえべ」
『誰のせいだ、誰のっ。こっちはお前ら帰ってこねえし、連絡もねえし、みんな心配して徹夜だべ!』
「いつもそんなに心配してくんねえくせに…」
『東一人なら心配なんかしねえべ』
 お前はどんなことしたって思うようにすんだからよ、と、嶋は言う。
『日本に慣れてねえヴィリーが心配なんだべ。一緒にヴィリーもいんだな? どっかに捨ててきてたりしてねえべな』
「捨てるって、んな人聞きの悪ぃ。ちゃんといんべよ」
『ヴィリー! 無事か!?』
 また遠慮なしに受話器の向こうで怒鳴られて、東は受話器を離すついでにヴィリーに差し出した。
「ヴィリー、声聞かせてやってくんね? そうしねえと嶋、俺のこと信用しねえんべ」
「そんなコトハ…」
 東はサッカー部内では全幅の信頼を受けるキャプテンである。
 信用されていない、の、意味が分からないままに、ヴィリーは受話器を受け取った。
「ア、嶋、私ダ」
『ヴィリーッッ、無事か! よかった!』
 まるで誘拐されたかのごとき騒ぎである。
 確かに、あまり無事とは言えないが。
「アア、何トカ」
 今の状況で何を話してよいのか分からず、ヴィリーは困ってしまう。
 そんなヴィリーの心情を察したのか、東が横から受話器を奪い取り、
「ということでこれからなんだけど」
 と。また話し出した。
「これから観光して帰るから」
「…ハ?」
 思わず隣にいたヴィリーが、首を傾げてしまう。
『バカッ、とっとと帰ってこ!!』
「だって、まだ郵便局が開くまで時間あるし、どのみちまっすぐ帰ったって遅くなんのはかわんねーし、だったらどうせ二度と来ないだろうから、日本海の海の幸でも食ってから帰るわ」
『コラッ、東ーーっっ』
「あ、電話切れんべ。じゃあなー」
 ガチャ。
 嶋の絶叫も何のその、東は何事もなかったかのように受話器を置いた。
「ユ、ユーゴ?」
「あ、悪ぃ、ちょっと待っててくれっか? 一応実家にも電話かけっから」
 と、もう一度、東は公衆電話から電話をかける。
 今度はさっきよりもずっと簡単に済んだ。
 昨夜通勤快特で高崎を乗り過ごしてしまったこと、今直江津にいること、まっすぐ寮に戻ることを告げて、それで終わりだ。
 この子にしてこの親あり、もしくは、子供の性格に親が諦めてしまったかの、どちらかであろう。
「じゃあ、とりあえず郵便局でも探すべか」
 必要な連絡を終えて、東は足元に置いていた荷物を取って歩き出す。
「街はどっちの方だべな?」
「あの、ユーゴ…イイノカ?」
「え、何が?」
 思わず立ち尽くしてしまったヴィリーに、東は全く分からないといった表情で首を傾げる。
「ダッテ嶋、スゴク怒ってイタゾ」
「ああ」
 言われてようやく得心がいった顔をして、東は真顔で答えた。
「だって、まっすぐ帰ったって嶋は怒るし、さすがに今回は監督も怒るべ。だったら観光でもしてから帰んねえと損だべ」
 そして何事でもないかのように、さ、行くべ、と、言われて。
「ソウイウ問題ナノカ…?」
 思わず、ヴィリーは呟いた。










 サッカー部で全幅の信頼を受けるキャプテン。
 それはサッカー関係のみにおいての話であることを、ヴィリーはこの時初めて気がついたのだ。








夕日(2005.09.27再)






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