翌日登校すると、俺はいきなりクラスメイトたちに囲まれた。
皆、昨日3年の空見とどうなったのか、を知りたがったのだ。
「ほんとに何もされてないの?」
「されてないよ?」
「なーんだ」
「えー?そうなの!?」
「誰だよ、せつらさんが女になる日とか言ってたやつぅ」
「だから言ったじゃん」
「でも相手は悪鬼の幹部でしょ。何もない方がおかしいじゃん」
「え――?え――?」
皆は好き勝手に騒ぎ立て、俺は訳も分からず混乱していると、クラスメイトの女子の1人、萌が教えてくれた。
「みんな、せつらさんが空見にレイプされるかもって思ってたんだよ」
「は―――――?
はぁ……」
「無理もないよ。
あいつら平気で強姦する連中だし。
噂だと羅刹ってやつもう何十人もレイプしてるらしいよ」
「そ、そうなんだ……」
俺はそっと隣の席を見た。
幸いみことはまだ登校してきていない。
しかし―――――
そうだ、そうだよな。
それはみんなの評価が正しい――――………。
でもクラスメイトがレイプされると思いながら先に帰っちゃうなんてちょっと酷いような……。
俺は昨日、空見との友情に深く染み入ったばかりで―――――、
そして、友情の儚さを知った。
その日、結局、みことは学校にはこなかった。
昨日のことが余程ショックだったのだろう…。
大丈夫?とメールを送ってみたが返事はない。
ぐっすりと眠っているのか、体調が悪くて病院にでも行っているのかもしれない。
10月下旬、マラソン大会を今週末に控え、最後の体育の授業があった。
校舎の周囲、おきまりのマラソンコース。
1週800mを10周。
つまりノルマは8km。
授業の時間内に10周を走りきることのできる女子はクラスでも一握りなのだが、実際のマラソン大会で女子が走る距離は5キロというちゃちさで、いちいち授業で走り込まなくても大抵の生徒は余裕で完走できるだろう。
ちなみに俺はというと、マラソンの授業は体力をつけるために都合がいいので、一切の手抜きをせずに走り込んでいる。
その日は20周を超えていた、と思う。
羅刹の時は走るという行為自体が好きではなかったから、走るだけの授業は勿論、大会などには一度も参加したことがない。
しかし自分の体が風を受け、景色を切って進むというのはとても気持ちいいものだ。
バイクで疾走するのとは全く違う心地良さがある。
走り始めの最初こそ辛いが、体がアップした後は、飛ぶように走り続けることができた。
俺の速度に着いてこれるのは唯一、1−Bの神楽羽織だけだった。
他クラスとの合同体育は週に限られているため、いつも一緒に走れるわけではないが、彼女とはいつからとなく、先頭を張り合うようになっていた。
張り合うというっても喧嘩腰ではない。
いいライバルってやつだ。
お互いがお互いを引き上げあい、更に前へと進んでいく。
ちなみに彼女は俺以上に口数が少なく、ほとんど話したことはない。
以前、彼女が帰宅部だと知った俺は「陸上部に入ればいいのに」と言ってみたのだが、「そっちこそ」と言い返され、以来、無言の闘争が続いている。
その日、授業が終わると、珍しく羽織の方から俺に話しかけてきた。
もしかすると彼女から話しかけられるのは初めてかもしれない。
「せつらさん、私、あんたのことは認めてるんだ
」
「……?」
「週末のマラソン大会、勿論出るよね?」
「そのつもりだけど?」
「あんたには絶対に負けないから――――――」
「くすっ――――」
「な、なによ…?」
「そんなこと言われたら、私も負けるわけにはいかないなぁって――――」
「良かった。少しは楽しめそう」
「私も」
実際のマラソン大会は5km。
たった5km。
最早、俺たちにとってそれは長距離ではなく短距離だ。
その距離での本気の勝負をするとなるとペース配分もなにもない。
過酷なレースになりそうだった。
大した会話も交流もない。
けれど彼女の存在は明らかに、俺の学校生活を2倍も3倍も充実したものにしてくれていた。
しかし、俺は週末のマラソン大会に出場することは――――――できなかった。
第14話:約束
終わり