空見さんの話ってなんだったの?というクラスメイトの執拗な追求から逃れた後、私は次にみことからの弾劾を受けなければならなかった。


「私にも秘密なの?」


他の男と会っていた―――――その内容は、何。


最初に訊かれて言葉を濁して以来、みことはあからさまに機嫌が悪くなり、私は扱いに困っていた。

機嫌が悪いと言っても、私の初潮を喜び「今日はお赤飯だね!」と言って、下校そのままにスーパーで赤飯やらお祝い用の食材を買い込み、私の家へ向かう途中である。

どうやら嫉妬やヤキモチといった感情らしく、怒ってはいるが嫌われてはいない、らしい。


会話の内容は言えるはずもなく、かといってみことに嘘をつくのも躊躇われ、私はほとほと困ってしまった。
心なしか体調が悪いが、これがきっと生理痛というやつなのだろう。


「だから、何でもないんだって……」
「何でもないわけ無いじゃん。
 空見って悪鬼の幹部なんでしょ?」
「そうらしいけど」

「だから。
 何を話したのか、訊いてるの」
「うーん…」

「口説かれたの?」
「うん、まあ、そんなとこ」


口説かれた。
女として―――ではないが、本当に番長になってくれと口説かれたのだから嘘ではない。


「やっぱり」
「でも、きっぱり断ったよ」


そう、本当に私はきっぱりと断った。


「うん。」


途端、みことの表情が和らいだのがわかった。
どうやらやっと機嫌を直してくれたようだ。

そんなみことが可愛くなって、私はつい彼女の頬に唇を寄せた。
すべすべで、ぷにぷにで、つい囓ってしまいたい衝動に駆られるみことの頬。
その頬に唇でそっと触れる。


「ちょっ……せつらさんっ―――――!?」


彼女が真っ赤になって慌て、それからきょろきょろとあたりを見回す。
そして恥ずかしそうに俯いた。


「もぅ……、もうすぐせつらさんの家、着くのに……」
「あはは(笑)」



きゅぅんん―――……



「せつらさん、そういえば生理きたのはおめでたいけど……」
「うん?」
「マラソン大会、明後日だよね?
 生理じゃでれないよね――――……」


「ああああ――――っ!!!」



私の脳裏に羽織の顔がよぎる。
彼女は私との勝負を楽しみにしていたし、私も楽しみにしていた。
なのに……。



「生理って3日は続くんだっけ?」
「うん…」
「うぅぅ。。。」


今5キロという距離を全力で走れるか、と訊かれれば流石に頷くことはできない……。
しかし、ずっと楽しみにしていた羽織との勝負を、今更生理などという理由でふいにはしたくなかった。
体調が悪いとはいえ筋力的に問題はないはずなのだから、根性で耐えればなんとかなるかもしれない。


「だめ」
「え?」

「駄目だよ。無理したら」
「何も言ってないよ……」

「嘘。走れる、とか思ったでしょ?」
「……………」

「マラソン大会は、来年もあるんだよ?」
「う………」

「絶対駄目、だからね」
「う、うん………」


非常に残念でならない―――が、みことが私の体を心配してくれることは素直に嬉しかった。

そんな話をしているうちにいつの間にか家の前に着いていた。

自宅――――……
誰かと帰ってくることなど、これまでに一度でもあっただろうか?


みことと二人で、自分の家に帰ってくるこの感覚が幸せすぎて、私はその馴れない感覚に戸惑いすら感じていた。
玄関の中に入り、食材を置くと、私たちは靴も脱がずにその場で抱きしめあった。



どちらからともなく唇を寄せ合い、貪りあう。


ぺろぺろ―――――
くちゅくちゅ……
じゅじゅ………
ずずず……


「はぁっ――…はぁっ――――……」
「はぁっ………はぁっ……」


長い長いディープキスを交わした後、みことは恥ずかしそうに潤んだ瞳を逸らした。
涎にまみれた口を拭う仕草が可愛くて、そのまま押し倒してしまいたい衝動に駆られる。


「じゃあ、私一回家帰るね」
「う…、ん、、、」


思わず切なさが声に出てしまった。

彼女は昨晩、私の家に泊まり、学校へ行く直前に急いで自分の家に戻り、それから学校へと、慌ただしい一日を送っていた。
だから今夜も泊まる前に、一度家に帰って、着替えやらパジャマやら、色々用意したいらしい。
それから親にちゃんと顔を見せて心配をさせたくないのだという。


一応制服は2着あるものの、女物の私服はみことと買い物にでたとき少し買っただけなので、貸してやれるほど持ってはいない。

ちなみに私と言えば、家では大抵ジャージでいることが多い。
ちょっとダサイかなとは思うものの、その気楽さには勝てない。



みこととの別れを惜しみつつも、それでもすぐに会えるのだから、と私は笑顔で送り出した。
絡めた柔らかな指が、離れていく。





みことが離れていく。

私から。





彼女の後ろ姿を見送りながら、ふと思った。










私は今、みことと同じ場所に立てているのだろうか――――――と。




















以前、みことがあっち側という表現を使ったことがあるが、あちら側とこちら側、その別たれる境界は突き詰めれば――――最後は自分ただ一人になるまで、尽きることはない。

不良とパンピー、それは大きな境界だ。
しかし考えてみれば不良の中にも境界はあった。
気合いの入ったヤンキーは、気合いの入らないヤンキーを馬鹿にして見下す。
格好だけの奴を見下し、喧嘩できない奴を見下し、何かにつけては相手を見下す。
なんちゃってヤンキーは、それでも俺はパンピーとは違うんだという自負を持っており、パンピーを見下す。
パンピーの中ではまた別の境界が現れる。
周囲に無理矢理合わせなければ自分を保てないもの。
迎合し付き合っていくものと、自分はあの馬鹿な連中とは違うんだと孤立を厭わないもの。
誰々とヤッただとか性体験を平然と話す、恥や外聞もないものと、そうでないもの。
自分との違いに、色の違いに、どこまでも境界線を作っていく。
その作業はただ最後自分が一人になるまで続けられる。

同じ人間でありながら「ああ、この人は自分とは違う人種なのだ」と。

結局全ては価値観、そして"自分という人間をどれだけ理解しているか"次第なのだ。

私は少なくとも3年間、彼らより経験を積んでいるわけで、だから彼らの幼い部分は余計に目に付きやすい。
しかし経験と理解は必ずしも比例しないし、私がただ独りよがりの、理解している気になっている部分も少なからずあるだろう。



私は今まで一体、どこに立っていたのだろう――――…。



あっちの世界では時の人であったにも係わらず、黙して語らず。
それはなぜだったのだろうか。
今考えると、それは私が寡黙だったというよりは、私はおまえらとは違う人種なんだと思っていた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・からであった気がする。
その頭として収まりながら、仲間に対しては他人の尻につくしか能がない金魚のフンだと馬鹿にしていたし、格好ばかりを気にして奇天烈な容姿になる者や、ちゃちな悪事を武勇伝のように語り、必死に自己主張する連中を見下しもしていた。
かといって社会に迎合するハンピーは更なる嫌悪の対象であって――――…

私が認めていたのは同級生の数名と――――後は数えるほどしかいなかった。





なら、今は?
私は、今一体どこに立っているというのだろう。





私は今、彼女と同じ場所に立つことができているのだろうか―――――………?





それは本来気にすることではない。
というより気にしても仕方のないもの。

価値観、年齢、経験、身長、容姿、体格、成績、あらゆる要素を取り上げて境界を作り出す私たちが、全く同じ立場になど立てるわけがない、と頭では分かってはいるものの、





それでも私はできる限り、彼女に近づきたいと―――――――――……



















































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