放課後、空見が1Cの教室へ来ると知ったクラスメイトたちは、まるで逃げるように教室から出て行った。
「私の所為だもん、私も残る」と言い張ったみことはしかし、体調が悪いのは傍目にも明らかで、悠理に無理矢理連れて帰らせた。
本当は俺が家まで送っていってやりたかったが――――。
六限が終わり、過ぎること15分。
空見が教室に入ってきた。
誰もいないガランとした教室に2人だけ。
「誰もいないのか? それは好都合」
「…――――それで、話というのはなんですか?」
「君は確か、羅城せつらと言うんだったな?」
「そうですけど」
「君と羅刹さんがどういう関係なのか、教えてくれないか?」
「関係ない、と言ったはずですけど―――」
「そうは思えない。
調べたところ、今、羅刹さんの家に住んでいるのは君だそうだな?
羅刹さんが住んでいた家に、同じ苗字の人物が引っ越してくる偶然など、有り得ない」
「絶対にありえないとは言えないでしょう?」
「ああ、絶対にないとは言えない。
だが常識的には考えられない。
君は羅刹さんの妹ではないといったが、本当にそうか?
嘘をついているんじゃないのか。
例えば彼を兄と認めてないから―――――とか」
「………………」
「もしくは親戚、異母兄妹、あるいは………彼の生まれ変わり―――――」
「先輩、ちょっと想像力が逞まし過ぎませんか?」
「自分でもそう思うよ。
しかし転校してきたばかりの君が、なぜ3年の、田村の名を知っていた?
それに食堂での気迫、俺はあの時君の中に羅刹さんを感じた気がする」
「………」
「少なくとも君は必ず、羅刹さんと何かしらの関わりがある。
俺はそう、確信している」
「………」
「俺は羅刹さんを探している。
居場所を教えてくれないか?」
「残念ですが、知りません」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
長い沈黙――――――
「一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「羅刹ってひとは、酷いことばかりする、鬼のような人だと聞きました。
そんな人、いなくなった方がいいんじゃないですか?」
「そう――――――――――――かもしれない……」
俺の質問に、空見は俯き、そして呟くように答えた。
「はっきり言って、世の中は彼を必要としていないだろう。
多くの人が彼はいない方がいいと思っているかもしれない。
でも、俺にとって――――………」
「――――……?」
「彼は仲間だから」
「え―――?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あの、もう一つ、いいですか…」
「ああ」
「彼を―――――………、彼の、本質は何だと思いますか?」
「強さ―――、かな」
同感だ。
「なら、その強さが失われたら彼はどうなると思いますか?」
「そんなこと、考えたこともないが」
「考えてみてください。
彼が強さを失ったら、もう彼は彼じゃなくなるんじゃないですか?
もう羅刹と呼ばれるに値しないんじゃないですか?」
「君は――――……、何が言いたいんだ?」
「別に何も。
その人いなくなったって聞きましたけど、
もしいなくなったなら、きっとその強さが失われたんだと思います」
空見は手近な机に腰を下ろした。
そして疲れたように背を丸め、それから天井を見上げる。
その姿はどこか老人のようにも見えた。
「羅刹さんが強さを失ったら、か――――………
そんなこと、想像もできないな―――……………」
また長い沈黙。
居心地が悪いわけではない。
だが決していいわけでもない。
なぜ俺と空見が、二人きりでこうして会話をしているのかもよく分からない。
「食堂で君は俺のことを呼び捨てにしたよな?」
「あ、すいません………」
「あれはなんでだ?」
「特に理由は……、つい……」
「俺は嬉しかった」
「え?」
「言っただろう?
あれはあの時、君が羅刹さんに思えたんだ。
いや、本当は1ヶ月前、初めて君に会った時から―――――」
「……?」
「あの時君は、俺の覇気を平然と受け流していた。
あれは俺の覇気に気付かなかったんじゃない。
気づき、そしてどこかで笑ってさえいた」
「そんなことは―――………」
「でも君は羅刹さんじゃない。
あの人は決して誰かに頼るなんてことしなかった。
そもそもそんな必要がなかった。
俺たちを仲間だと言ってくれて、でも全く必要とされて無くて。
だから嬉しかったんだ。
初めて、羅刹さんが俺を頼ってくれたようで――――……」
(空見………)
「君にこんなことを話しても仕方がないのにな……」
「いえ……」
「やはり君は、他の1年とはどこか違うな……」
「………」
「もしよければ、また話にきてもいいかい?」
「別に、いいですけど……」
「良かった。
時間をとってくれてありがとう」
空見は満足そうに頷くと立ち上がった。
「そうだ。これ俺の携帯番号。
もし困ったことがあったらいつでも頼ってくれ。
できる限り力になる」
「あ、ありがとうございます……」
そうして去り際、奴は俺に携帯番号を渡していったのだった。
仲間、か―――――………
普通の、
誰もができて当たり前のことができず、
他の連中からはみ出して、
屯ろして、
ただ、連んでいただけのはずの――――――……
『聞いた、よ』
「何を?」
『食堂での話……』
「うん?」
『あの時、食堂にいた男の子が話したのを、悠理が聞いて、
それの又聞きだから、少し変わってるかもしれないけど……』
「あはは」
『それで…、せつらさん、私のために喧嘩したって――――――…』
「喧嘩なんてしてないよ。少し怒鳴りあっただけ」
『でも殴られて……でしょ……?』
「殴られてないよ?」
『押さえつけられたって……』
「殴ったのはこっちだから」
『え?』
「だから、なんでもないって。私はかすり傷一つないんだから。
それよりみことは?テーブルにぶつけたとことか平気?
体調はもういいの?」
『平気だよ〜、一応、今、布団の中だけど』
「そっか、なら良かったよ」
『せつらさん………、
ごめんね………、
私の所為でこんなことになって………』
「みこと」
『う…?』
「勘違いしないで。あれはみことが悪いんじゃない。
本当に3年がわざと足をかけたんだよ。
私がこの目で見てたから。
だからみことが気にする必要は一切ないから」
『ありがと…』
「それに3年の空見って人が全部まとめてくれたから。
悪いのは足をかけたやつだって、
だからこの先あいつらがみことにちょっかいを出すなんてこともないし、
みことはもう何も心配しなくていいんだよ」
『う、うんっ………、あり……っ………と……』
「みこと、泣いてる…の?」
『だって………っ……』
電話の向こうでみことが静かに泣いていた。
その泣き声に、胸が締め付けられる思いがする。
ちくしょう――――――――……
何もできない
俺は
怯え、泣いている彼女に、何一つしてやれない……、、、。
『わたし……』
「うん?」
『せつらさんに出会えて良かった―――……』
「あは」
『もう寝るね』
「うん、おやすみ、みこと」
『また明日ね』
「うん、また明日」
俺と出会えて、良かった――――……か。
羅刹と出会ったことは、君にとって最大の不幸だったろうに―――…………
「私も、みことに出会えて良かった―――――……」
電話では言えなかった言葉を、そっと口にし、
胸が苦しくなって、俺は頭から布団をかぶった。
第13話:食堂
終わり