それ以来、学校の雰囲気は変わってしまった。
まるで暗雲に包まれたようだった。

誰もが怯えていた。

「誰々が襲われた」というニュースが、いつ入ってきてもおかしくないように思えた。



しかし数日が過ぎても、輪高の生徒が被害にあったという話はいっこうに流れてこなかった。

おそらく他校の連中も、羅刹がいなくなったという情報が事実なのかどうか、量りかねているに違いない。
確信も無しに簡単に手を出すほど、奴らも愚かではない。
もしも羅刹が健在だった場合、それはもう惨い報復を食らうことになるからだ。


(やはりよく1ヶ月保たせたと言うべきだな―――…)


授業中、俺は指の上でシャープペンシルをくるくると回しながら物思いに耽っていた。

横を見やると、みことが板書をとる姿勢で船を漕いでいた。
突いて起こしてやろうかと思ったが、やめておく。





俺は四天王と呼ばれた仲間を思い浮かべた。



東江あがりえ桧山ひやま灰刃かいば空見うつみ―――――、悪鬼の四天王。

クセのある連中ばかりだが、皆、俺を慕い、ついてきてくれた連中だ。
もっとつきあいの長い連中は、俺が留年した所為で先に卒業してしまっている。

あの4人は今どうしているのだろうか。
俺がいなくなったからには、自然とあいつらの誰かが悪鬼のトップに立つことになる。
いや、無理か……。
誰かが輪高のトップに立つ、ということは同時に羅刹がいないことを外部に示してしまう・・・・・・・・・ことになる。


(俺が消えたのはあまりに突然だったからな―――…)


悪鬼――――、それは羅刹おれを頭とする不良集団。

とはいえ、そもそも悪鬼は俺が作ったグループではない。
俺はただでかいツラをしていた上級生を潰し、絡んできた他校生を潰していっただけだ。
グループやチームなどには全く興味はなかった。

だがむかつく連中を潰していたらいつの間にか、俺の周りに人が集まってきていた。
俺を慕い仲間が―――集まってきていた。

その体格からか所業からかは分からないが、いつの間にか俺は<羅刹>という通り名で呼ばれていて、そして俺とつるんでいる奴らは<悪鬼>と呼ばれていた。

俺は徒党を組むことにも、ヘッドだとか兵隊アリだとか、そういうのには興味はなく、好んでつるもうと思ったわけでもない。

「俺をボスと呼ぶな」

余程そう呼びたくなる雰囲気でも持っているのか、俺はその台詞を何度言ったか覚えていない。俺はボスやリーダー、ヘッドなどという呼称で呼ばれることを嫌がったため、大抵のやつは俺のことを「羅刹さん」と呼ぶ。

そんなわけだから悪鬼は意図的ではなく、ほとんど流れの上にできあがったようなものだ。
しかし俺を慕ってくれる連中を無下にすることはできなかったし、仲間がいるというのはなかなかに心地いいものだった。

ちなみに俺は上納金を集めろと指示したことはただの一度もない。
親父が甲斐甲斐しくも仕送りをしてくれていたもんだから俺は金に困ったことが無く、カツアゲさえしたことがない。
それも悪鬼が組織だった行動を取り始めてからできたシステムなのだ。

悪鬼の組織立てやその辺のシステムは全て、四天王の連中が作り上げたものだった。

とはいえそのおかげで俺は、生活費は勿論のこと、バイクやら遊びにかかる金にまで困ることは無く、自由に我が儘な生活をしてこれたのだが。


俺がつけた注文はただ一つ。
“処女とやらせろ”、だけだ。



無論、俺は彼らに責任を押しつけようとか、そういう気は全くない。
俺が悪鬼の頭であり、彼らを統率していたことは、紛れもない事実なのだから――――。



その羅刹が消え、輪高が周囲3校から狙われている――――



できればなんとかしてやりたい、なんとかしてやりたいが――――――――――……





だが今の俺に何ができる?
何ができるとも思えない。

俺は今やただのパンピーの女子高生に過ぎない。
他の女たちと比べれば、若干体力は優れているかもしれないが、喧嘩ができるかといえば、難しいように思えた。

俺はこれまで完全に自分の体格に頼り切っていて、圧倒的力で相手をねじ伏せてきただけなのだ。つまり格闘技をやっていたなんてこともなく、格闘センスに優れていたかと問われれば、首をかしげざるを得ない。


俺はもうあちら側・・・・ではなく、こちら側・・・・の住人なのだ。


しかしこのまま放置しておけば、みことの言ったように、輪高が集中攻撃を喰らう可能性は大いにある。

人の持つ恨みというのがいかに恐ろしいことか俺は身をもって知っている。
あの人外の女は確かに恨みによって喚び出された・・・・・・・・・・・・と言っていた。


他校生に絡まれても、自分で戦える悪鬼の連中はともかく、みことや悠理にまで危害が及ぶことはなんとしても避けたい。


それに今この学校覆っている、沈痛な雰囲気も何とかしてやりたかった。
元はといえば俺がこの渦の中心にいたのだ。





だが――――……何ができる?


今の俺に……。



俺はもう、羅刹―――――羅城道孝ではない。










今はもう、羅城せつらなのだ……。


羅城・・――――……、か。
もし今の俺にできることがあるとすれば、それはこの名を使うことだけかもしれない。


羅刹の妹だと名乗り出て、羅刹の命令だから俺に従えと―――――、そして俺があいつらを指揮して………。

だがしかし、信じるか?
女の、しかも1年の言うことを、あいつらが聞くか?

普通に考えれば無理だろうな……。

頭のおかしい女だと思われ、無視されるか輪姦まわされるのがオチだ。
ラリった女など近寄りたくもないが、犯す分には頭の中身は問題ない。


手紙ならどうだ?

羅刹の名であいつらに手紙を出し、指示を与える。
メールを使うのもありかもしれない。

それなら……

いや待て―――…。
指示も出すも何も俺は今や蚊帳の外の存在なのだ。

状況がどうなっているかも分からないのに指示を出しても、あいつらを混乱させてしまうだけかもしれない。





くそっ……、少しでも元の姿に戻れるならともかく――――、


やはり今の俺では何も――――………



















































第7話:暗雲
終わり

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  第8話:触心
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