忘れ得ぬ郷土の味 其の四






 「すまなカッタナ、付き合わセテしマッテ」
 選手権の決勝戦の後の帰りの電車の中で、ヴィリーは隣に座る東に向かって言った。
 チームは準決勝で敗れた時点で宿を引き上げている。
 しかし、ヴィリーがどうしても決勝戦はテレビではなく生で見たいと言い張り、かと言って、ヴィリーに東京の地理が分かるはずもなく、ガイド兼お目付け役として東も残ったのだ。
 無論、お目付け役の方がウェイトが重いのは誰の目にも明らかであったが。
 例え金髪碧眼の長身の美形と言う昔話に出てくる白馬の王子様もかくやの容姿であっても、中身は熱血暴走ダンプカーなのだと短期間に悟った前工イレブンである。
 その上言葉も少々怪しいのだ。とてもではないが、手綱をつけずに野に放てるものではない。
 そんなヴィリーのお目付け役にはいつもの通り、いつも優しげな笑みを絶やさないのに部内で恐れられまくっている東と、前工サッカー部の自称生活部長、嶋が名乗り出たのだが、結局東一人が残ることとなった。
 その時の様子を思い出すと、ヴィリーは少し不思議な感じがする。
 いつもなら、東と仕切り屋の嶋が言ったことにはまず反対意見など出ないのだ。
 実際、彼ら二人はそう間違ったことを言うことはなかったし、特にヴィリーに関しては、二人がいつもくっついて世話を焼いていることに、誰一人としてとやかく言うものなどなかった。
 にも関わらず、今回だけは、当たり前のように東が、
「じゃあ、俺も行くべ」
 と、言った直後に嶋が、
「俺も!」
 と、無駄に元気よく手を挙げたところ、その他の部員が一斉にジロリと嶋を睨んだのだ。
 誰も何も言わなかったが、それだけにその視線の圧力は生半なものではなく、あの嶋が、
「……あの、やっぱ俺、遠慮しとくんべ……」
 と、そろそろと手を下げながら小さな声で言い出したので、ヴィリーは本当に驚いたのだ。
「ドウシタ、嶋?」
 思わず尋ねてしまったヴィリーに、
「いや、気にすんじゃねえべ。ヴィリー、俺の分まで楽しんでくんべな」
 嶋が弱々しく首を横に振り、俯いたまま震える声で答えた。
 そんな今にも泣き出しそうなほどしおらしい嶋をなどヴィリーは準決で掛川に敗退した時ぐらいしか見たことがなかったので、本当に心配になってしまったものだ。
 そんなことをつらつらと思い出しているヴィリーに、東が答えた。
「いや、あんなすげえ試合を生で見れて、本当にラッキーだったんべ」
 言われてまた蘇る、帝光と掛川の死闘。
 ヨシハルはこんなに凄いチームを残していったのかと、しかしヨシハルが生きてこのチームの中で戦っていたら、と思うと、ヴィリーの胸は熱くなる。
「ヴィリーが見に行くって言わなきゃ、俺もテレビ観戦だったんべ。ありがとな、ヴィリー」
「イヤ、そんナ私ハ別ニ……」
 思いも寄らぬところで礼など言われて、思わず照れるヴィリーに、東は極上の笑みを浮かべて言った。
「うん、あんなすげえ試合を見れて、その上アレも逃げられたんだ、言うことねえべ」
 しかしそれは失言だったのだろう。
「アレ?」
 と、話が見えなかったヴィリーが不思議そうに聞き返すと、東の表情を狼狽の色が掠める。
 実に珍しいことだ。
「い、いや、何でもねえべ」
 と、いかにも何かありそうな口調で否定し、すぐにいつもの笑顔に戻って東が言う。
「それにしても掛川はすごかったべ。なあ、ヴィリー」
 そう話を振られてしまえば、ヴィリーはあっさりとまだ久保がドイツに住んでいた頃まで溯って、一人回想にふけってしまう。
 その隣で、こっそり東が胸を撫で下ろしていることなど、気が付くはずもなかった。







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