時刻は20:50―――――…
シャワーを浴び、すっきりした俺は、冷蔵庫から冷えたコーラを取り出し、ポテトチップスをもって、ソファーに座った。
リモコンを操作し、買ったばかりのテレビに電源を入れる。
今日の21時からは連続もののテレビドラマがやっているのだ。
いつもみことと悠理が楽しそうに話している番組である。
頼みもしないのに何度も説明してくれたお陰で、これまでの粗筋はあらかた理解している。
AVでも借りてきて見――――…、ふとそんなことを考え、でも体にそんな衝動はなく、そしてこの体で見る意味も分からず――――、
結局自分でも分からないただもやもやとした気持ちで、長々と続くCMをみながらポテチを頬張り続ける。
ドラマが始まったときには、既に二袋目のポテチに手をかけていた。
CMが始まり、俺はテーブルに置いてある携帯を見遣ったが着信は入っていなかった。
今日、何度目か分からないその行為に、俺は溜息を漏らす。
学校を休んでいたみことに、お見舞いメールを打ったのだが、その返事が未だきていないのだ。
余程体調が悪くて、寝込んでしまったのだろうか?
上級生に絡まれたことが精神的にショックだったのかもしれない……。
電話してみようか。
でも、眠っていたら悪いか―――……。
まあ、きっと明日には学校に来るだろう――――。
みことと悠理が騒いでいたのはこの俳優か、と、明日二人の会話に混ざることができるのを楽しみにしながら見ていると、いつの間にか外が騒がしくなっていることに気づいた。
「やめてください」
「とおして」
「いやっ」
微かに外からそんな声が聞こえる。
それからドンッとぶつかる音。
誰かが玄関に体当たりでもしたのだろうか。
俺はドラマを邪魔されることに若干の苛立ちを覚えつつも、そっとカーテンを引いて、外の様子を窺った。
あいつらだ。
夕方の4時頃、俺が帰ってきた時から人の家の前で屯していて、6時に買い物にでたときはいなくなっていたのに、いつの間にか戻ってきたようだった。
もしかしたら今夜一晩、羅刹の動きを見るために見張るつもりなのかもしれない。
ここは羅城道孝は引っ越したとはっきり言ってやるべきだろうか……?
だが言ってしまっていいのだろうか?
それにしても騒がしい。
一体何をやっているんだ?
何か企んでいるのか――――――?
俺は若干の緊張を感じながら様子を窺う。
ドンドン―――――!!!
誰かが玄関を叩く。
「せつらさんっ」
それから俺を呼ぶ声。
(え?みこと――――――――!?!?)
今の声は、みことの声に思えたが、しかしここにいるはずも――――――……
俺はゆっくりと玄関へ近づく。
「せつらさん、開けて!」
それは確かにみことの声だった。
俺は急いで玄関を開き、みことを中に引き入れる。
遠巻きに、こちらの様子を窺っている不良共を尻目に、俺はすぐにドアを閉め鍵をかけた。
「はぁっ……はぁっ……」
「みこと、なんで―――――」
走ってきたのか、外の連中に怯えているのか、肩で息をしている。
俯いて俺を見ようとしない。
(何かあったのか?)
ガタンッ―――――…
俺が肩に手を伸ばそうとしたら、彼女はまるで俺から逃げるように後ずさり、玄関の隅へと移動した。
その様子は尋常ではない。
「みこと……?」
「なんで――――――っ!?」
「え?」
次の瞬間、彼女は叫んでいた。
ほとんど悲鳴に近いかもしれない。
「ねぇ、なんで!?
どうして……、せつらさんがっ、あいつの家にいるのっ―――!?」
「え?」
「ここは、あいつの家でしょ―――――!?
なんでここに住んでるの―――――!?
あいつもいるの!?
兄妹じゃないって言ったじゃん!
あれは嘘だったの!?」
「あいつって――――……」
「あの鬼だよ――――――――っっっ!!!」
彼女にここの住所は教えていない。
きっと担任から聞いたのだろう。
ここが羅刹の家だと知っていると言うことは、以前、来たことがあるということだが、その理由は聞くまでもない………。
「みこと、落ち着いて……?」
「はぁっ……はぁっ……、
なんで…………、どうして―――――……………嘘つき………」
「みこと。
ここは私の家だし、今は、私以外誰も住んでないよ。」
「はぁっ……はぁっ…………、嘘」
みことがあからさまな嫌疑の目を俺に向ける。
仕方のないことだが、その視線は深く俺の胸を抉った。
「嘘じゃないし。
好きなだけ中を見てもいいよ。
本当は凄い汚かったんだけど、私が引っ越してきてからリフォームしたんだ」
「…………、ほ、ほんとに―――……?」
俺の言葉に、みことは少し落ち着きを取り戻し、きょろきょろと周囲を見渡した。
女になったばかりの時に改装したために、張り替えた壁紙や新調した家具などから女らしさは感じられないが、それでも一般的――――だとは思う。
「ね、あがっていかない?
今、あのドラマやってるよ。一緒に見ようよ。
もうすぐ終わっちゃうけど…」
「えっ……? え…………?
あ――――そういえば…今日って………
いいの?
今、おうち誰もいないの?」
「誰もいないよ。さ、早く」
「う、うん、お邪魔しま〜す……」
みことがリビングへきて部屋を見渡す。
俺は冷蔵庫から新しいコーラ缶を取り出し、先にソファーの上に座って、みことをその横にくるように促す。
彼女が上着を脱いで椅子にかけ、ちょこんとソファーの上に上がってきた。
コーラの蓋を開けてやり、食べかけポテチと一緒にみことに勧める。
ドラマは丁度クライマックスに入り、程なくしてエンディングテーマが流れ始める。
が、俺はもうドラマの内容など全く頭に入っていなかった。
ずっとドキドキしていた。
心臓がバクバクと凄まじい音を立て続け、TVの音が止もうものなら、隣のみことに聞こえてしまうんじゃないか――――と、そればかりを心配していた。
すぐ隣に座っているみことのことが気になって仕方がなかった。
彼女とは教室でも隣同士だし、普段から髪の梳かしあったりとかなりのスキンシップを持っているが、こんなにドキドキするのは初めてだった。
みことの私服姿も何度か見たことがあるのに、その容姿が気になって仕方がない。
写メに撮っておきたいくらいだ。
どくんっ どくんっ どくんっ どくんっ どくんっ どくんっ ―――――……
俺とみことは、一つのソファーに、並んで座っている。
殆ど肩が触れそうな距離である。
触れてはいない、が、彼女の体温が伝わってきそう、な、感覚。
動悸が止まらない。
ただ、ソファーに座っているだけなのに、心臓が激しい鼓動を打ち続ける。
ドラマのクライマックスに涙ぐんだ彼女の瞳が――――、気になって仕方がなかった。
「うー、うー…、、、良かったね、ね、良かったねぇ……」
「う、うん、
そ、そうだね……」
俺はそれ以外に言葉が浮かばず、彼女は余韻に浸っているのか、それ以上何も言わなかった。
22時から別のドラマが始まり、俺たちは惰性のままそれを見続けた。
15分ほど過ぎて俺はかろうじて多少の落ち着きを取り戻し、リモコンを掴んで少し音量を下げた。
「みこと、今日学校休んでたよね?
大丈夫なの?」
「うん…………」
「どうしたの今日は。何か用があったの?」
「うん…………」
みことは視線をテレビに向けたまま、一向にこちらを見ようとしない。
「こんな時間にどうして、うちに?」
「……………」
彼女が俯いて呟いた。
小さくて聞き取れない。
「―――――――から……」
「え?」
俺は伏せたみことの顔に耳を近づける。
「せつらさんに………、逢いたかったから…………」
「え――――――…?」
少し遅れて彼女の言葉を理解し、
途端、俺は顔が真っ赤になるのが分かった。
耳まで熱い。
が、よく見ると自分の両膝に顔を埋めているみことの耳も赤い。
俺は思わず、みことを抱きしめたい衝動に駆られた。
が、動けない。
思い切り抱きしめて、抱きしめて、強く、強く―――――、抱きしめてしまいたい。
しかし、動けない。
(くそっ―――――動けっ、動けっ、動けッッッッ―――――――!!!)
俺は何も言えず、動くこともできず、激しい葛藤を繰り返しながら、
次の瞬間、俺はソファーの上に押し倒されていた。
「みこ……と――――………?」
みことが俺に抱きつき、丁度俺の腹のあたりに顔を埋めていた。
「…………っ…………」
抱きしめたかったはずが、抱きしめられていた。
強く、みことが強く、俺にしがみついてくる。
きゅぅぅん、、となった。
胸が、体が、きゅぅぅんと――――――――――――
腕が、体が、震え、イこうとする。
(え――――――――――?
やばい、なんだこれ――――――――――)
気持ちがいい。
震えた腕が、肩が、腰が、イきそうになっている。
抱きしめられているだけで、体が、きゅぅぅぅんってなって―――――。
みことがまるで子猫が甘えるように、その顔を俺の腹に擦り付けてくる。
(ああっ、あああっ――――――――――――!
みことっ……みことっ……)
腹の奥が、きゅぅぅんとなるのが分かった。
熱い。
痺れにもにた激しい震えが、脚にまで伝わっていく――――――――――
このままじゃ…、このままじゃ………
ああ――――でも、このままイきたい――――……。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
それは俺が女になってから初めて感じた、性衝動だった。
震え、イきそうになるのを何とか堪え、ついに俺はみことを抱きしめた。
それから、みことを抱き寄せ、抱き寄せ、彼女は俺に促されるまま、上へ上へと………。
みことの唇が俺の鎖骨に振れ、それから首に、
そして、
俺はすぐ真上にきた彼女の唇に思い切り唇を押しつけた。
「はぁっ――……はぁっ―――………」
「はぁっ………はぁっ――――………」
みことの口の中に舌を入れ、思い切り掻き回す。
彼女も俺の舌に絡めてくる。
何度も何度も、激しく絡ませあう。
みことが体勢を変え、片膝を俺の脚の間で立てた。
彼女が体を揺らすたびに、その腿が俺の股間を服の上から擦りつけ、体中に激しい快感が走る。
(ああああっっっ―――――!!!)
イきそう――――!!!!!
ドンッ―――――――
俺たちは激しい抱擁とキスを交わしながら、ソファーから転げ落ちた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
体勢が入れ替わり、みことが床に、俺が上になる。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
潤んだ瞳、紅潮した頬、俺の唾液に塗れた口周り、乱れた衣服。
きゅぅぅぅん―――――
胸が、締め付けられる。
こんな気持ちを感じたのは初めてだった。
こんな感情を持ったのも、こんな表現を使うのも始めだった。
(愛しい――――――――……)
「せつらさん―――……」
みことの口が開く。
「私、せつらさんが、好き………」
俺は何も言えず、再び彼女の唇に唇を押しつけた。
そして彼女の背中へ腕を回し、強く強く抱きしめる。
強く、強く―――――――――――――……
どれくらいの間、そうしていたのだろうか。
上から彼女を強く抱きしめ、彼女にのしかかったまま、頬と頬をくっつけて――――――――
ずっとずっと、長い間、そうしていた気がする。
俺はイったのだろうか?
分からない。
イった気もする。
気がついたときには、あれほど興奮に息を荒げていた俺の心臓はゆっくりと波打っていた。
みことの呼吸も落ち着いている。
俺たちは顔を見合わせて笑った。
みことが不意に顔を寄せ、素早くキスをした。
そして恥ずかしそうに、それから嬉しそうに、笑った。
俺はそっと起き上がった。
そして今になって、テレビをつけっぱなしだったことに気づく。
時計を見ると23時を回っていた。
「泊まって、く――――?」
「え、いいの―――…?」
「うん」
「うんっ!」
みことがまた俺に抱きついた。
「みこと、もうお風呂入ったの?」
「まだ」
「じゃあ入っておいでよ」
「せつらさん、は?」
「私はもう、入ったけど――――」
「………」
みことがじっと俺の目を見詰めてくる。
何が言いたいのかはそれで分かった。
(じゃあ一緒にはいろっか――――――)
求められていることが分かっていて、だからそう言おうとして、
そしてその言葉は喉の上まででてきているのに、
言えない。
別に変な意味じゃない。
ただ一緒にお風呂に入るだけだ。
そう、背中を流しあうだけだ。
でも、何かが起こりそうな気がして。
一緒にはいろっか―――――、そんな簡単なことが、言えない。
「いいよ……。
せつらさん、顔真っ赤だもん………」
「あぅぅ――――……。。。」
みことは少し残念そうに笑った。
彼女の姿が風呂に消え、程なくして、
「はぁぁぁ――――――――――――………」
俺はソファーにばったりと倒れ込み、深い、深い溜息をついたのだった………。
緊張した。
疲れた。
ドキドキしっぱなしだった。
こんな精神的疲労は初めてだった。
それでいて、今の気持ちを端的に示す言葉があるならそれは、幸せ、になるのだった――――。
歯磨きをし、髪を梳かしあい、俺たちは一緒の布団に入った。
俺たちは互いの息がかかるほど近くに、体と顔を寄せ合った。
それから何度も何度も、頑なに、いくら頑張って抵抗しても執拗に、
俺のパジャマを脱がせようとしてくる彼女に負け、
俺たちは素肌をくっつけて眠った―――――――――――……
第15話:みこと
終わり