その日、彼らはプレハブ校舎ではなく、輪高から程なくしたところにある古いアパートの一室に集まっていた。
狭い部屋の中には、悪鬼四天王の東江、桧山、灰刃、空見の他に、派手なジャケットを着た男が1人、そして他数名が座っていた。
「なんでさっさと俺に言わねーんだよ?」
「すんません。
羅刹さんが何も言わずに突然になくなるなんて、ずっと信じられなくて……」
「そりゃぁ―――……、そうかもしれねーけどよ……。
そりゃ―――――――……な……」
男は頭を抱え、唸った。
4人が低頭し敬意を払っている男は、羅刹と同級生であり、先輩であり、魔夜火紫の現総長をしている戸田筧である。
魔夜火紫――――――――
この周辺を仕切っている唯一の暴走族グループ。
羅刹が停学処分となり卒業できなかったため、コアなメンバーはほとんど抜けてしまっているが、周辺のグループは全て羅刹が潰したために、暴走族に入ろうと思うと魔夜火紫以外選択肢はなく、故に構成員は多い。
ちなみにその中で、輪高出身かそうでないかは非常に大きなステータスとなる。
「それで連絡がとれなくなって一月以上か―――――、決定的だな」
「そうっすね……」
「流石にこれ以上は、待つのも隠すのも無理ですね」
「あいつは何があっても逃げ出すようなタマじゃねぇ。
もしかしたらもう死んでるのかもしれねーな……」
「………」
「………」
「………」
「………」
「で、だ。
まあ、おまえたちを呼んだのはさっきも言ったとおりだんだが――――、
桜劉会のほうから俺に連絡があって、羅刹と話したいんだと」
「まさか桜劉会が羅刹さんを―――?」
「いや、そんな感じはまったくない。
あれだろ? 来年の3月にはあいつも卒業だろ?
そしたら組に入らないか聞きたいんだろう」
「まじすか」
「しかしあいつがいないとなると――――、困ったな。
流石に桜劉会を無視しつづけるわけにはいかないし………。
ま、あいつがいなくなったからといって、
今更俺たちにちょっかいを出してくるとは思わねぇが、一概にそうとも言い切れねぇ。
あいつがいたからこそ、これまででかいツラをされなくて済んでたんだしな………」
「あの戸田さん」
「ん?」
「実は、撲斗、征関、三麓からも再三催促がありまして……。
羅刹さんに会わせろと。
会わせないならこれ以上、上納金は払わないと」
「―――――――――まあそうなるだろうな。
これはもう戦争は避けて通れないってことだな」
「戦争っすか」
「上納金を払わねぇって言うのは宣戦布告してるも同じだぜ?
やつらだってもうあいつがいなくなったことを確信してるんだろ。
でなきゃそんなこと言えるわけがねぇ」
「た、確かに…………」
「俺だってあいつが何も言わずに消えるなんて信じられねーけどよぉ……、
事実もう1ヶ月姿を見せないんだろ?」
「はい」
「だったらもういないもんとして考えるしかないだろ」
「はい」
「“王”が消えたら、その後に起きるのは戦争、だよ――――――――」
4人は息を呑んだ。
元々喧嘩慣れしている猛者ばかりだが、羅刹という絶対的強者を王に据えていたために、ぬるま湯に浸りすぎた感は否めない。
「とりあえずなんだ」
「はい?」
「おまえら4人の中から、頭出せ」
「え……」
「あいつが戻ってくるまで、戻ってくるかはわからねーが、
それまでの――――代役、でもいいが、
こうなった以上、輪高の頭が誰かはっきりさせとかねーとな」
4人は顔を見合わせた。
誰か名乗り出る者がいないか、あるいは誰か推す者はいないか、思案するが、誰1人口を開かない。
「あの、頭、戸田さんが張ってくれないすか?」
そう恐る恐る口にしたのは桧山だ。
「バカヤロー、俺はもう卒業してんだ。
そんなもん現役がやるに決まってんだろーが」
「はぁ…、やっぱ、そうっすよね……」
「別におまえら4人の中から選ばなくてもいいんだぜ?
誰か他に張れそうなやつがれいば、な―――――」
そんなやついるわけねーか、と続いた戸田の言葉に唯一反応したのは空見だった。
その脳裏にまっさきに一人の人物が浮かんだのである。
(輪高をまとめ………、俺たちを仕切れるやつ――――…)
しかしそれを口にするのは躊躇われた。
その人物は、輪高に転入してきたばかりで、しかも1年で、挙げ句に女だ。
提案しても一笑に付され終わるのは目に見えている。
それにまず、本人の承諾をとっていない。
だが考えれば考えるほど、空見には、今の輪高をまとめるのは彼女おいて他にはない、そう思えてならなかった。
思案する。
ここで提案すべきかどうか。
「あのっ……」
長く重い沈黙を破り、東江、桧山、灰刃、戸田の視線が、一斉に空見に集まった。
「なんだ空見?」
「お?おまえやるか?」
「いえ」
「じゃあなんだよ」
「一人、頭張れそうな奴に心当たりがあるんですが―――……」
「誰だよ?」
「…………」
しかし直前になって躊躇った。
これはあの子を巻き込むことになりはしないか。
別に女1人どうなっても構わない、そう思うのだが、なぜかあの子を巻き込むのは、気が引けた。
「なんだよ。誰だ?
言ってみろよ」
しかし口を開いてしまった以上、ここでやめるわけにはいかなかった。
「そいつ、1年で―――――――――――、しかも女なんですが……」
「はぁあああ―――――――――!?」
興味を誘っておいて、更にはタメまで作っておいて、その挙げ句落とされた4人は、心底呆れ果てた声をあげた。
「冗談言ってる場合じゃねーんだぞ、空見」
「1年で女って、ありえねーだろ。
まさか神楽の妹じゃねぇだろうな?あれは駄目だぞ?」
「いえ、でも彼女ならきっと、輪高の頭張れます」
しかし悪鬼の参謀とも呼ばれる空見の賢さは、4人とも素直に認めているところである。
その空見が真面目に話しているのだ。
続きを聞かざるを得ない。
「じゃあ誰だよ?」
「羅城せつら」
その名に4人は再び息を呑んだ。
「羅城――――――――――………」
「羅城って……」
「おい空見、羅城って………、それってまさかあいつの妹とかか?
いやいや、あいつに妹がいるなんて話しきいたことがねぇ………。
そもそもあいつのお袋はとっくの昔に出てってンだ」
戸田は羅刹と同級で中学校の頃からの付き合いで、この中ではもっとも羅刹と親交が深い。
その彼の記憶にない血縁者が突如現れるわけがない。
「本人も妹ではないと言っています…。
しかし、彼女が今住んでいるのは羅刹さんの家なんです――――」
「まじ――――かよ……」
「………」
「………」
沈黙。
誰もがその新しい情報に唖然としていた。
確かにほんの一時期、そんな噂が流れたことがあった。
羅刹と同じ名字、羅城の名をもつ1年が転入してきた、と。
しかしあれは間違いではなかったか。
人違いでは無かったのか。
暫くの間、皆、何度も口を開き、何か言おうとしては、口を閉じる動作を繰り返していた。
最初に口を開いたのは戸田だった。
「その女、強ェーのか?」
「いえ………、でも俺の正拳には反応しました。
鍛えればそれなりに、は……」
「いや――……でも流石に女じゃなぁ……、いやー………」
「なんだ、灰刃、言いてぇことがあるならはっきり言え」
「いや……、いえ、すんません……」
「…………」
「案外いいかもしれねぇな…」
「え?」
「羅城せつらだろ?
そいつを羅刹の妹ってことにして祭り上げるんだよ。
もし空見の言うようにその女が本当に輪高の頭張れる器なら、
他校びびらすには十分使えるかもしれねぇ。
んー、いま19時か……。今日は無理か?
おい空見、明日学校終わったらその女ここに連れてこいや」
「一応俺から話はしてみますが、本人にその意志があるかどうかは……。
俺が勝手に推薦しただけですし……」
「わーってるよ。でも一度会ってみてーんだよ」
「話してみます」
「じゃあ、今日はこれで終わりだ。
明日楽しみにしてるからな、空見」
「はい」
「まあ、その女が駄目なようなら、
おまえらから一人決めろや」
「はい」
皆のろのろと立ち上がり、部屋を出て行く。
しかし4人の誰もが、頭になろうとは思っていなかった。
それはあの強大無比な羅刹の後継にはなれない――――という謙虚さではなく、単にまとめ上げる自信がない、いや、周辺の三校から睨まれ、現在、殆ど危機的状況にある輪高の頭にはなりたくない、というのが本音であった。
撲斗の狂犬・立開、征関の悪魔・荒渡、三麓の鉄に至っては桜劉会組長の息子である。
どれも羅刹抜きでは一筋縄ではいかない面々だ。
だからそれは、魔夜火紫を率いている戸田でさえ、同じ気持ちだった。
第16話:推薦
終わり