時は流れる。
どんなに抗おうとも。
あっという間に。
勝手に。
自動的に。
それはほとんど理不尽と言っていいほどに。
俺が女になってから、早くも2週間が過ぎてようとしていた。
慌ただしく、不思議に満ちた、そして充実した2週間だった。
慣れとは本当に恐ろしいもので、たった2週間で、俺は学校に、そしてクラスに順応し始めていた。
俺は中身と容姿のギャップが受けて、クラスでは人気者になっていたし、みことや悠理の他に、気軽に話せる友人も何人かできていた。
俺はチャリをぱくるのはやめにして、徒歩通学をするようになっていた。
新しく原チャを買おうかとも思ったのだが、放課後、みことたちとなにかと寄り道をすることが多く、その場合徒歩の方が何かと便利なのだ。
それに勉強というのはやってみるとなかなか面白いものだ
やってみるとというよりは、理解できると――――か。
中途半端とはいえ曲がりなりにも3学年まで進級していた俺にとって、1年の勉強は半分近く復習みたいなものだ。
無論、分からないところはさっぱり分からないが、それでも初めて習うのとは段違いに違う。
俺には性欲と食欲くらしいか備わっていないと思っていたが、最近、知識欲というものを覚えた。
うぜーとか、俺の知ったことじゃねーとか、言いたくなることも多々あるが、昔感じた気性の荒さというのは殆どどこかへ消えてしまった。
何しろ、俺本来のぞんざいな言葉遣いをしようとすると、あの時の――――みことの瞳が脳裏に甦ってしまい、ついつい自重してしまうのだ。
情けないことに俺の心には、彼女の瞳がまるで楔のように打ち込まれてしまっていた。
それは俺が受けた呪いにも似て………。
先日、着替えの時に晒してしまった男物の下着に、みことには散々嘆かれ、他の女子からは彼氏のでしょうと激しい追求を受けた。
そして毎度の流れとして、みことに大量のブラとパンツを購入させられた。
ブラとパンツをみことと買いに行ったときに恥ずかしさは筆舌に尽くしがたい。
しかし最初こそ抵抗があったものの、その肌触りやフィット感にすぐに馴染んだ。
慣れとは本当に恐ろしいものだ。
つくづく、心底そう思わされる。
それは忘却や麻痺といったものに通じるものがある。
みことと悠理が、日頃から俺の顔と髪で遊ぶものだから、化粧の仕方や、髪の結い方も少しずつ分かってきたし、そして褒められ、鏡に映る自分の容姿の可愛らしさに、俺は若干の自負を覚えつつもあった。
ただクラスの男子とは友達と呼べるような関係はまだ築けていなかった。
俺は軟弱な野郎は大嫌いだったし、スポーツをやってる健全児にもなぜか嫌悪感があった。
かといって悪鬼候補生のような不良も卑屈に見えて、話す気になれない。
俺に好意を持っているらしく、やたらと話しかけてくる奴がいるのだが、まともに取り合ったことはない。
結局、俺は未だに男子にはどう接していいのか分からず、その場で適当に話を合わせるか、精々愛想笑いをするかのどちらかで終わってしまっている。
だから女子たちの〜〜君かっこいいよね、という会話にはついていけない。
アイドルや俳優の話などは論外だ。
個人的に気になるみことの好みはというと、「せつらさん」と言われて、赤面して終わった。
真っ黒で無骨なデザインが良かったはずの携帯電話は、結局みことの押しにまけて、可愛らしいものになってしまった。
挙げ句きらきら光るデコレーションまでつけられて、俺の携帯としては見る影もない。
携帯電話は以前、仲間との通話手段としてそれなりに重宝したのもの、それは端的な用件を伝えるのみであり、それ以上の機能を使用したことは殆どなかった。
そんな俺も今はメールを打つのにもすっかり慣れ、昨日なんかは帰宅後2時間もみことと長電話をしてしまったのだから、自分のことながら驚きを隠せない。
最早、羅刹のことは夢だったんじゃないか、とさえ思えてくる。
そういえば、いつもみことと悠理が話題にし、面白そうに話すTVドラマがあるのだ。
だから俺もそのドラマを見たくなってしまった。
明日は電気屋にいってテレビを買おうかなぁ………。
俺の中で、羅刹としての輪郭は、確実にその形を失いつつあった――――――――。
第6話:消失
終わり