君は何をやり遂げるため生まれてきたのか
それぞれの想いを胸に擦れ違う言葉
嵐の予感
「…是非、斉木選手にはウチに来ていただきたい」
「はあ…」
延々と語られたのは、あくまで漠然とした理想論だった。
その未来図には、斉木が加入したことによる影響、もしくは、斉木をチームの中でどのように位置付けて考えているか、と言う具体的な内容は、何も含まれていなかった。
一回目の接触で、そこまで提示する球団は滅多にないのかもしれないが、それでも。
片鱗なりとも感じられない。
ゆえに、いくら熱っぽい口調で語られ、そして自己評価からすれば破格の契約金を提示されても、斉木は生返事しか出来なかった。
しかし、目の前のスカウトマンは、斉木の生返事も気にならない様子で、更に声を高めた。
「本当に我々は斉木選手が加入してくれることを希望しています。勿論、この場で即答できるようなことではないことも承知しています。是非、一度は練習を見学に来て下さい。いつでも我々は待っています」
斉木が思うに、このスカウトマンは斉木の入団の説得よりも、自分が語るばら色の未来に酔っているのだ。
日本ではまだまだサッカーは根付いたとは言い難く、人気と知名度の点で、二番手だとは言え、野球に大きく水をあけられているのが現実だ。
そんな状況の中で、そこそこ以上の知名度のある選手を集め、勝てば人気が出るというものではない。
第一、知名度のある、そして多分実力もある選手を集めれば、勝てると言うわけでもない。
ビジョンは、必要なのだ。
チームのカラーを、どうすべきか――。
どのようなチームとして、見る側に訴えていくのか――。
チームポリシーなくして人気を得られるほど、サッカーを取り巻く現状は甘くない。
だから。
「何か質問などありますか? 何でもいいですよ。答えられることは答えますし、見ていただければ分かることなら、その様に手配しますし」
半ば社交辞令に近いその言葉を待っていた斉木は、問う。
「それで、僕が入団した場合、どのようなポジションに置こうと考えているのでしょうか」
いろいろな選択肢があるだろう。
特に斉木の場合。
斉木は自らを『器用貧乏』と評している。
さすがにGKとFWは今更出来まいが、ハーフからバックスなら、どこでもこなせる。
しかし、プロになればそうはいくまい。全員がプロになる素質と実力のある人材なのだ。日本ではマルチプレーヤーがありがたがられる傾向が強いが、そうではないのだ。
そして、ポジションと言う言葉に込めた意味はもう一つある。
斉木を即戦力のレギュラー候補として取るのか、それともある程度プロとして育てる前提で取るのか、だ。
と言うのも、このスカウトマンのチームは、ハーフからバックスはほぼ固定されていて、斉木には自分が入り込む隙間は見出せなかったのだ。
当面サブと言うならそれでもいい。サテライトで育てて、次代のレギュラー候補と言うなら、それでもいい。
そのチームの、机上の空論ではない、ビジョンが知りたかった。
だが。
結局のところ、斉木の問いに対する明快な回答はなかった。
しかし斉木は軽い失望を感じながら、絶望することはなかった。
「失礼しました」
スカウトマンから渡された分厚い資料を抱えて学長室から出た途端、監督に言われる。
「とりあえず、これで一通りオファーのあったチームと正式に接触したことになるのかな」
「はい」
斉木は言葉少なにうなずく。
「ふむ…。それで、ある程度決めているのか?」
「いえ…、まだ、どことも。もう少し交渉を重ねないとならないと思います」
「決定打はなしか」
「はい」
「まあ、どのチームもまだ似たようなことしか言っておらんからな」
斉木は口元だけで苦笑した。
そうなのだ。斉木の問いに答えられなかったのは、今日のスカウトマンだけではなかった。すでに4チームと接触しているが、全員が答えられなかったのだ。
今決めろと言われたら、匙を投げるしかない。
当たるも八卦当たらぬも八卦の世界だ。
「まあ、これから何度か交渉していけば、見えてくるものがあるだろうさ」
すでに初老の域に差し掛かっている海千山千の監督は、微かに笑って言った。
「お前の場合は売り手市場だ。それなりの条件交渉は可能だろう」
「…はい」
読まれていると、斉木は感じる。
初老の監督はサッカーに関わりを持っている期間は、先ほどのスカウトマンなどよりはるかに長い。
「自分を安売りすることはなかろうさ」
言われずともそのつもりだ。
金銭だけではない。
自分を生かしてくれる環境を、自ら選び取らなければならないのだ。
――今更。
つまらないサッカーなんて、出来ない。
もう自分は、知ってしまったのだから。
夢を同じくする者達との、楽しいサッカーを。