出没注意
ピンボンパンポーン。
授業中に時ならぬ校内放送のチャイムが鳴った。
元々静かだった教室内がしわぶきの一つも躊躇われるような静寂に支配される。
『えー』
流れてきたのは授業を担当していない教頭の声だ。
『先程、人家の軒先で熊が目撃されたと言う情報が入ってきました。猟友会が捕獲に向かっていますので、危険ですから生徒の皆さんは昼休みに校庭に出ないようにしてください。繰り返します――』
その途端、教室内がざわめき出す。
呆然とするヴィリーの前で嶋が、椅子の上で両腕を上げた。
「えー、つっまんねえべ、昼休みサッカーやろうと思ってたんによー」
また、ヴィリーの隣の東も、うなずく。
「早く捕まんねえかな。じゃないと部活も中止になっちまうべ」
その他の反応も嶋と東と大して違わない。
熊が出たと言う話に驚く者はほとんどおらず、それによって制限を受けることばかりを嘆いている。
ただ一人、ヴィリーを除いて。
「・・・アノ」
オドオドと、東に尋ねる。
「何?」
「何カ皆驚いてハいないヨウダガ、よくアルことナノカ?」
「よくはないべ、熊が里まで降りてくるなんて」
答えたのは、嶋である。
「さすがにそこまで田舎じゃねえべ」
「ジャ、何デ皆そんなニ驚イテいないンダ?」
「んー、でも、3年に一回ぐらいはあるかんなー」
と、東は何でもないかのように言った。
「そだな、この前は中二ん時だったべか?」
「確かそれぐらいだったと思うんべ」
「今年は寒いかんな、山に餌がなくなって迷い出ちまったんだべな」
「熊もかわいそうだな」
「なあ」
と、東と嶋はまるで何事でもないかのように会話しているが、ヴィリーは固まっている。
「普通、3年ニ一回モないト思うノダガ・・・」
「しょうがないべ、山が近いからよ」
何とか絞り出した言葉に、嶋はこともなげに答える。
「それでも俺らが子供ん時よりは大分減ったんだべ」
「昔ハモットあったノカ、そんなことガ」
「だって、昔は山道走ってた農協の軽トラが、野生の猿だの狸だの兎だの鹿だの熊だのはねたって話聞いたよな」
「うん、それで仕方ないから皆鍋にしたって」
「熊鍋ってやっぱ肉が固いって聞いたべ」
「それにやっぱ臭いんだと」
と、あくまでズレた会話を交わす二人に、ヴィリーの気持ちは分かろうはずもなかった。