俺はいったいどのくらいの間そうしていたのだろう……。



気がつくと俺は依然、床に座り、手を組んだままの姿勢をとっていた。

動こうとしたが、足も手も不自然な形で固まってしまっていて、痛みと痺れを感じた。

どうやら疲れ、そのまま眠ってしまっていたようだ。




その時、俺は不意に、背後に人の気配を感じ振り返った。




「ふぁ〜〜〜〜〜ぁぁぁ………。
 はぁ―――、人って変われば変わるもんさねぇ――――……」

「お、おまえは――――……!?」


それは間違いなく、あの時、俺を女の体にしただった。
彼女には、どうやって部屋に入ったなどと聞くのは愚問だ。


そう、こいつは人間ではない・・・・・・



「で、何をそんなに一生懸命祈って――――………ふぁぁっぁ……――――いたんだい?」



女は勝手に俺の椅子を持ち出し、座っていた。
さも眠たいと言わんばかりに何度も欠伸を繰り返す。


「何って―――………、、」


何を?

思考する。
が、答えはなかった。
俺は何かにすがろうとしていただけかもしれない。


「分からない」

「あは。面白い子だねぇ。
 私はあんたの切ない祈りに引き寄せられて、
 またこんなところにくる羽目になったってのに……」

「…………」
「…………」


この女を目の前にして、俺は言葉を失っていた。
いや、言うべき言葉が無い。
今更話すこともない。


「…………」
「…………」


沈黙。
女は眠たげに、それでも確かな興味をもって俺の言葉を待っていた。


「…………」
「…………」

「何か、わたしに言いたいことがあるんじゃないのかい?」
「言いたいこと…?」


言いたいこと……。


「いや、特には――――……」
「へぇ――――、わたしはってきり男の体に戻せー!とか言って
 突っかかってくると思ったのに、すっかりしおらしくなっちゃって。
 まさか、もう自分が男だったことを忘れちまったのかい?」

「どうせ言っても無駄だろう……」
「無駄だね。分かってるじゃないか」
「………………」

「女の体が気に入ったのかい?」
「それはない」
「だろうね、まだ処女の匂いがするし―――」
「っ――――――………」
「男の体に戻るのは諦めたのかい?」
「……………………」

「…………」
「…………」

「…………」
「…………」

「…………」
「…………」

「言いたいこと、聞きたいことがあるなら今のうちに言った方がいい。
 わたしを何度もそう簡単に喚びだせると思ってるなら大間違いだよ」

「―――――――――そうだな……。
 あんたは………、何者なんだ?
 天使――――、か?」

「天使、ね―――――」


俺の問いになぜか女は顔を顰めた。
あからさまに嫌そうな表情を浮かべている。


「ここは八百万やおよろずの神が住まう国だろう?
 それならできれば第一声は、神か、と聞いて欲しかったね。
 わたしも貫禄が無くなったのかな」

「神、なのか―――?」

「そう呼ばれてた時もあるってだけさ。
 天使、妖怪、化け物、いろんな呼ばれ方をするからね。
 でもその中で私が一番気に入ってるのは――――――――――、鬼」

「鬼―――………」

「残念ながら――――……
 本当は人前に姿を見せるのも、こうして話すのも、こちら側のことを教えるのも、
 絶対にタブーなんだ。
 最近は特にうるさくて・・・・・ね。 
 でもわたしはあんたと同じ・・・・・・無法者アウトローだから―――――」


そういって女はくすっと笑う。


「言いたいことがあるならはっきり言ってごらんよ。
 今なら叶えてあげないこともない」
「ならっ――――………」

「なら?」
「い、いや…………」

「なんだい、はっきりしないねぇ。
 男の体に戻りたいんじゃないのかい?」
「戻りたいさ、戻りたいに決まってるだろ…………」

「でもあの子との絆を失うのが怖い」
「―――――――!!!!!」

「恋はこうまで人を変えてしまうんだねぇ…」
「恋―――………だと!?」

「自分で気づいてなかったのかい?
 そりゃそうだ、どうやらそれはあんたの初恋みたいだものね」
「俺はっ―――――…………
 今更――――………みこととどうこうなりたいとかっ、
 そんなことは……思ってない……。
 ただ一緒にいられれば………、それと、できれば………、、、、
 ………………、守ってやりたいだけだ……」

「でも実際は守られてばかり」
「っ――――――――――――!!
 そうさ!だから、だから戻りたいんだ男に―――――――男の体に!!」

「やっと本音が出たね。
 仕方がない。
 心の底から改心したようだし、元の体に戻してあげるよ」

「ほ、本当かっ―――!?」






























「ば〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜かwwwwwww」































「はいそうですかって、戻すわけ無いだろ。
 くっくっくっ―――――――」
「っ――――!!」

「これは罰なんだよ。
 これまで犯してきた罪を償うための」
「分かってる!そんなことはもう分かってんだよ!
 だから俺に罪を償わせてくれ!
 早く―――――!!」

「だから言ってるだろう。
 あんたの償い、それはその体で男を108,000回射精させることだって」
「それは俺が元の体に戻る方法だろう!?
 俺は罪を償いたいんだ!!」

「甘ったれるんじゃないよ。
よく聞きな。誰かがあんたのことを恨んで恨んで、恨み貫かれた呪いを晴らすには、あんたがそれだけ苦しくつらい思いをしないといけないんだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あんたがこの上なく苦しみ、身を引き裂かれるような思いを味わって初めて、彼らの気は晴れるんだ。
あんたはこれから何年、何十年とかけて苦しみ続けなきゃいけないんだ。
そんな簡単に償える方法なんて無いんだよ。
それに呪いってのはね、かけてる間はその本人も呪いに蝕まれ続けるんだよ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「分かってるッ―――!!」



分かっている。
理解っている。



だから今もみことは――――…、今も、まだ、苦しみ続けている………。





「分かってない。
 それだけじゃない、その人を大切に思っている人も・・・・・・・・・・・・・・死ぬような思いをしているんだ・・・・・・・・・・・・・・
 自分が一体どれだけの不幸を、悲しみを生み出しているのか自覚しているのかい?
 あんたの罪は百八辺死んでも全然足りないんだよ―――!!」


「分かってる。だからっ―――――」


「さっさと罪を償って綺麗になりたいって言ってんだろ?
 本音は、そのあとあの子と幸せになれたら……とか考えちゃってるんだろ?
 それが甘ったれだって言ってんだよ」


「っ――――――――」


「そうそう。
 あんた今あの子がよっぽど大切みたいだからねぇ。
 あの子に男たちをけしかけて乱暴しちゃおうかぁ?
 輪姦ってやつ?
 ヤッてヤッてヤッて――――壊れるまでヤり倒して、最後は野良犬の餌にでもしてやろうか。
 あはっ。
 そうすりゃあんたは悲しくて悲しくて、呪いの半分くらいは一気に打ち消せるかもしれないよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」








































ブチッ









































次の瞬間、女は椅子から飛び退き、壁に背を貼り付けていた。

その目は驚愕に見開き、その額にはいくつもの冷や汗が浮かんでいる。










「待て!待って!冗談、冗談だってば――――――――――――!!」





女の言葉に、俺は初めて、怒りという感情の果て、その限界の先・・・・・・を見ていた。





まるで脳が沸騰したかと思った。





熱い。





灼けるように熱い。





頭の血管が全てぶち切れ、眼球が飛び出し、髪の毛、体中全ての体毛が逆立ち、自分の存在が崩れていくのを感じながら―――――――

それでもただ、どうにかして俺の刃を、目の前の女に届かせることだけに全霊を傾け――――――――………






























「はぁっっ――――――……はぁっ―――――――――……」




我に返り、慌てて頭に触れたが血は流れていない。
眼球もしっかり眼窩に収まっている。




(今のは――――……幻覚―――……だったのか!?)




「まったく―――――――――。
 なんて……殺意さね……………、、、、
 もう少しで意殺される・・・・・ところだったよ――――――…………」


「貴様、、ふざけるなよ――――――ぐぁっぁっ………」


「分かった。分かったって。少し落ち着きなよ」


「はぁっ―――はぁっ――――はぁっ―――――……」


女の言うように、自分がどれだけ無理をしたのか、身に染みて理解していた。
いったい自分は如何なる手段で相手を攻撃をしようとしたのか。


俺の肉体は、今にもバラバラに崩れ落ちてしまいそうだった。
もうその存在を留めていられない、、、、


ぱちんと女が指を鳴らすと、その指先から何かが溢れ出て俺の体へと流れた。


暖かい空気のような、ガスのような、得体のしれない目に見えぬ温もりが空中を漂い、俺を包んでいるのが分かった。



次第に呼吸が落ち着き、同時に全身が活性化して、漲っていく―――――


その感覚は、心地よい、その一言に尽きた。










「ふふっ」
「何が、おかしい――――…?」

「あんたの牙を見て、嬉しくなっちゃってさ」
「――――?」

「あんたやっぱり鬼なんだなぁって――――――…」
「俺は、鬼なんかじゃない……」

「ふふふっ―――――」
「…………」






「からかったお詫びと言ってはなんだけど―――――」


女が手をくるりと回すと、その手のひらに小さな白い粒が一つ乗っかっていた。
ただのガラス玉のようにも見えるが、それはどこか神秘的な輝きを放っていて――――――


「これは……?」

「飲めば男の体に戻れる薬」
「えっ―――――!?」

「これは私の霊力のほぼ全てを注ぎ込んだ結晶体だよ」
「!?」

「それくらいしないと打ち消せない、凄まじく強い呪いなんだよ。
 あんたにかけられたのは。
 飲めば効果はすぐに顕れる。
 効き目は数時間か、長くても1日――――。
 ただしあんたに向かう呪いを防ぎきれる保証は無いし、
 効果が切れたその時に・・・・・・・・・・あんたは死ぬ・・・・・・――――――」


「――――――!?」


「本当はね、あんたはもう地獄に行くことが決まってたんだ。
 でも同情の余地はあった。
 あんたがそんないびつなかたち・・・・・・・になってしまったのは、あんたの所為じゃなかったから・・・・・・・・・・・・・・―――――。
 だから私の裁量であんたを生かしてやった。
 でもこれを口にしたら二度はない。
 なにがあっても。
 どうやっても。
 決して。」


「………………」


「ほら、受け取り」

「でもこれにはあんたの力をほとんどを――――……」

「申し訳ないって?
 ふっ。ほんと人間らしくなったもんだ。
 これはわたしからあんたへのプレゼントさね。
 飲めば一日だけ羅刹に戻れる。
 これはあんたの意志だよ。
 あんたが自分で選ぶんだ。
 でも正直言うとね、あんたはこのまま羅城せつらとして生きていくのもいいんじゃないか――――とわたしは思っているよ。
 やっと人間らしく――――大切なものを見つけたんだろう?
 折角この世に授かった命。
 そう簡単に捨てるのは勿体ないってもんさ。
 勿論、使うか使わないかはあんたの自由さね」

「あ……、ありがとう…………」

「礼を言う必要なんて無いさ。
 わたしはあんたを救ってやったわけじゃないんだから―――…」

「………そんなことはない。
 俺は、感謝している……………」

「ふふふ、あははははっ―――――。
 でもね、人生は短い。
 人間の命なんてほんと儚いもんさ。
 だから使いたいと思ったら躊躇わず使った方がいいかもしれないよ?
 もしかしたら3日後に事故で、あるいは1年後には病気で逝くかもしれないんだからね?
 でも、勘違いするんじゃないよ。
 これだけは言っておく。
 今のままなら、あんたは、死んだ後は確実に地獄行き。
 
 ――――――――――――永遠の責め苦が待っている・・・・・・・・・・・・






そう言って女は、俺の目の前で――――――――――――消えた。










それが夢じゃないことは、俺の手の中にある、一粒の白珠が証明していた………。





























































第9話:祈り
終わり

: : : : :

: : : : :

  第10話:日常
― ―― ―――――――――――――◇――――――――――――― ―― ―
<- BACK -

: : : : :

: : : : :

メインページへ戻る

: : : : :

: : : : :