端正な顔立ち、黒く長いつややかな髪。
すっかり女としてのラインを持った体。
大きく膨らんだ胸。
その女が、裸で、胸を晒したまま、俺を見つめている。
それは面影さえ記憶にない母親が、唯一この家に残した形見―――、姿見の全身鏡に映っていた。
鏡に映る少女は文句なく美少女だった。
胸を揉みし抱き、押し倒し、犯してしまいたくなるほどの――――……。
鏡の中で裸体をさらす女に欲情――――、するはずが、股間に反応がない。
全然ビンビンとこない。
しごこうにも握るものがない。
モノがないから当たり前とは言えば当たり前なのだが、この違和感は非常に不快だった。
しかしそれ以上に不快なのは、それが自分の肉体だと意識した時だ。
「うえええッッッ――――、ぁぁっ―――――、げほっげほっ………」
途端沸き起こるあまりの不快感に吐き気を堪えきれず、俺は洗面台に大量の吐瀉物を撒き散らした。
「ぐえっ、ぐえっ………げほっ……」
吐瀉物と共に涙と鼻水が溢れてくる。
畜生――――……。
なんなんだよ、この異形な体型は―――――――――……
俺は男で、確かに女の体型は好きだ。
しかし、それは男として、であって、
その大きな乳房に惹かれもしたし、腰のくびれや、尻の大きさに、欲情もした。
しかしそれはあくまで男としてであって、
それは犯すべき対象としてであって―――――
今、目の前に写っている女の体が、自分の体なのだと思うと、おぞましいほどの不快感を禁じ得ない。
乳房―――――、だって?
一体なんなんだよこれは――――――。
なんて不格好で、醜い造形をしているんだ!
これじゃあまるで腫れ物だ!
胸がこんなに大きく張り出る意味があるのか?
ああ、美しくない――――!!
なんて醜い!!
不格好に吹き溜まった脂肪の塊。
これじゃあまるで獣だ。
そう、この体のラインは、獣のものだ。
知的生命体のもつフォルムだとは到底思えない。
俺は人間なんだぞ―――――!?
だってそうじゃないか、不格好に胸を大きく腫らした獣が、一丁前に服を着て、まるで人間様のように我が物顔で歩いてるんだぜ?
ちゃんちゃらおかしいぜ。
だから俺は犯してやったんだ。
犯して欲しいって、獣が、胸と腫らして、ケツを揺らして、歩いていたから――――――――
そう、女は獣で、俺を獣にさせる、おぞましい――――――――――――――
襲いくる不快感に耐えながら、俺の頭が勝手に思考する。
そう、俺は、獣だった。
俺は性欲が旺盛で、女を犯すのが大好きで、強姦ばかりして。
本能に支配されたただの獣のようで。
人間的でなく。
実のところ俺はそんな自己を大いに肯定しつつ、激しい自己嫌悪に嘖まれていた。
勿論、なるべく意識しないようにはしていた。
まるで、それから逃れるように俺は女を犯し続けた。
しかし時に自分のチンポにでさえ、自身の輪郭を多分に変化させるその動物的器官に、まるで自分が人間ではない気がして、おぞましさを感じることさえあったのだ。
だからこそ、獣じみて、情欲をそそる女のラインは同時に憎悪の対象でもあったのだ。
乳房、それは動物が子供に乳を与えるためのものであって、
それはいかにも獣じみたフォルムで――――
俺は、獣じゃ、ないのに―――――――――――――
俺は、人間なのに――――――――――
ちくしょう
ちくしょう
ちくしょう
ちくしょう
ちくしょう
ちくしょう
こんな醜い肉体が、俺だなんて――――――――――
「おぇぇぇぇ―――――………っ……」
時刻は午前6時―――――、早朝。
鏡に写る自分のボディラインのおぞましさにひとしきり吐いた後、俺は延々とシャワーを浴び続け気持ちを落ち着かせていた。
起きたばかりだというのに既に疲れ果て、とめどない思考の渦の中にいた。
おそらくさっきのは拒絶反応とかいうものだろう――――…。
当然のことだ。
俺は男なのに、突然女の肉体に押し込まれたのだから。
うっすらと開けた視界に入る二つの乳房。
目を開ける度に思う。
夢であってくれと。
ザアァァァァ――――――――――――――――――
延々と肌を伝わり続ける水が、まるで俺をこの体に馴染ませているようだと思った。
どんなに拒否しても、拒絶しても、現実は変わらない。
これが俺なのだ。
ザアァァァァ――――――――――――――――――
静かに、静かに、シャワー音だけが、響き続ける。
ああ、 ああ、 嗚呼―――………、、、
じっとシャワーに打たれ続ける自分の姿は、まるで無心に滝に打たれる修行僧のようだな、と思った。
実のところ、体を動かすことさえ億劫で、殆ど茫然自失に温水を浴びているだけなのだが。