俺が女になってから4日目――――





教室に入ると、俺に気づいたみことがすぐに話しかけてきた。



「せつらさん、おはよー」
「おはよう」

「昨日はどうしたの? 風邪?体調悪いの?」
「ううん。ちょっと引っ越しでごたごたしてて…。
 家の中の整理とかしてた。
 まだ終わって無くて、今日もまだ業者が出入りしてるんだ」
「そうなんだ〜〜。
 あ、教科書って、まだ買ってない、よね?」
「う、うん。」


みことが嬉しそうに机を寄せてきた。

悪い気は、しない。

教材か……。
羅城せつらとして生きる以上、一通り揃えておく必要があるかもしれない。





その日、2限目の授業は体育・・だった――――――――――――――。





生まれて初めて入る(当然だが)女子更衣室に俺は困惑した。

俺のすぐ隣で、いや、まさにすぐ目の前で、クラスの女子たちが平然と制服を脱ぎ捨て、下着姿になっていく。

その異常な、そしてあまりに当然な光景に俺は目眩を感じた。

俺も女なのだから、それが当然のことだと分かってはいても、俺は本来男であり、そして女を犯すのは何より好きだったのだ―――……。
思わずその乳首にしゃぶりつきたくなるが――――欲情しているようでしかし、股間にくるものがない。

いや、感じる、気はする。
確かに感じる、ような…………。

(勃ってる? 勃ってるのか―――――?)

しかしそれはまるで幻肢痛のような・・・・・・・、失った体の部位に宿る感覚で―――――……

ああ、だめだ、だめだ、だめだ、だめだ……。


(うあ、ああ、あああ………。)


今更俺がどんなに藻掻こうと、あがこうと、どうにもならなかった。

だって、もう無い・・・・のだから。


(くそっ くそっ くそっ くそっ クソッ―――――――――――!!)



そんな俺の葛藤を余所に、クラスの女子共は平然とその肌を晒し続ける。
常識、正常、価値観、俺の中にあるそんなものが、まるでガンガンとハンマーで容赦なく打ち砕かれていくような感覚に、目眩と共に俺は頭を抱えた。

脳内では何度も、目の前のメス共の下着を剥ぎ取り、ねじ伏せ、ぶち込んでやる光景を想像するしているのに、そんな衝動に駆られているはずが、その衝動が依拠し、原点として存在し、反応すべき股間にモノはなく、俺はただ悶々とした気持ちをもてあますこととなった。





「あれっ…、せつらさん、着替えないの?」
「あー、体操着、持ってきて無くて……」

っていうか買ってない。
俺は見学せざるを得なかった。





昼休み、俺は早々に昼食を済ませて購買へいき、教科書一通りと、新しい筆記具とノートを購入した。
それから体操着も。

一緒に行くといって聞かなかったみことの所為で、ほとんど強制的にペンケースからシャーペン、新調した筆記用具全てが、可愛らしい花柄のもので埋め尽くされる羽目になった。


携帯買いに行こうよというみことの誘いを、俺は丁重に断った。
もしも彼女と携帯を買いに行けば、俺は間違いなく見た目ファンシーな機種を購入する結果に終わるだろう。
携帯はシックな黒、と決めている。



黒、で思い出した。
俺は初めて、自分から友達らしい話題を振ってみた。


「そういえば、髪染めようと思うんだけど―――」
「え――――――!?
 だめだめ!絶対駄目っ!!
 せつらさん、せっかく綺麗な黒髪なのに勿体ないよ〜〜〜!!」

みことが思いきり反対する。

「切るのも駄目だよー」

と悠理。

「うーん……」

いつのまに取り出したのか、みことが櫛を手にして俺の後ろへ周り、勝手に梳き始めた。

なんだろう、こういうスキンシップは………、、、
男でいうなら格闘技でじゃれ合う、みたいなものだろうか。



「染めるのも切るのも絶対駄目だけど―――――……、
 んーと、茶色にしたかった? ちょっと明るめな感じの?」
「金、かな?」
「あははは。せつらさん面白い」
「せつらさん。高校デビューするなら転入前に染めてこないと(笑)」


みことと悠理に一笑に付された。
とはいえ、一応地毛を褒められているので、悪い気はしない。
これまで、周りの男たちはやたらと見た目を気にする連中ばかりだったが、俺はほとんど髪の手入れなどしたことがなかった。
しかし黒というのはいかにも真面目で俺らしくないし、長髪はそれだけで面倒だ。


「あれ、なんか引っかかるね……。ちゃんとリンスしてる?」
「してない…」
「駄目だよ。しないと」
「え、リンスしないとかありえなーい」
「まだ生活用品揃ってなくて……」
「じゃあ今日一緒に買いにいこうよ!」
「う、うん……」


後でバッサリ切ってしまえばいいと思ったが、その後も何度も念を押された挙げ句、『染めない、切らない、傷めない』と、分けの分からない約束までさせられてしまった。
相談する前にさっさと切ってしまえば良かったのだが、もはや後の祭りだ。

まあ、俺も短いよりは長いほうが女らしくて好きだ。
無論、それは犯す側の意見として――――だが。

しかし女物のシャンプー類など何を買えばいいか分からなかったので、俺は彼女たちの好意に甘えることにした。










初めて入るコーナーに俺は場違いさを感じて萎縮してしまい、そんな俺を余所にみことと悠理はすっかりテンションを上げていた。

化粧水は、ファンデは、クレンジングは、マスカラは、マニキュアは、口紅はと、最初はやんわりと断っていたものの、俺にとって使い方さえ分からないような商品を次々に押しつけられ、完全に2人について行けなくなった俺はついに語調を荒げてしまった。


「だから要らねーって!!」

交流2日目にして早くもぼろを出してしまったが、そもそも俺が女として振る舞うこと自体が無理だったのだ。



俺は泣く子も黙る羅刹だぞッ――――――!!!



「せつらさん、そーゆー言葉遣いは似合わないと思う」
「うんうん、可愛くない」


しかし一瞬ぽかんとしたものの、みことと悠理の反応は普通だった。


「あぁもう!! ちげぇ、俺は元からこういうやつなんだよ!」
「え?俺?」

「俺はシャンプーとリンスと石鹸だけあればいいの!
 余計なもんは要らねーの!」

「え、せつらさんって俺っ娘だったの!?」
「えー、ちょっと似合ってるけど、でもだめー」
「うん、やめた方がいいよ。
 うちの学校不良多いし、そんな言葉使いしてたらすぐ仲間に誘われちゃうよ?」

「だからっ……!!」



次の瞬間、俺の頬をみことが両手で掴んでいた。

至近距離にみことの瞳があった。

綺麗で、澄み切ったその目が、俺を映していた。

真っ直ぐに、俺を映していた。



その瞳は本当に綺麗で―――……、
まるで心の中まで見透かされてる気がして―――――――…



俺は思わず目を逸らした。



(な、なにやってんだ俺………。
 これまでメンチ切って負けたことなんて、ただの一度だってねーのに……。
 どうして、こんな女と目が合わせられねーんだ!?)



しかも、彷徨った視線の先には彼女の唇があって―――――


俺の顔は急激に熱を帯び、耳まで真っ赤になるのが分かった。



「ほら、顔真っ赤。
 わたし、せつらさんがほんとはすっごい初心・・だって知ってるもん」


(は―――――――!?)


「だから、ね?
 せつらさんは、せつらさんのままでいよ?」


もう一度、今度は気合いをいれてみことと向かい合ったが、やはり、彼女のまっすぐな瞳を直視できず、再び目を逸らす。


(ああ……、畜生ッ―――――…
 一体どうしちまったってんだよ、俺は……)


「それとも、ほんとはあっち側に行きたいのかな。
 そういうグループに入りたいって思ってるのかな……」


みことが悲しそうに俯く。



あっち側・・・・―――――
そういうグループ・・・・・・・・………



「いや、そんなことは――――、ないけど……」
「ほんとに?」
「うん……」



俺は一気に毒気を抜かれてしまっていた。


話している内容よりも、それに答えることよりも、ただ彼女に触れられている頬が熱くて。

その手が離れ、頬が外気に触れ、俺が感じたのは開放感と――――――何か―――…、、





「だからみことは不思議っ娘だって言ったじゃん?」

と悠理。










あっち側、か――――――…


みことの言葉に俺は少なからず傷ついていた。


不良グループ。


それは学校という閉じられた、こんな小さな社会にも厳然と存在する明確な境界線――――…


あっち側もこっち側も無い、なんてことは決して言えなかった。

それはどちら側からともなく作られる垣根。

あまりの色の違いに、明確に隔たれてしまった世界。


生きてきた年数も、場所も、そう変わらないはずなのに。
一体どこで、こうも違ってしまったのだろう――――……


あちら側。

そう、俺はこれまでずっと、あちら側からこっちを眺め続けてきたのだ。



しかし傷つくのは俺の我が儘だ。

俺だって、真面目に勉強したり社会に迎合している奴らを散々見下し、食い物にして生きてきたのだから―――……










「それで予算は幾らくらいなのかな?」
「え?本当に?じゃあ今何も持ってないの?」
「ほんとの、ほんとの、ほんと〜〜〜に、今までお化粧したことないの?」
「ただの一度も!?」
「へ〜、実際そんな子いるんだ〜」
「じゃあ全部買うってことでいいの?」
「予算上限なしで必要なもの全部?」



結局――――――――

俺は勧められるままに無数の化粧用品、爪切り、手鏡、鼻毛カット、etc、etc―――を買わされ、一度の会計で3万も支払うことになってしまった。
素直に使い方が分からないと言ったら、これまた酷く仰天されたが、明日から少しずつ教えてあげると言われた。

俺が自分で選んだものと言えば、歯ブラシと歯磨き粉くらいだ―――――……。

ティッシュやトイレットペーパーなど大きくかさばるのはまた明日にするしかない。





店を出たあと、みことが「忘れ物」と叫んで1人店に戻る。
すぐに出てきたその手には小さな包みがあり、彼女はそれを俺に差し出した。


「なにこれ?」
「生理用品」

「?」
「いいから」

「え…………?」
「いいから」

「あ、うん。いくら?」
「あげる。プレゼント」


そのうち絶対役に立つから――――、笑うみこと。
生理知らないってまじで――…、何度も驚く悠理。





別れ際、みことに「せつらさんって、まるで女の子になったばかりみたい」と言われ、俺は大きく波打つ心臓を押さえた。





その日、初めてシャンプーとトリートメントを使い髪を洗った。
なるほど、女の髪って綺麗なもんだなと思った。





そしてふかふかの布団で、俺は安らかに眠りについた。































第4話:買い物
終わり

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  第5話:体育
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