9月






 結局のところ、斉木は9月の一ヶ月間、完全な戦線離脱を余儀なくされた。
 スタミナを少しでも保持するための故障の部位にあまり負担をかけない水泳などの運動以外は禁じられたが、禁じるまでもなかった。
 何しろ、座ったベンチから立ち上がるような日常の動作さえ支障をきたしていたのだ。
 斉木自身の緊張の糸が切れてしまったことも大きいが、何よりそれまでに重ねた無理が、休養を取ったことで一気に噴出したのだ。
 むしろ、この時点で休養に踏み切ったことは、正解だったと言えるだろう。
 後数試合無理をしていたら、気力でも誤魔化せないところまでいってしまっただろうことは、想像に難くない。















 スタメン復帰をうかがうどころか、ベンチに入れることすら出来ない斉木の不在の間、芹沢とチームメイト達は必死で持ちこたえようとした。
 だが、斉木の存在の大きさを痛切に感じることになる。
 斉木の高い技術とスタミナ、そして何より芹沢とマークを分散させた存在感。
 斉木がいなくなったこととで、敵チームのマークがトップ下に入った芹沢に集中するようになった。
 それでも、隙あらば最終パスを供給し、自らもゴールを狙って来る芹沢を止めるためのファウルが飛躍的に増えた。
 それこそが、芹沢の意図でもある。
 セットプレーになれば芹沢の独壇場だ。
 だが、その代償は少なくない。
 文字通り体を張ってチームを支える芹沢の全身は痣だらけになった。
 脚など、痣がない部分を探す方が難しいほどなのだ。
 一試合毎に増えていく痣の数が半端ではない。
 その凄まじさにチームメイト達は言葉を失う。
 いくら鍛え上げた頑健な肉体を誇っても、このままでは芹沢までが致命傷を負いかねないと気づかされるには充分だった。
 事実、当の芹沢を支えるのは、斉木が戻るまで首位を守ると言う強い意志だ。
 誰も気づいていないようだったが、芹沢は、しばしば左腕に着けたキャプテンマークを触るようになっていた。
 斉木から受け継いだキャプテンマークだ。
 触ると心が落ち着くのだ。
 それが単なる気休めであっても、この場合は芹沢の主観が大切だ。
 斉木もそれを分かっているから、わざわざ自分が使っていたキャプテンマークを渡してくれたのだろう。
 芹沢は、守られる幸せを思う。
 それを思えば、体の痛みぐらいは耐えられる。
 8月までの独走は、斉木が身を挺して築き上げたものだ。
 ならば、斉木がフィールドに戻って来るまで首位を守り続けるのは残された自分の義務だと、芹沢は自分に言い聞かせる。















 当初は4-4-2のシステムだったが、守備と攻撃の役割をきっちりと分ける案が取られ、第3クオーターの終盤へ来て、3-4-1-2へとシステムを組み替えが行われた。
 結果、9月は2つ負け越して終了した。
 8月までの貯金のおかげでまだ首位を独走しているが、後続の足音は確かに近づいてきている。
 そこには、8月まで圧倒的な強さを誇っていたチームの姿はない。
 だが、何度倒されようとも、歯を食いしばり立ち上がる芹沢を中心にチームが変わり始めていた。













10月







■ Serisai-index ■

■ site map ■
















CopyRight©2004 夕日 All rights reserved