注)『サボテン』の言い訳編です。必ず『サボテン』から読んで下さい。











サボテン side Serizawa











 「ご苦労様」
 撮影が終了し、真っ先にセットから降りてきた芹沢に、繭子が声をかける。
 だが、芹沢は高いところから一瞥しただけで、何も答えなかった。
 とても不機嫌らしい。
 ADが開け放ったスタジオの入り口から、芹沢は真っ先に廊下に出る。
 そして、
「うぜえんだよ、あの女」
 低い声で吐き捨てた。
 押さえた声は、多分小走りに追いかける繭子の耳にしか届かなかっただろう。
 繭子は肩を竦めて言った。
「あの子、今芹沢君狙いらしいわよ。気をつけなさいな」
「冗談じゃないぜ、全く」
 大部屋の控え室にまっすぐ帰って来た芹沢は、さっさとスーツを脱ぎ始める。
「ったく、せっかくのオフを棒に振るはめになったって言うのに、興味のない女なんかに摺り寄られて・・・」
 ぶつぶつと口の中で文句を言う。
 芹沢は、こんなくだらない仕事のためにせっかくのオフを棒に振る羽目になった、己の不幸を嘆いた。
 こんなことならあのまま家でうだうだやっていたかったと、心の底から思う。
 あんなかわいい斉木さんにはなかなかお目にかかれないのに、もっとかわいがりたかったのに勿体無いことをした、と、斉木自身が聞いたら烈火の如く怒り狂って――照れ隠しであることは明白だが――家を叩き出されかねないようなことを考えながら、脱いだスーツを繭子に渡す。
「少し匂いがついちゃったかしら」
「あの女の香水だろ。隣に座ってるだけで匂ってたからな」
 スーツに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ繭子に、芹沢は投げやりに言って眉をしかめた。
 つまらない話の上に、思い上がった女に公衆の面前で粉かけられて。
 確かに芹沢の好みにあった正統派美人――ついでに年上好みである――だったが、接点がないまま撮影が終わればすぐに記憶から抹消していたはずなのに。
 今は好みの顔でも関係ない、と言うよりは、うっかり好みの範疇に入って来るだけに迷惑だ。
 もしも斉木が知ったりしたら、また気にするに違いないのだから。
 そんな心配、いらないのに。
 今は本当に斉木以外には食指はピクリとも動かないのだが、過去の悪行が痛い。
 こそりと呟く。
「どうせこんな番組、斉木さんが見る訳ないからいいけどな」
 自前のシャツに腕を通して呟いた、その瞬間。
「あら、誠ちゃん、見てたのよ」
 借り物のスーツ一揃えを確認しながら、さりげなく繭子が言った。
「は?」
 絶妙のタイミング。
 一瞬、芹沢は何のことか理解できなかった。
 思わず声が裏返る。
「はい、おっけ」
 と、繭子は慣れた手つきで確認を終えたスーツをスーツカバーにしまいながら、芹沢の疑問に答えた。
「だから、さっき誠ちゃん、この局に来てたのよ」
 その意味が芹沢の頭に浸透するまで、少し時間がかかった。
「気分が悪いって、すぐに帰っちゃったけどね」
 まず芹沢の顔から血の気が引いて、それから元々切れ長の目尻が釣り上がった。
「繭子、てめえ!」
「私に八つ当たりする前に、早く帰った方がいいんじゃないの?」
 くすり。
 その笑顔に、自分がはめられたことを芹沢は悟る。
 芹沢は本当に気を使っていたのだ。
 それこそこういう番組に出ると粉をかけられることは度々あるが、絶対にカメラが回っているところでは女性タレント達と必要以上の接触を持たないようにしていたし、カメラが回っていない時だって極力避けていたのだ。
 自分が詰られるのは、自らの不徳の致すところと言う奴で、甘んじて受ける覚悟はあるけれど、斉木の性格上、マイナスのベクトルは芹沢へよりも自分に向かって行くことが明らかで。
 そんな底無しの優しさも芹沢が斉木に惹かれる要因の一つだが、斉木の場合、多少度を過ぎることがある。
 それが嫌だったのに、そんな芹沢の気遣いはこれで全て水の泡だ。
「覚えてろ・・・」
 低く呟く芹沢の声には、本物の殺意が宿っていたが、
「何を?」
 亀の甲より年の功。
 そんな程度のことでたじろぐようなかわいげのある相手ではなかったのだ。





 疾風の如くテレビ局を後にした芹沢は、とりあえず信号は守ったが、制限速度は何それ、の世界で自宅マンションに戻ってきた。
 まあ、紆余曲折は多大にあったものの、何とか傷口を隠されることなく、斉木に吐き出させることに成功した。
 斉木に言った通り、芹沢は、今はまだ斉木の全てを受け止めきれてはいないかも知れない。
 だが、知らないままでいるよりずっといいし、あの斉木が自分に弱音を吐いてくれたと言う事実そのものが、芹沢の優越感をくすぐる。
 人の心配ばかりしている斉木が、自分の弱音を誰かに見せること自体が、非常に珍しいことなのだから。
 そのまま、二人で熱い時間を過ごし、安心したのか斉木は熟睡している。
 ちょっとやそっとのことでは目覚めそうもないことを確認して、芹沢はそっとベッドから滑り降りる。
 そして、リビングに向かう。
 小さな明かりだけを頼りに、芹沢は自分の携帯を手に取った。
 呼び出した相手は、すぐに出た。
 芹沢は呆れて言った。
「起きてやがったのか」
 電話の第一声とは思えぬ言葉だが、相手も全く気にした様子はない。
『もちろんよ。結果を聞かなきゃ眠れる訳ないじゃない』
 で、どうだった? と、結果をせがむ繭子に、芹沢の秀でた額に青筋が立つ。
「何がどうだっただよっ」
 一応ドアは全部閉めてあるが、斉木を気にする芹沢は、低い声で、しかし目一杯ドスを利かせて唸る。
 だが、
『あら、ご挨拶ね。せっかく後顧の憂いをなくしてあげようと手を貸してあげたのに』
 と、非常に心外そうな声が返ってくる。
 プツ、と、芹沢の頭の中で、何かが切れたとしても責められまい――多分。
「何がだ!」
 芹沢の声が高くなる。
「今回は幸い落ち着いてくれたからいいもののなあ、万が一俺が振られたらどうしてくれるつもりだったんだっ」
 が。
『そんなの芹沢君の甲斐性でしょ』
 すらりと電話の向こうでのたまわれて、挙げ句の果てに、
『それぐらいの甲斐性もない男、誠ちゃんには不釣り合いだもの、振った方がいいのよ』
 無論振るのは斉木で、振られるのが芹沢だ。
 あまりにも勝手な言い分に、芹沢が二の句が継げないでいる間に、
『誠ちゃん、いっつも私の前にいる時はおどおどしてて、見るからにかわいそうだったわよ。その上私はいつも誠ちゃんに疑いの目で見られてる訳だし。全部芹沢君の甲斐性なしのせいないだからね』
 繭子はびしびしと弾劾し、最後のとどめまで投下した。
「・・・・・・もしもそれで俺と斉木さんが別れてたら、どうするつもりだったんだ?」
『そうしたら、責任持って誠ちゃんを慰めてあげたわよ』
「俺は・・・?」
『いやあよ、芹沢君みたいなすれっからし』
 けろり。
 そんな音が聞こえそうなほどあっさりと、繭子が言い放つ。
「すれ・・・っっ」
 さすがの芹沢が絶句した。
 が、すぐに怒りが勝った。
 人間、図星を指されると怒るものである。
「わーるかったなあ! すれてて! 一体どこの誰がすれさせたんだよ!」
 斉木の存在も忘れて、芹沢は電話の向こうに怒鳴りつける。
 しかし、
『少なくともあたしじゃないわね。あたしと会った頃にはもう充分すれてたもの、芹沢君てば』
 芹沢の忍耐力の限界など、完全に振り切った。
 怒りのあまりに芹沢は三度言葉を失うが、繭子の知ったことではない。
『だから今回もかわいい誠ちゃんのためにね、一肌脱いであげたって訳。まあ、上手くいったならよかったじゃない。ちょっと早いけどクリスマスプレゼントってことで貸しにしといてあげるから、お返し楽しみにしてるわよ』
 それから、『寝不足は美容の大敵なんだから』と、最後まで言いたいことを言い、プツッと音を立てて通話が切れた。
 携帯を持つ芹沢の手が震える。
 もう少しで八つ当たりに携帯を床に叩き付けそうになったが、背後でドアが開く音に、芹沢は手を止めた。
「芹沢・・・?」
 拳で目などこすりながら眠たげな顔をした斉木の顔が覗く。
「どうした、こんな夜中に騒いで・・・」
「あー、起こしちゃいましたか? すみません、たいしたことじゃないですよ」
 にっこり、と、先程までの怒りなどまるで嘘のような笑顔を浮かべて、芹沢は斉木を振り向いた。
 ついでに携帯はソファの上に投げ捨てて、寝ぼけ眼のまま廊下に突っ立っている斉木に歩み寄る。
「さ、寝ましょう」
 と、芹沢が斉木の手をを取ると、こくん、と、斉木はうなずいた。
 半分寝ているせいだと分かっていても、無防備な姿を芹沢の前で見せてくれることが嬉しい。
 ついさっきまであれほど怒り狂っていたくせに、斉木の姿を見ただけであっという間に上機嫌になる単純な自分を自嘲するが、でも、それほど悪い気分ではない。
 繭子にはいつか反撃をしなくてはと思うが。
 芹沢は、斉木の手を引いて寝室まで歩く。
 されるがままにベッドに横にされた後、斉木が芹沢のパジャマの袖を掴む。
「・・・な」
 慌てて振り向いたが、芹沢は聞き取れなかった。
「え?」
「お前のことは、信じてるから」
 頭から布団を被って、芹沢の袖を掴む手だけを出して、斉木が呟いた。
 その意味を理解して、芹沢は苦笑する。
 布団を被ったままの斉木の耳元に顔を寄せて、低く囁く。
「斉木さんが信じてる男が斉木さんにべた惚れなんだから、少しは自分のことも信じて下さいよね」
 途端に、袖を掴んでいた手も布団の中に引っ込む。
 芹沢は低く笑って、斉木の隣に潜り込んだ。


















『サボテン』の言い訳版です(滝汗)。なので、必ず『サボテン』を読んでからでないと、意味分かりません、これ(痛)。
元々は、途中で無意識に芹沢視点に切り替わって、この電話シーンが入っていたのですが、視点の切り替えに気づいてしまい、それはいかんだろう、と言うことで斉木視点で貫いたら、どうにも入れられなくなった原稿を、大幅に書き直したのがこれです。
そう、電話での口喧嘩シーンはあったのですが、それ以外は元原稿とは全然違います。
最後、こんなゲロ甘なもんじゃありませんでしたが、どうにもこうにも砂糖の塊食ってるような。
繭子はまあ、おせっかいババアです(笑)。二人揃って構って遊ぶのが楽しくて仕方ないようです。
成美との違いは、芹沢サイドから見ているのか、斉木サイドから見ていておせっかいを焼いているのか、だけかも知れません。
しかし、これを書きながら「実は従姉妹なのv」とか言うことだったら、斉木怖くて泣きそうだなあ、と、思ってみたり(笑)。
そんな感じで。
お粗末様でした(平伏)。

夕日







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