度重なる悪鬼幹部の来訪に、1Cの教室は騒然となった。
2限目の休み時間、羅城せつらは空見直々に呼び出されて教室を去り、3限が始まって既に20分を過ぎようというのに帰ってきていないのだから仕方がない。
「今度こそせつらさんの貞操危ないんじゃない?」
「もしかして空見先輩に口説かれてるんじゃ?」
「実はもう付き合ってたりして」
「え、じゃあ今2人は……」
そんなメールが、密やかに教室内を飛び交っていた。
俺は空見とともに屋上にいた。
心地よい風が俺の髪を撫でつけている。
顔にかかる長い髪を払う仕草にも、すっかり馴れてしまった。
「単刀直入に言う」
周囲に誰もいないのを確認すると空見は早々に切り出した。
そしていきなり深々と頭を下げられた。
「羅城さん。
君に、俺たち悪鬼の―――――、輪高の頭になって欲しい」
「は――――――?」
突然、奴に頭を下げられたのには驚いたが、その内容にはもっと驚いた。
唖然とした。
そりゃ1ヶ月以上も頭が不在なら、誰かしら後釜を立てなければならないのは分かる、
分かるが、なぜ、俺――――…………?
「突然で驚いてるかもしれないが、君の度胸と気合いがあれば問題ない―――――――
いや君にしか今の輪高は救えない、俺はそう思っている」
「救えないって……」
救えないってそんな大げさな。
しかし空見の態度からは真摯さが伝わってきていた。
それに昨日、俺の家にも他校の連中が訪ねてきたばかりである。
確かに、いつ抗争が始まってもおかしくないのかもしれない。
「実は……、転入生の君は知らないかもしれないが、
輪高はある人物のおかげで、この周囲にある学校、撲斗、征関、三麓を仕切っていた。
そしてその三校から――――………、、、」
「―――?」
「いや―――……
とにかく、その人物が突然いなくなったために、今、周辺三校から睨まれている」
「つまり、大ピンチと?」
「そうだ」
「それで私に何をして欲しいの?
陣頭をきって戦って欲しいって?」
「いや―――………
本当に欲しいのは、羅城という君の名だ」
「なるほどね…、やろうとしていることは大体見当がついた」
「………」
そういうことか。
たとえ羅城道孝本人が出てこなくとも、一時的に妹にその仕切りを任せているということにすれば一応の体面は保てる。
その場合の問題は、それが羅城の妹だということを相手に信じさせられるかどうかだが、空見は食堂での俺の態度を見て可能と踏んだわけだ。
まあ実際問題ないだろう。
なにせ俺は羅城道孝本人なのだから。
「実は、睨まれているというより、恨みを買っていると言った方が正確だ。
もうここまで言ったんだ。
全部正直に言おう。
その、うちは………、三校から上納金や女を貢がせていたんだ……。
だからもし三校から同時に攻められれば」
「同時に攻められれば、今度は輪高が同じことを要求される―――――」
空見は頷いた。
「どうだろうか。
俺は君ならできると思っているし、君にしかできないとも思っている」
「少し……、考えさせてください………………」
「勿論だ。だができるだけ早く連絡が欲しい。
できれば放課後までに」
「そんなにやばい状況なの?」
「いや、そこまではまだ。
ただもしやってもらえるなら、放課後君に会わせたい人物がいる」
「それは?」
「この辺を仕切ってる魔夜火紫ってグループのリーダーだ」
戸田か。
また随分と懐かしい名前がでてきたな。
「決心がついたら、携帯でもいいから俺に知らせてくれ」
「分かりました」
「よろしく頼む、羅城せつらさん」
3限目の途中、遅れて教室に入った途端、俺の携帯に沢山のメールが舞い込むこととなった。
どうなったの?
用事はなんだったの?
何かされなかった?
悪鬼に誘われてるの?入るの?
空見と付き合ってるの?
せつらさんて処女?
どれもこれも、空見と何があったのか、を知りたがる内容だった。
が、俺はどれにも返信はせず携帯を閉じた。
「用事ってなんだったの?」と書かれた紙切れが俺の机に置かれた。
それは隣のみことからのもので、流石にスルーするわけにもいかず、俺は「なんでもないよ」と返したが彼女が納得した様子はなかった。
授業の内容などまるで耳に入らず、俺は空見の話のことばかり考えていた。
俺がまた輪高を仕切るだって?
仕切る?
仕切ってどうなる?
うまくやれるか?
分からない。
仕切ってどうする?
俺はまた輪高のトップに立ちたいのか?
いや、元々俺はそんなことに興味はなかったはずだ。
俺はただ自分勝手にやりたいことをやっていて、いつの間にかそうなっていただけだ。
俺はただ流されていただけだ。
だが、流されたといっても、そうなった理由があるはずだ。
考えるまでもない。
その理由は明白だ。
俺は強かった。
誰よりも、強かった。
ただそれだけ。
そして強すぎた所為で周りのことを考えられなかった。
何もかも自分の思い通りにして。
前回は流された。
じゃあ今度は自分の意志でなろうと思うのか?
……………、、、。
これだけははっきりと言える。
今更そんなことに興味は無い。
しかし空見の頼みを無下にするのはなぜか心に引っかかる。
放置してはいけないような気がしてならない。
それはなんでだ?
あいつらも、もう3年。
四天王などと言われて番を張ってるんだ。
落とし前くらい自分たちでつけさせればいい――――と、思うのだが。
そうだ……、その通りだな。
パンピーを巻き込まず、不良は不良同士で落とし前をつけさせればいいんだ。
俺やみことを巻き込まずに――――……
しかし1校ならともかく3校を同時に相手をするのは流石にきついか―――――…
俺は何となく隣を見た。
みことが俺の視線に気づきこちらを向き、不思議そうな表情を浮かべている。
そして分かった。
気づいた。
空見の頼みを無下にできないその理由に――――――――…
それは空見は輪高を守ろうとしているからだった。
それは同時にみことを守ることに繋がっている――――――――
だから俺は即答できなかったのか………。
そう、俺はもはや輪高にも、番長にも、喧嘩にも、一切の興味がない。
それは断言できる。
だが身にかかる火の粉は、みことの生活の場を侵すものは全力で排除しなくてはならない。
しかし――――――――
奴らが羅城の名だけで大人しく従う保証がない―――――。
それに俺が番を張ることで、みことを危険に巻き込む可能性が増えないとは言い切れない。
空見が俺を推した以上、悪鬼内の反発はどうとでもなるだろうが、それでも不確定要素が多すぎる。みことを守ることを考えれば、流石にリスクが大きすぎる。
無論、俺はこれまで圧倒的に、徹底的に、完膚無きまでに、決して逆らう気が起きないよう、決して訴えることが起きないよう、絶対的な力の差というものを見せつけてきた。
だからこそ俺は暴行、恐喝、強姦などの犯罪を犯しながら、のうのうと過ごしてこれたのだ。
その恐怖がそう簡単に拭えるとは思わない。
だが同時にそれらの恨みの力がどれだけ強いかも知っていた。
この身に思い知らされていた。
放課後まで考えに考えた末、俺が出した答えは――――――――