時は一月ひとつきを遡る。


場所は輪光高等学校、プレハブ教室―――――


2年前、なぜか急激に入学倍率を跳ね上げた輪高は、急遽校舎の増築を取り決め、その工事中に一時プレハブ教室を設置した。増設部分は平屋だった為、工期は一年で完了したのだが、プレハブ校舎は撤去されずにそのまま放置されていた。
色々と使い勝手のいいその教室に学生たちが集まるのは当然で、現在はその場所は学生たちの溜まり場として使われていた。
とはいえ、集まるのは一般の学生たちではなく、特殊な生徒たち・・・・・・・である。

そこは教室というより、最早廃墟と言った方が的確な表現かもしれない装いだった。
机や椅子はその原型を留めず、壁はどぎつい色のスプレーで書かれた卑語スラングが、所狭しと埋め尽くしている。
建物自体はまだ新しいのだが、それを微塵にも感じさせないほどに、住人の性質が著しく顕れていた。



今そこに集まっていたのは、輪高の不良グループ<悪鬼>を仕切る幹部、四天王・・・と呼ばれる4人だった。

左から東江あがりえ桧山ひやま灰刃かいば空見うつみという。



「羅刹さんがいなくなったっていうのは本当なのか?」
「今朝、羅刹さんを迎えにいった辻がこんなものをもってきた」


空見が取り出したのは 「羅城道孝は引っ越しました」 と書かれた張り紙だった。


「これが羅刹さんの表札に貼り付けられていたらしい」
「はぁあ!? 一体何の冗談だよ?」
「俺もそう思う。
 が、あのゴミ屋敷が綺麗に片付けられていた、と聞いては」
「おい、そんな、まさか――――」


桧山が慌てて携帯を取り出す。


「かけても無駄だ。
 昨日から繋がらないし、今朝から何度もコールしている」


空見の言葉を無視し、桧山はコールをし続ける。


「繋がらない……」
「どうなってんだ……?」
「分からん―――――」
「何か事情があるのかも」
「でも何も言わずに、突然なんて……」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


沈黙が支配する。


「まさか殺された―――――か?」
「…………」
「…………」
「…………」



桧山の言葉に他の3人は息をのみ、しかし沈黙を保ち続けている。


桧山が言ったのは、逃げ出した・・・・・、ではなく、殺された・・・・、である。

しかし誰もそれに異議を唱えない。
そんな馬鹿な、と否定しない。
そして肯定もない。



逃げ出した、とは誰も考えなかった。
いや、考えられなかった。

そんな言葉とは完全に対極の位置に存在しているのがあの男だった。
なにせヤクザ相手に1歩も退かなかった男だ。

今ここに集まっている四天王と呼ばれている4人がかりでさえ、彼に勝てるとは誰一人も思っていない。奇襲だとしても、武器を使ったとしても、1%の勝算もないだろう。
もし全員が渾身を込めた一撃を当てたとしても、彼はそれを平然と受け止め、反撃してくるだろう。
それほどまでに規格外なのだ。
あの男は。

そんな男が逃げ出すはずがない。
そんなことは―――万に一つの可能性として―――さえも考えることができない。

だからこそ、殺された、という言葉が妙な現実味を持っているのだった。





要するに彼らはまだ誰1人として信じられないのだ。


歩く恐怖の権化―――あの生ける伝説のような男がいなくなった――――などと………










「――――――とにかく、」

長い沈黙を破ったのは空見だった。

「羅刹さんが消えたかどうかは、まだ確定事項じゃない。
 事実が判明するまではこのことは絶対他へ漏らさない。それでいいな?」
「ああ、それがいいだろう」
「分かった」
「了解っと」



その日の四天王の会合はそれでお開きとなった。










しかしあの圧倒的存在感を持つ男の不在は、あまりに大きく、それが、悪鬼たちの話題を独占したことは言うまでもない。



















































第12話:四天王
終わり

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  第13話:食堂
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