輪高の生徒が暴行された翌日。
いよいよ校内の雰囲気は悪くなり、誰もが怯え、殺気立っていた。

それは、そんな雰囲気の中で起きた事件だった。



普段、みことは自分で弁当を作ってくるのだが、未だ生理痛を引きずっていた彼女は弁当をつくれず、俺と一緒に食堂で摂ることになった。


みことがトレーに食事を受け取り、俺たちのいる席へ戻ろうとした時だった。

上級生の1人がみことに足をかけたのだ。
彼女はそのまま転倒し、手にしていた定食はそのまま近くに座っていた男子生徒へ頭から降り注いだ。
当然、男は仰天し、そして激昂し、騒ぎになった。


「おい、てっめぇ―――! ふざけんじゃねーよ―――――!!!」
「ごめんなさいっ、ごめんなさい!!」


みことはただ平謝り、彼の制服についてしまった汚れを落とそうとハンカチを取り出して手を伸ばしたが、しかし、男はその手を払いのけた挙げ句、思い切り突き飛ばした。
彼女の体が後ろのテーブルにぶつかり、テーブルが転倒してそこで食事中だった男たちの食事まで床に散らばる。


騒ぎが―――、加速的に広がっていく。



俺はすぐに駆けつけた。


「みこと大丈夫?」
「ううっ………」


みことは蹲り、体を抱え震えていた。
彼女は何度もごめんなさいと、泣きながら呟いていた。


「おいクソアマ、ちゃんと弁償しろよな。
 食事代と、クリーニング代と、あと慰謝料な」


そのみことへ、頭上から容赦ない言葉が降り注ぐ。
俺の中で、何かが、腹の底へ深く深く沈んでいき、それに反比例するように頭の中が熱くなっていく。

俺はすっと立ち上がった。


「おい、彼女に謝れ」
「はぁ?」

「彼女に謝れ」
「何言ってんだ? どう見たって悪いのはその女だろうが―――」

「私は見てた。
 あいつが足をかけてみことを転ばせたんだ。
 だから責任は全部あいつにある―――!!」 


俺はそう言って、みことに足をかけ、転ばせた男を指さした。
そう知ってる。
こいつは確か悪鬼にいた――――、名を田村と言ったか?

田村がみるみる顔を赤くし、次に怒りを爆発させた。


見てた・・・だって!?
 ざけんじゃねーよ。その女が勝手に転んだんだろ?
 それともなにか? 証拠でもあんのかよ!?
 言いがかりつけてんじゃねーぞ!!!
 女だからって容赦しねーぞ―――――――――――!?」


田村が立ち上がり恫喝する。


「悠理」
「あ、あああ? え?何? あ、うん?」


俺は遠くでおろおろと狼狽えている悠理を呼んだ。


「みことを保健室に連れて行って」
「え?え?」
「早く」
「あ、う、うん」


悠理がみことに駆け寄り、抱き起こす。


「おい、待てよ、その女にはまだ用が―――――」


悠理を止めようとした男を俺は容赦なく突き飛ばした。

背丈の低い俺ではどうしても、打撃箇所が相手の重心に近い位置になってしまう。
しかし不意打ちということもあり男は面白いくらいに吹っ飛んだ。


「ってぇ、なにしやがんだ―――――!!!!」
「やれー!やっちまぇ!!」
「ひゅーひゅー!」
「1年頑張れwwwwwwww」


周囲を多数のギャラリーが囲っていた。
誰もが面白そうに、楽しそうに、はやしたて、煽り、この状況を楽しんでいる。

その場にいたのは殆ど男だ。
もともと食堂を利用する数は男の方が圧倒的に多い。
そしてそのほとんどが上級生だ。


転倒した男が立ち上がり、怒りに顔を赤くし突進してくる。
が、俺は冷静に対処していた。


「の野郎ッ―――――、うおっ」


相手は3年。こちらは1年。
男と女。
既に骨格の作りは完全に違うものになっている。



相手の勢いを利用し、受け流し、投げる。



今の動きはたぶん、柔道ってやつだろう。
やったことはなかったが、大体の流れは分かっているようだ。

勿論、俺が強いのではない。
相手が弱いだけだ。
怒りに我を忘れ、状況が見えていない。

男は再び立ち上がり、性懲りもなく突進してきた。

体格が違いすぎる。
捕まえてしまえば勝ちだと思っているのだろう。


俺はあえて正面から受け止め、真下からそいつの顎をめがけて思い切り頭突きをかました。
本当はアッパーが良かったが、この細い腕ではあまりにも頼りない。

男は呻き、そして起き上がろうとするのを諦めた。


「はぁっ――――、はぁっ――――」


気がつくとあれほど騒がしかった食堂が、一瞬にして静まりかえっていた。


「おい村田。
 この騒ぎの責任はおまえがとれ―――」


俺は村田を指さして言った。
一年の、しかも女に指をさされ、命令されたことに彼は唖然とし―――――


「俺は田村だッ―――――――――!!!」


再び俺に殴りかかってきた。

普段の俺なら避けるという動作は必要なかったことだ。
こんなやつの拳を避けること自体悔しくてならないが、この体では受け止めることはできない。

俺はすれすれで躱し、彼の顎に思い切り掌底を打ち上げた。

が、弱い。

ちゃんと入っていない。
自分のリーチを見誤っていた。

いや、そもそも威力に問題があったような――――……

すぐに距離をとろうとした俺は、突然背後から羽交い締めにされた。
暴れ、逃れようとするが、微動だにしない。


「放せ――――!!」


村田が怒りに充血した顔を俺に向けた。
その手を伸ばし俺の顎から頬をおもいきり掴みあげる。
噛んでやろうと思ったが、顎を下から押さえられているために動けない。


(クソがッ――――――――――!!)


後ろから男に羽交い締めにされ藻掻く俺に村田が恫喝する。


「てめぇ…、やってくれんじゃねーかよ。
 女のくせに、なめたことしやがってよぉぉ………、はぁはぁ………、、
 へへっ、おまえはもうおしめーだよ1年………。
 証拠もなしに変な言いがかりつけやがってよぉ――――…
 いいか……これから先まともな学校生活送れると思うんじゃねーぞ………
 なんたって俺は悪鬼の――――……」





が、その時―――――――、










「やめろ――――。
 田村、おまえが足をかけて転ばしたんだろ。
 俺は見てたぞ・・・・・・。」

「う、空見さんっ!?
 ―――――――――――で、でも、このおんっ



 うごぶッッ―――――――――――――」



村田が反論しようとした瞬間、空見のつま先が、その踵まで、深く、彼の腹に突き刺さっていた。
彼は体をくの字に折って倒れ、床に食べたばかりの昼食を撒き散らす。


「この場の責任は全ておまえがとれ」
「は、はい…………」


彼は小さく頷いた。


「おい、放してやれ」
「あ、はいっ!」


空見に言われ、俺を羽交い締めにしてた男が慌てて俺を解放する。


解放際、俺はそいつの腹に思いきり肘鉄を叩き込んでやった。
が、やっぱり威力が弱い。


(腹筋で止められるってどんだけだよ………
 くそがっ―――……)










騒乱の食堂に現れ、俺を救ってくれたのは空見だった。


「悪い、助かったよ空見―――――」


そう言った瞬間、その場の雰囲気が再び凍り付いたのが分かった。

俺は内心頭を抱えた。



(ちっ、つい口が滑った――――…)




空見が俺を射貫くような瞳で見ていた。





瞬間、空見が正面突きを放っ―――――――――――





(――――――――――――疾すぎてガードできない!!!)





俺はとっさに目を瞑った。

そっと目を開けると、空見の拳は俺の左頬すれすれを掠めていた。

俺が挙げた手は更にその外側。


思わず冷や汗が流れる。





「確か君は1−Cだったな?
 話がある。
 放課後、教室で待っているように。」





それだけ言うと空見は食堂を出て行った。


周囲で成り行きを見守っていた男たちを見遣ると、彼らは皆こぞって顔を逸らした。


俺は昼食もそのままに、保健室へと向かった。






























畜生、、、
手が震えてやがる――――……





食堂を出た俺は、自分の右手で左腕を強く押さえつけ、独りごちた。





























































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