「なあ灰刃、おまえはどう思った?」
「あ?」
「輪高やべーんじゃねえのか?
なにやら撲斗も征関も三麓も、輪高集中攻撃らしいじゃねぇか」
「だな」
「勝てんのかよ?」
「知らね」
「おまえ、なんでそんな考え無しなんだよ」
「じゃあどうしろってんだ?」
静観できぬ事態に焦る桧山。
まるで当事者ではないかのように振る舞う灰刃。
結局、空見は羅城の名を持つ女を連れてこなかった。
そして彼は今日、現在悪鬼が所持している資産で可能な限りの武装し、今すぐに闘争準備をすることを提案した。
戸田、東江はそれに賛同し、既に空見とともにその手配を始めた。
桧山・灰刃は悪鬼メンバーの招集と決定事項の伝達を任されている。
伝達は基本的にメンバーの携帯にメールを送信するだけで事足りる。
が、それだけではなく可能な限りの武器・資材の調達、それからメンバーを団結させ、士気を高めるのも仕事のうちだ。
哨戒や相手の動向を探る要員の配置も必要だ。
「羅刹さん抜きで三校相手に勝てる見込みはあるのかって言ってんだよ」
「そりゃきついだろ。でもやるしかないんだろ?」
「なぁ、一つ考えがあるんだけど、乗らねぇか?」
「あ?」
桧山が心持ち少し声のトーンを落とし、灰刃が耳を寄せる。
「羅城せつらをあいつらに売るんだよ」
「またその話か。
空見が絶対すんなってぶちキレてただろ」
「あいつの言うことなんて知るか。
おまえな、手前の頭で今の状況をよく考えてみろよ」
「あ、なんだっけ?」
「だから―――……、羅城せつらをあいつらの貢ぎ物にすんだよ」
「―――そうするとどうなるんだ?」
「マジ頭わりーな。考えても見ろ。
あいつらは羅刹さん1人に散々苦汁を嘗めさせられてきたんだろ?
できることなら復讐してぇって思うのが当然だろ?」
「それは、そうかもしれねーけど」
「だから俺たちは羅城せつらを連れて行く。
今までは俺たちは羅刹さんに脅されてやってただけなんだって。
そう言って羅刹の妹を差し出す。
羅刹の妹を輪姦せばあいつらだって少しは気が晴れるだろ?
それを餌に交渉すんだよ」
灰刃は暫くの間、黙考していた。
喧嘩こそ強いが頭は人一倍弱い。
「でも、そいつ、羅刹さんの妹じゃないんだろ―――?」
「だからいいんじゃねーか!!
もし羅刹さんが戻ってきた時のことを考えてみろ。
その女が本当に羅刹さんの妹だったら俺たちが殺されちまう。
でも羅刹さんの妹じゃないんだから関係ないだろ?」
「それもそうだな」
「だろ?
その女は残念なことになるが、輪高を救うためだ。
1人犠牲になって貰う」
「人身御供ってやつか」
「生け贄とも言うな」
2人は拳と拳を軽くぶつけ合った。
話は終わり、それでいこうという合図だった。
喧嘩には勝ちも負けもない。
むかつく奴はぶっ潰す―――――、ただそれだけだけだった。
それだけの、ただそれだけであったはずの、直情的で、短絡的であった彼らは、羅刹というあまりに絶対的な力を知ってしまったために、知らず知らずのうちに変わってしまっていた。
どう見ても不利。
どう見ても負ける。
なら喧嘩する意味など、無い。
「善は急げだ。
空見たちが武装準備をしてるのをあいつらに知られてからだと交渉しづらくなる。
早速連絡するぜ」
「誰にだよ?」
「やっぱ、荒渡だろうな。
北の撲斗、東の征関、南の三麓。荒渡は撲斗と三麓の中継役もかってるって話だ」
桧山は携帯を操作し―――――――、しかしそこに灰刃が手を伸ばし、その画面をパチリと閉じた。
「なんだよ?」
「なぁ?」
「あ?」
「その女、羅刹さんの家に引っ越してきたって言ってたよな?」
「ああ」
「先に味見しねえか?
羅刹さんいなくなってから、随分とご無沙汰だろ?
俺もおまえも」
「あ?何言ってんだよ時間ねぇって言ってんだろ?
戦争状態に入る前にあいつらと交渉しねーと――――」
「ちっ―――そうかよ………」
「いや、待てよ。
灰刃、おまえたまにはいいこと言うな」
「あ?」
「確かに、荒渡に話をつける前に、先に女を確保する必要がある。
話をつけても女が捕まらないんじゃ話にならねぇ」
「ああ。そういえば今思い出したけどよ。
羅刹さん家に引っ越してきた家族って、その女一人だけっぽいんだよな」
「女の一人暮らしって、不用心じゃね?」
「ああ、不用心だな」
「これは思ったより簡単にことが運びそうだぜ。
今すぐバンを手配する」
「ああ」
そして意気揚々と羅城宅へ出向いた桧山と灰刃は、その時に丁度家の中にいた少女、御巫みことを羅城せつらと勘違いし、薬で眠らせ、拉致したのだった。
その実行力と手際の良さは賞賛に値する―――……。